難航
年明けからしばらくしてキール率いる<メイズ抜刀隊>の面々は王都から旅立っていった。王国各地で発生したダンジョンによる一斉スタンピード――毎年恒例の<クリスマス大作戦>と<初日の出暴走>――に対応すべく出陣したのである。
抜刀隊の面々は現在、ダンジョン<迷路の迷宮>のスタンピード軍に登録されている。そのためモニター越しに部隊の様子を見られるのだが、そこには笑いあったりじゃれあったりしながら野営用の簡易陣地を引き払っている姿が見えた。
辺りは一面の雪景色だ。真っ白な雪の中にあって子供達は元気一杯である。重量のある白銀の鎧のせいで足元が雪に沈むことさえ楽しんでいるように思えた。
旅は順調そのものといったようすだ。モニター越しに移る穏やかな光景を見たヒロトは、何となく林間学校を思い出してしまう。
「うわ、寒そう」「美しいですね」
クロエとディアが同時に呟き、視線を交す。
「ディア、またかまととぶってる」
「クロエさんは品性が足りませんね」
そしてじゃれ合う。あっちもこっちも平和である。世界がいつもこうだったらいいのにとヒロトはひとりため息を付いた。
現在、抜刀隊は王都北にある霊峰ローランドを回り込むようにして北上している。オルランド王国北部はスタンピードの群れの被害が大きいからだ。
最も大きな要因は人口が少ない事だろう。広大な面積を保持するオルランド王国は北部と南部では同じ国とは思えないほど気候条件が変わってくる。北部は冬場になるとマイナス二〇度を下回る極寒の地であった。食料事情が厳しく、養える人間の数が極端に少ない。
故に防衛戦力にも乏しい。しかしこんな僻地にもダンジョンは多数存在しており、未曾有の大災害となったダンジョン一斉進攻、通称<スタンピード祭り>によって多大な被害を受けてしまった。
ただでさえ少なかった働き手が減少し、農地は次々に放棄される。農作物の減少により、逼迫する食料事情、釣りあがる販売価格、困窮する人々、北部経済は簡単に崩壊してしまった。特に北部貴族の取り纏め役を担っていたロンスヴォー辺境伯が魔物の群れと相打ちになった事が痛い。
頼るべき寄り親を失い、右往左往する小領主達。当時、混乱の極みにあった王都からはまともな支援も行われなかったため多くの餓死者を出したそうだ。
なぜ抜刀隊がそんな旨みの少なそうな王国北部を目指しているのかと言えば、奴隷達の多くが北部出身者だからだ。故郷を奪われた彼等は難民として王都に逃れた。幸運にもヒロトの元に拾われた彼らだったが郷愁は残っている。
異世界に強制的に連れてこられたヒロトにもその気持ちは良く分かった。家族を失ったからこそ、大切な思い出が残る町や家から離れがたくなる。そんな訳で抜刀隊は困窮する王国北部を救うべく、道すがら出会う魔物の群れを蹴散らしながら北へと進んでいるのだ。
順調そのものといった抜刀隊とは違い、先日設立したギルド<宿り木の種>のほうはメンバー集めに難航していた。
『すまん、迷路さん。まだちょっと恐いんだ。もう少し考えさせてくれ』
ディアから送り届けられたダンジョンバトル申請書にある備考欄を眺めながら、ヒロトはうな垂れる。
これ等は全てダンジョンバトルの申請書のやりとりを経て聞き出した内容だ。<バトル文通>と呼ばれる裏技で、ダンジョンバトルの申し込み、拒否を繰り返し、申請書の備考欄を使って手紙をやりとりするというものである。
「ダメだったかー」
「どんまい、主様」
クロエが励ますように肩を叩いた。
もちろん加入希望者が全くないわけではない。むしろ設立した直後から加入申請が殺到したほどだ。ヒロトの読み通り、一〇〇〇名ものダンジョンマスターが居れば平和に暮らしたい、人と関わっていたいと思う者は多少なりとも居たのである。
しかし、申請してきた数少ない例外ダンジョンはその多くが無職ダンジョン――地脈から取れるDPだけで生活をする掲示板での造語――ばかりだったのである。
別に無職が悪いわけじゃない。人里離れた場所で穏やかなダンジョン生活を営むのだってありである。いずれは人と関わりたいとヒロトの思想に賛同してくれる同志なのだから仲間にしたいという思いはあった。
しかしギルドの会員枠は限られている。初期状態ではギルドマスター含めてたった五枠しかない。もちろん会員枠はギルドランク――例によって星の数で等級が決まっている――を上げる事で増やす事が可能だ。
しかし、等級を上げるために多大な費用が必要になる。
ギルドランクはギルドの<資本金>と呼ばれるDPの多寡で決まってくる。設立時は一つ星で一〇〇万DPだけで済むが、一〇枠を持つ二ツ星に上げるためには五〇〇万DP、二五枠の三ツ星だと二五〇〇万DPが必要となってくる。五〇枠を持つ四ツ星に至っては一億DPもの大金が必要となってくるのだ。
更にギルドマスターによるギルド会員への不当な徴収を防ぐため、各ダンジョンが出資できる上限額が決まっている。出資金額もギルドランクで変動するらしく、一般会員は星の数×一〇〇万DPまでと決まっている。ただしギルドマスターに限り、星の数×二〇〇万DPまで出資出来る決まりだ。
計算上、会員達が上限額まで出資してもギルドは二ツ星級までしか上げられない。ギルドマスター含め会員枠一〇しかないため二二〇〇万DPまでしか出資できないのだ。
今後、ギルドイベントで三ツ星級にランクアップするための手段――出資以外に資本金を増やす方法――が出てくるのだろう。
ともあれギルド発展のためには会員達による出資が必要不可欠だ。ギルドマスターは会員達に出資金を<年会費>を徴収する事が出来る。<宿り木の種>では年一万DPとしていた。これでも相場よりもかなり抑えているつもりである。
しかし、この年会費でさえダンジョン活動をせず、地脈から取れるDPだけで細々と生活しているダンジョンマスター達――いわゆる無職ダンジョン――には支払えない。
「ん、ギルドに寄与できないなら必要なし」
「ええ、言い方は悪いですが力のないダンジョンを引き入れたところでメリットはありません」
辛らつな女性陣の言葉だが、それも仕方ない事だ。
無職ダンジョンはダンジョンレベルも低く、召喚出来る魔物やアイテムだってほとんどない。そのためギルド機能である<市場>に出品できるものも限られてしまうし、出品される商品を購入する費用も賄えない。そのダンジョンの固有モンスターや希少なアイテム類がなければ成立しないのである。無職ダンジョンばかりを集めたところで市場は閑散としたものになってしまうだろう。
良くも悪くもDP次第なのがダンジョンシステムだ。<市場>はもちろん非戦闘系ダンジョンが利用したいであろう<代理決闘>にだって依頼料のDPが必要だった。
活動していないダンジョンにとって全て無用の長物と化しているわけでそのために貴重な会員枠を埋めるわけにはいかないのである。
これでは序列第八位、ナンバーズたる<迷路の迷宮>に寄生するだけの集団になってしまう。こういったダンジョンのお世話するためだけにギルドを設立したわけじゃない。
慈善事業ではないのだ。
ヒロトが求めているのは自分なりの方法でダンジョンを発展させながら、積極的に人類と関わっていこうという気概と実力を持ったダンジョンである。
気落ちする心を内心で励ましつつ、ヒロトは返事を書き始めるのだった。




