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 玉座の間にある<慰霊碑>に向けてヒロトは日課の祈りを捧げていた。<慰霊碑>はダンジョンメニューから作れるアイテムで、機能は名前を刻み込む事が出来るだけというものだ。

 ダンジョンの防衛にはなんら意味のない単なる装飾品である。しかし、この慰霊碑の下にウォルターが――正確にはその遺灰が――眠っていると思えば意味は違ってくる。


「……また、祈られているのですね」

 不意に声を掛けられる。振り返った先には銀髪の美女が立っていた。ウォルターの葬儀の後、ヒロトとディアはこの場所で抱きしめあった。


「……ディアさん、すいません」

「何を謝られているのか分かりませんが……明けましておめでとうございます、ヒロト様。本年も宜しくお願いします」

「……あ、はい、こちらこそ宜しくお願いします」

 ヒロトは頭を下げながらほうっと息を吐き出す。ディアがあまりにも普段通りだったのでヒロトは少しだけ恥ずかしくなってしまった。


 ――意識しているのは自分だけ。


 当たり前だ。ディアは悲しみに暮れるヒロトを見かねて慰めてくれただけなのだ。


 その事に気付いてなぜか不意に胸が痛んだ。







 新年の挨拶を交すだけで妙に疲れてしまった。

 ヒロトはため息を吐いてコタツに入った。


「とりあえずどうぞ?」

 ヒロトは布団の端っこを広げてディアを誘う。


「し、失礼します」

 仕事柄長時間居ることの多いコアルームの居住性を少しでも高めようとドワーフの職人に頼んで作ってもらったのだ。コタツさえあれば岩肌むき出しの寒々しいコアルームも何という事でしょう、あったか空間に早変りしたではありませんか。


