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王都ローラン

 こうして新しい家を手に入れたヒロトは、ダンジョンに転移で戻ると早々に出入り口を決めてしまった。


「おお、やっぱり転移できた」

「……ウォークインクローゼットの中ですか……?」

 ハンガーレールが二列並んだその奥に、ぽっかりと開いた黒穴を見てディアは思わず眉を潜めた。何と言うか違和感が半端じゃなかった。


 洞窟ダンジョンは屋敷の地下深くに埋まっているらしい。出入り口は地下施設に繋げるための転移ゲートである。


「地下室だといかにもそれっぽいけど、多少出入りもある。お客さんが偶然見つけてしまったら困る。寝室のクローゼットの中なら僕以外誰も見ないでしょ? こうやって洋服をかけておけばまず見えないし」

 これから客を呼ぶ度に地下室前を延々見張り続けるわけにはいかない。ただの食料庫でしかない地下室のセキュリティに力を入れるなんて不自然だ。


 しかし、プライベート性の高い主寝室であれば人の出入りはないし、見張りを置いたって不思議ではない。


「何より近いし!」

 朝起きたら服を着替え、そのままダンジョンに出勤できる。ドアツードアで0秒だ。なにせ家から出ていない。


「確かにそうかも知れませんが……いえ、これが時代の流れというやつなのでしょうか……」

 少し遠い目をしながらディアは呟いた。






 二人はしばらく会話を楽しんだ後、食料などの生活必需品を購入すべく王都探索に出かける事にした。


 DPさえ支払えば最低限の食料は購入出来るが、ダンジョンレベルが低い間は質の悪いものしか購入できないらしい。逆にレベルが上がれば神々が食するような極上グルメにも出会えるそうだが、相応のDPがかかる。


 結局のところ全てDP次第なのである。これからダンジョンを大きく強く成長させていかなければならない新人ダンジョンマスターにとって1DPたりとも無駄には出来ない。


 お金で解決出来るなら、それで解決してしまったほうがいいのはまず間違いない。


「やばいよディアさん! ホントにファンタジー! ゲームの世界みたい!」

 石畳の大通りをローブや鎧を来た冒険者らしき人々が行き交い、煉瓦造りの商店の軒先には切れ味鋭い剣や豪奢な装飾が凝らされた杖などが並んでいた。売り子達の呼び声がひっきりなしに飛び交い、怪しげな露天商がてまねきしてくる。


 まるで映画の世界に飛び込んだみたいだ。目を輝かせながら周囲を見渡しているヒロトは<おのぼりさん>そのものであった。


「ヒロト様、楽しいのは分かりますが少し声を抑えましょうね?」

 微苦笑を浮かべるディア。ふと周囲を見渡して自分に向けられる生暖かい視線にヒロトは顔を真っ赤にして俯いた。


 人にぶつかりそうになり、ディアはヒロトの手を引いた。


「あまり離れると逸れますよ」

 手をつなぐ。こんな美人さんと触れ合ってしまっている事実に思春期真っ只中のヒロトとしては気が気じゃない。


 ――落ち着け、相手はあの千年要塞のディアさんだぞ!


 まだ少し赤いディアの手を見て――よほど強く叩いたらしい――心を落ち着かせる。


 そして農夫らしい麻っぽい貫頭衣の男性とすれ違い、自らの服装と見比べた。学校の制服とOLスーツ。ガイアの世界観から完全にかけ離れてしまっていた。


「うわぁ、やっぱり浮いてる」

「ご安心ください。浮いているのはヒロト様だけです」

 毎日数え切れないほどの人々が行き交う王都ローランである。あらゆる人種、文化の坩堝と化しているこの街で変わった見慣れない衣装を身に纏っているくらいでは何の問題もなかった。


 ヒロトとディアは、初めて王都にやって来た他国の貴族か交易商人のボンボンとその使用人くらいに見えているだろう。制服というのは学生が三年間、着続けられるよう生地や縫製がしっかりしている。ディアのスーツだって同じようなものである。一般市民では手を出せないような高級服に見えているだろう。


「お勧めのお店とかある?」

「良品を求めるのであれば二等区に向かうのがいいでしょう」

 霊峰ローランドの麓にある王都ローランは上空からみると見ると扇状に広がって発展しているそうだ。国王の住まいである王城ローランドパレスを起点として、貴族や大商人達の住む一等区、富裕層の住む二等区、庶民が住む三等区といった形に広がっている。それぞれの区画を分けるように壁が築かれていた。


 当然、良い物を求めるのであれば屋敷のある二等区に向かうほうがいい。


 三等区から二等区を分ける壁まで到着する。門兵が立っている横を会釈しながら通り過ぎる。上等な衣服に身を包んだ二人を誰何される事はなかった。貴族の住まう一等区ならばともかく二等区は単なる高級住宅街なのであからさまに怪しい人間でもなければ止めるような事はしない。


