奇跡の裏側
広場に残されたのは居残組のクロエと指揮官であるキールとルーク、つまり古参組だけとなった。むしろいつものメンバーと言っていいかも知れない。
「主様。ぐだぐだだったね」
「すまん、大将。ジャリ共、大将に会えて気が抜けちまったみてえだ」
「僕からも謝ります。でも、みんな戦場では頑張ってましたから」
「うん、知ってるし、見てたよ。そもそもそんな事、気にしないよ。みんな子供なんだから自由に振舞っていい。それが当然の権利なんだ」
ヒロトはそう言うと二人の手を掴む。
「それより、二人とも子供達を守ってくれてありがとう。皆が無事に帰ってこられたのも二人のおかげだ」
頭を下げる。敬愛する主人から感謝された二人は面映くて頬を掻いた。
「ん、二人ともすごかった。キールも戦場でだけなら少しは頼りになる」
「おい、野良猫。戦場以外だと頼りないみたいな言い方するな……まあ、実際、少し危ない所はあったから言えないけどな」
「ご主人様からお貸りしたモンスター達が居なければと思うと……ぞっとします」
ルークは言って、ダンジョンへと戻っていくモンスター達に目を向ける。巨大な体を揺らしながら歩く<シルバーゴーレム>とそれに張り付く<ヒールスライム>。その上空をのんびりと<殺戮蜂>が飛んでいた。
昨年末に行われたダンジョンバトルでヒロトはDPが尽きる寸前までモンスターを大量召還した。特に多かったのが耐久性の高い<シルバーゴーレム>と回復役となる<ヒールスライム>であった。
大量召還したはいいものの、ダンジョンバトルにおいて広大な迷路によって時間稼ぎを行うのがメインの<迷路の迷宮>にとっては過剰戦力だった。
またダンジョンバトルの報酬として奪った<殲滅女王>は毎日一〇個ほどの<殺戮蜂の卵>を産み落とす。どうやら卵であるうちはDPが取られないようなので多くは待機部屋行きだが、ここらで消費するのも悪くないように思えたのだ。
せっかく手に入れた高ランクモンスターを廃棄するのは躊躇われるが、かといって高位のモンスターである彼等を維持し続けるDPも勿体無い。
そこでヒロトは今回の遠征に同行させたのである。
ガイアの世界には<錬金術師>や<魔物使い>といった職業もあり、魔物を戦力に組み込んでいる者も少なからずいる。ゴーレムやスライムは人間が使役する魔物としては割とポピュラーな存在だったため特に疑われることもなかった。
蜂や蟻などの群れを為す昆虫系モンスターは独自の階級制度を持っておりトップさえ従えさせる事が出来れば配下モンスターまでまとめて使役出来る事が知られている。
今回の遠征ではこの魔物部隊が大活躍してくれたようだ。シルバーゴーレム部隊を壁役にして敵を足留めをさせ、危険な最前線に治療役であるヒールスライムを投入、怪我人を即座に傷を癒した。決して崩れる事のない壁役を用意し、どんな怪我でも即座に治療出来る体制を整えることで、数に勝る魔物の群れを圧倒したのである。
さらにダンジョンバトルの報酬で得た<女王蜂>から生まれた<殺戮蜂>も大活躍をしてくれた。素早く行動範囲の広い彼等は実に優秀な偵察兵であった。
モニターを使いリアルタイムで流れ込んでくる情報を眷属たるルークやキールに流す事で、常に有利な状況で戦う事が出来るようになった。ダンジョンシステムを使った通信は一時間ほどのタイムラグがあるものの、早馬を使った従来の偵察作業に比べればその精度や速度は比較にならない。
また彼等は貴重な飛行ユニットであり、生まれた瞬間から強化されているため実戦闘でも大いに活躍してくれている。
ちなみにスタンピード部隊は有効期間が過ぎると解散し、ダンジョンの指揮下から外れてしまうのだが、期間内にダンジョンに戻す事が出来ればまた戦力として使用する事が出来るようになっている。
「いや、単なる勿体無い精神というか……」
「ご謙遜を。正に慧眼でした!」
流石マスターです! とルーク少年から尊敬の眼差しを浴びせられてヒロトは恥ずかしそうに頬を掻く。
「まあ、役に立ったならよかったよ。それじゃあ二人もお風呂に入って来て。その後はパーティーだ」
ヒロトは二人を笑顔で風呂場へと送り出す。
そして無言のままダンジョンへ戻っていくモンスター達に頭を下げた。
「ごめん、君達には負担を強いたね」
ダンジョン生まれのモンスター達は何の反応も示さなかった。
スタンピードとの戦いは熾烈を極めた。だからヒロトは子供達を死なさないために、モンスター達を死なせた。殺戮蜂には自殺まがいの強行偵察を強いたし、危険な最前線に戦闘能力のないヒールスライムを立たせた。シルバーゴーレムには自分の身よりも周囲の子供達を優先するよう指示を出していた。
そんな過酷な命令のせいで魔物達は半分も帰ってこられなかった。その事をモンスター達は怒りもしなければ嘆く事もしない。
モンスターだから関係ない。
戦って死ぬ、そのために生まれてきたから当然の事だった。
けれど物言わぬ彼らにもきっと心はあるに違いない。
ヒロトはそう思って少しだけ悲しくなった。