「相変わらず、このコタツは素晴らしいものですね……さすがヒロト様の世界です。かの地は錬金術の発展が著しいとか」

「いやコタツは昔からあるし、そんな大それたものじゃないんだけどね」

 ディアは向かい合って座るべく布団の端を捲り、


「――ッ、クロエ、さん……?」

 黒い獣耳の付いた頭部を発見する。


「ん……? あ、ディア、あけおめ」

 クロエが顔を上げ、円らな瞳を擦りながら挨拶する。


「あ、あけましておめでとうございます……」

 驚いて目を瞬かせるディアに、クロエは不機嫌そうに言った。


「……寒いから早く入って」

「あ、すいません」

 ディアがコタツに入ったのを確認するとまるで亀かモグラのように布団の中に潜り込んでしまう。


「そういえば今日はどんなご用件で?」

「……用事がなければ来てはいけませんか?」

「いや! そうじゃなくて!」

「ふふ、冗談ですよ」

 微笑を浮かべるディア。からかわれたのだと気付いたヒロトは頭を掻いた。どうにも調子が狂ってしまう。


「ごめんなさい、ずいぶんと顔色が良くなられたみたいで嬉しくなってしまって」

「いや、あ、それはディアさんのおかげで」

「いえいえ、いずれヒロト様なら自力で立ち直れ――」

「ごっほん! 私も居る事を忘れないでほしい」

 コタツからにゅっと顔を出し、クロエが言う。


『――ッ!?』

 クロエが声を掛けると途端に二人は俯き顔を赤らめた。その表情はさながら夜の営みを子供に見られた両親のごとし。


「何だこの甘酸っぱい空気は……ッ!?」

 女の勘でナニかを察知したクロエは歯噛みをする。


「主様、あたしにもディアと同じ事をして!」

 コタツから飛び出したかと思えばクロエは最近お気に入りのくの一っぽい衣装を脱ぎ始める。


「はしたないからおやめなさい! そもそも貴女が想像しているような事は一切ありませんでした」

「ホント?」

「本当です」

「……む、じゃあ、今日の所は我慢する。で、ディア、今日は何の用?」

 クロエの変わり身の早さに、ディアは疲れたように息を吐いた。


「改めまして、新年明けましておめでとうございます、ヒロト様」

「おめでとうございます、ディアさん。今年も宜しくお願いします」

 ヒロト達は笑顔で挨拶を交わす。ディアはほっと息を吐く。思い詰めた表情は少し和らいでいるように見えた。


 恥ずかしい思いをした甲斐もあったのかなと密かに思う。


「いつも顔を合わせてるのに。わざわざ新年の挨拶だなんて……相変わらず融通が利かない」

「クロエ、失礼だよ、あやまって」

「う……ごめん、ディア」

「いいえ、クロエさん今年もよろしくお願いします」

 嫌味を言うも相手にされず、更に敬愛する主人に怒られてしまった黒豹族の少女は唇を尖らせてコタツに入り込み、不貞寝を始めてしまった。


 二人は苦笑する。


 それから子供達にお茶を出してもらい、ゆったりと寛いでいたディアだったが、しばらくすると思い出したかのように口を開いた。


「いけない、いけない、忘れる所でした。ヒロト様、この度はナンバーズ入りおめでとうございます」

 昨年度のダンジョンランキングは早々に集計され、すぐさま発表された。


 そして昨年度<迷路の迷宮>は見事、序列第八位に入賞を果たした。これほどの好成績を挙げられたのは昨年末に行われた<ハニートラップ>とのダンジョンバトルがあったからだ。


 <迷路の迷宮>最大戦力にして主柱であるウォルターを失ったこのダンジョンバトルは正しく死闘であった。大切な人を失った辛く悲しい戦いであったが、得られた物もあったのだ。それが戦果(DP)として現れている。


 敵ダンジョン<ハニートラップ>の一ツ星級モンスター<殺人蜂>を五万匹以上も始末した。主力である二ツ星級<殺戮蜂>も一万匹近く倒したし、更に虎の子であった<鏖殺蜂>をも殺害してみせた。


 これにより莫大なDPを得る事が出来たのである。


 ダンジョンランキングはこれまでに獲得した総DP値やダンジョン階層、ダンジョンバトルの戦績、罠の数、従属するモンスターの質や量などを総合して決められる。


 元々、ナンバーズ目前という好位置に付けていた<迷路の迷宮>は、元ナンバーズ<ハニートラップ>のほぼ総戦力を撃滅する事で大量のDPを得られた。更に<殲滅女王>という高位のモンスターを獲得したことで一気にランキングを駆け上がり、序列第八位で年越しを迎えたのであった。


「こちらが入賞トロフィーになります。コアルームの見える場所に置いておくことで各階層ごとの設置可能オブジェクト量が五%ほど増えます」

「うわ、また絶妙にありがたいものを……」

 相変わらず腹立たしい事に効果だけはありがたい物が贈られてくる。その辺に迷宮神の底意地の悪さが感じられる。


「そしてこちらが副賞になります」

 次に渡されたのは大量のDPであった。更に昨年同様<レアガチャチケット>と<眷属任命チケット>、<原初の渦>のセット。九〇位だった前回よりも数が増えてそれぞれ一〇枚セットになっている。


「えっと、この宝石は?」

「<属性の宝珠>ですね。ダンジョンに新たな属性を追加したり、今ある属性を強化する事が出来るというものです」

 <迷路の迷宮>は土属性のダンジョンだ。そこに火属性を追加したり、上位属性である鉄属性にランクアップさせたりする事が出来るらしい。


「かなり貴重なアイテムだね」

「ナンバーズのみに与えられた特典です。よくよく考えてお使い下さい」

 属性が追加されたり強化されれば召還出来る魔物が増えたり、その属性ならではの施設が設置出来るようになる。今後どんなダンジョンを構築していきたいかをきちんと考えた上で使用すべきであろう。


 ヒロトはしばらく悩み、まあ後日でいいかと考えを保留にするのだった。


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