「何だか一気に雰囲気が変わったね」

 大通りに多くの露店が立ち並び活気に溢れていた三等区とは異なり、二等区は落ち着いた雰囲気だった。露店なんてないし、呼び子の声も聞こえない。


 立ち並ぶ家々も何だかとても白っぽい。漆喰だろう、稀に白い壁から覗く煉瓦が歴史を感じさせた。店の前に並んだ商品も宝飾品やバッグなどの高級そうなものが多い気がする。


「この商店であれば問題ないでしょう」

 大通りから一本入った先には生鮮品や日用品を扱うお店があった。また並べられた値札を見て日本のそれよりも何倍もする事が分かる。


 ――さすが高級スーパーだ。


 色とりどりの商品が整然と並べられており、庶民であるヒロトには少しだけ居心地が悪かった。


 ヒロトは迷いつつも塩やコショウ、油と調味料を中心に買い込んだ。肉や魚、葉物野菜は少なめにして、日持ちするソーセージやハム、根菜類を多めに購入する。ついでに調理器具や日用品も幾つか。


 値段は合計で一〇ガイア――約一〇万円――を超えたが、言われるがままにお支払い。三等区とは違い、二等区にあるお店は値引き交渉に応じないそうだ。レジ袋なんて概念はないため、布製の大きな買い物袋を八つも購入することになってしまった。


 大量の買い物袋を抱えながらお店を出る。


「失敗した、もうちょっと絞り込めばよかった……」

「であれば<宝物庫>に入れてしまえばいいのです。人目に付くと危険ですから少し離れた所に行きましょう」

 裏路地に入り、大量の荷物を収納する。流石、異世界転移物御用達のアイテムボックスであった。ただし、宝物庫の収納力はダンジョンレベルに比例するらしく、あまり買い込まれると困るそうだ。


 その後は大通りに戻って洋服店へ。着心地のいい綿の服、靴下と下着の替え、靴屋に入って気に入ったものを、作業用のオーバーオールと長靴も必要だ、と目に付いた商品を片っ端から購入していったところ、宝物庫が一杯になってしまった。


 およそ一〇〇ガイアが一日にして消えてしまった。日本では大量生産により安価で良質な衣服が簡単に手に入るが、服や靴というのは本来高級品である。二等区のお店に入れば一着十ガイア――一〇万円――なんてのはざらなのである。


「ディアさん、付き合ってくれてありがとうございました」

「いいえ、これも仕事ですから……」

 ディアの仕事は新人ダンジョンマスターの教育である。ダンジョン運営について助言するまでが職域であって、お買い物の案内なんて範囲外もいいところであった。


 もちろんヒロトだってその事くらい気付いている。言葉こそ通じるが、右も左も分からない外国で一人、買い物をするのは非常に難しいだろうと思っていた。だからこそディアの好意に甘えたのだ。


「あ、そうだ、何か贈らせて下さい」

「いえ、それは――ちょっと!」

 ヒロトはディアの手を引っ張り、洋服屋の一角にある装飾品コーナーへと向かった。スカーフやタイを幾つか見せてヒロトは尋ねた。


「どれがいいですか? 好きなのひとつ、どうぞ!」

「不要です」

「いいから、初デートの記念に」

「ち、違います! これは仕事ですから……」

 ヒロトはディアの銀髪に似合いそうな装飾品を進めてみたが、ディアは頑なに首を振るだけだ。


「ダンジョンマスターとの個人的な交友は不正に繋がります。絶対に受け取れません」

 まつ毛を揺らしながら答える。


「……わかったよ、ごめん」

 ディアがほっと息を吐く。


「じゃあ勝手に選んじゃうね」

「聞いてますか? 私は迷惑ですと……」


「うん、これがやっぱり一番、似合うかな?」

 ヒロトが選んだのは青地に小さく白いシカの柄が描かれた可愛らしいスカーフだった。これが赤地だったらクリスマス一直線だったが、色合いのおかげでイベント的な雰囲気も消えている。


「ですから、ヒロト様、こういった事は困りますから……」

「大丈夫、大丈夫、ディアさん可愛いからこういう女の子っぽい柄も似合うよ」

「そ、そんな事を気にしているのではありませんっ!」

 ディアが声を荒げている間に、ヒロトは店員を呼んでお金を支払ってしまった。


「はい、どうぞ」

「ですから要りません」

「じゃあ、僕が間違って不要な物を買っちゃって、それをディアさんに押し付けたって形にしよう。処分しておいてください」

 ヒロトはディアの首元に半ば強引にスカーフを巻いた。


「うん、似合う似合う」

 朗らかに笑うヒロト。


「別に気に入らなければ使わなくてもいいから。このままじゃ捨てる事になっちゃうし、出来れば受け取ってほしいかな」

「…………わ、分かりました、受け取るだけです。折角作られたのに一度も使われる事なく捨てられてはこのスカーフも可哀想ですから、そう、それだけです」

 ディアは長いまつ毛を揺らしながらそんな事を言った。


 長い指が青色のスカーフを優しく撫でる。


 店から出る。今日はこのまま家に帰ろうとヒロトは言った。


 何故か前を歩くディアの表情はうかがい知れなかったけれど、その足取りは少し軽やかだったように思う。


 ――少し仲良くなれたかな……?


 ヒロトはそんな事を思うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 助詞(俗に言うてにおは)がおかしな部分がある。  まだ少し赤いディアの手を見て――よほど強く叩いたらしい――心を落ち着かせる。 上記、どこで手を強く叩いていたのか、記述が見えない。
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