踏み絵
「農園さんならいけると思ったんだけどな」
今回、申請のあったダンジョン<ガイア農園>はその数少ない例外だった。
このダンジョンはその名が示す通り、巨大な一つの農園だそうだ。人里離れた広大な荒野にフィールドダンジョンを作成し、ダンジョンの属性を<草原>に変化させ、牛や豚、羊に鶏といった動物を飼う事にしたらしい。いわゆる畜産業を始めたのである。
主力モンスターは犬と人を混ぜたような<コボルト>。下級のモンスターのなかでは珍しく知性があり、気性も大人しく、従順といわれている種族だ。手先も器用なので生産活動も出来るという。
そんな便利なお手伝いさんを手に入れたガイア農園は順調に頭数を増やし、畜産業も安定し始めた後はダンジョン施設の一つである<川>を設置、豊かな水源を利用して、荒野を耕し、家畜から出る糞などを肥料にして農作物を作り始めた。
コボルト達の農作業を指揮する事でガイア農園のダンジョンマスターは悠々自適なスローライフを行っているとの事だった。彼一人だけ召喚された世界が違う気がする。
目下の課題は防衛能力を高める事だそうだ。
時折、迷い込んでくる荒野の魔物は強く――一つ星級の<デザートウルフ>や<ジャイアントリザード>、<フレイムコブラ>などが多いそうだ――コボルト達ではどうにもならない。ダンジョンマスター自ら魔法で迎撃しているが、襲われたコボルトや家畜などに度々被害が出ているそうだ。
時折現れるモンスターや、飼育している家畜からDPこそ得られているものの、戦闘行為に参加できないコボルトはレベルアップできず、ダンジョンレベルも上げられないそうだ。レベルが足りないので強い配下も召喚できず、そのためレベルアップも出来ないなんていう悪循環に陥っているらしい。
戦闘能力の高いモンスターを購入したいが、ダンジョンレベルが低くて手に入らない。せめてもの抵抗で武器や防具で戦闘能力を補填しているらしいが、これまた低レベルにつき装備制限を受けているらしい。ダンジョンメニューにあるショップから購入できる高位の装備品にはこうした制限が掛けられる事がおおいのだ。
今は進入してきたモンスターの素材を使って装備を作らせているそうだが、侵入者自体が少ないので中々数を揃える事も出来ていないという。
ちなみに主力モンスターである<コボルト>は更に長らく続いた農園生活で<変異>しているらしく<牧羊犬人>や<農耕犬人>になっているらしく、農作業がやたらと上手になっているのだが、ただでさえ低かった戦闘能力は更に低下しているそうな。
これ等は全てダンジョンバトルの申請書のやりとりを経て聞き出した内容だ。<バトル文通>と呼ばれる裏技で、ダンジョンバトルの申し込み、拒否を繰り返し、申請書の備考欄を使って手紙をやりとりするというものである。
「やはり加入条件が厳し過ぎるのでは?」
ディアが申し訳なさそうに言った。
「でもさ、変な人は入れたくないしなぁ」
ヒロトは加入前に一度、顔を合わせて面談を行うという条件を付けていた。もしも相手が運営方針を騙っていた場合、それをヒロトは見抜く自信がない。
遠く離れた場所に住むダンジョンマスターが顔を合わせるにはダンジョンバトルを行うしかないのだが、加入前のダンジョンバトルというのが下位のダンジョンマスター達に二の足を踏ませているのだ。
――まるで踏み絵を迫っているみたいだ。
一方的に不利な条件を突きつけているという自覚はヒロトにもあった。これから仲間になろうという相手にすべき行為ではないと理解もしている。かたやのんびり農園スローライフを行っている生産系ダンジョン。かたや序列第八位、ダンジョンバトル九九連勝中――今でも月に数回のバトル申し込みがある――を誇るバリバリの戦闘系ダンジョン――と周囲には認知されてしまっているの――である。
高い戦闘能力を持つであろう<迷路の迷宮>を相手にバトルを受理するなんてほとんど博打でしかない。仮にヒロトが同盟を騙る侵略者ならバトル中にダンジョンマスターの殺害あるいはダンジョンコアを奪う事が可能だ。
それでも恐いのだ。
――でも、また騙されるかもしれない。
信じようとするたびに昨年の事が思い出されてしまう。家族との別離の後、ヒロトが唯一心を許した親友<ハニートラップ>のダンジョンマスター八戸将の事を。
親族から裏切られ、大切な友人からも裏切られた。辛い経験が重なり合ってヒロトの心を苛む。その結果、今のヒロトは他人に対して過剰なまでに臆病になっている。
「確かに、普通の人には恐いかも……せめて加入してる人が居たら考えてくれるかもしれないのに」
クロエが言う。その通りだと思う。最初の一歩は誰だって恐いものだ。せめて一人だけでも加入してくれれば、<迷路の迷宮>が恐ろしい侵略者ではなく同盟を求める友人なのだと証明に成り得るだろう。
ヒロトは深いため息を吐いた。
「どこかに居ませんかね、ディアさん……知恵と勇気と実力を兼ね備えた平和主義な人」
「私の担当に該当するようなダンジョンはありませんね」
ヒロトは冗談交じりに尋ねれば、ディアは生真面目に返してくれる。
「……ですが、他のサポート担当であれば……あるいは」
「本当ですか!?」
「確証はありません。しかし私の他にも信頼出来るサポート担当もおります。まずは私の知り合いに声を掛けてみましょう。あまり褒められた行為ではありませんが……ですので秘密裏に進めます……その関係で少々お時間を頂くことになると思いますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。ありがとう、ディアさん」
「さすがディア、頼りになる!」
「いえ、その、あまり期待しないで頂けますか。本当に見つけられるか分かりませんし……」
ディアは微苦笑を浮かべると早速話を聞いてくるとダンジョンから出て行った。
後はディアの動き次第だ。
こうしてギルド<宿り木の種>の加入者探しは暗礁に乗り上げたのだった。




