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崩壊へのカウントダウン

 そして決戦までもう一歩という所で足留めを食らう。


「……嘘だろ」

 ショウはボス部屋で繰り広げられる戦いに呆然として呟いた。


 部屋の入り口に陣取る件の化物は一時間以上にもわたってほぼ独力で殺戮蜂の群れを退け続けていた。被害は既に一〇〇〇匹を超えており、二〇〇〇匹に近い。使い捨ての雑魚モンスターが一〇〇〇匹殺されたのではない。熟練の冒険者にさえ抗し得るレベル一五相当の殺戮蜂達が倒されているのだ。もはや一騎当千なんてレベルではない。その気になれば成竜ドラゴンとて殺せるはずの大戦力がたった一人の人間によって殺害されているのである。


 もはや一刻の猶予もない。奴を倒してもその後ろには二〇〇〇名からなる戦士達がいる。制限時間内に奴等を殺し切り、ダンジョンコアを得なければショウは破滅するのだ。


「鏖殺蜂……お前等も出ろ」

 ショウはついに<鏖殺蜂>達へ出動命令を下した。


 鏖殺蜂は三ツレア級の蜂系上位モンスターだ。体長三メートルという巨体ながら二対の四枚の翅による高速機動も可能という万能戦士である。また非常に器用なため六つの脚にそれぞれ剣や槍といった武器さえも装備出来る。加えて臀部から射出される毒針は六発まで連射可能となっていた。


 最も恐ろしいのがそれだけの戦闘能力を持ちながら高い知能を持っていることだろう。戦術を立案し、軍勢を統率しながら実行に移す。その頭脳は士官教育を受けた軍人のそれである。


 ショウが出動命令を下した鏖殺蜂達は召喚したてのそれではない。ダンジョン進攻の指揮官に任命したり、世界樹にある蜂の巣ダンジョンへ進入してきた魔物達を優先的に狩らせたりして育成してきた<ハニートラップ>の最高戦力なのである。


 本来であればボス部屋の先にある<決戦場>で指揮を取らせるために温存させるべき存在だった。大切に育ててきたその三体全てをこの一戦に投入するのだ。


「往け! 刺し違えてでもあの化物を殺すんだ!」

 ショウが叫ぶとすぐさま伝令が飛んでいった。




「ぬっ、いかん!」

 治療中だったウォルターは新しい剣を掴むや入り口へと駆け出した。


 轟音が鳴り響き、シルバーゴーレムが吹き飛ばされる。もう一方のゴーレムがすぐさまカバーに向かうがそれさえも数秒と持たずに倒されてしまった。


「ヒロトよ、下がるのじゃ!」

 ウォルターの叫び声に合わせるように飛び込んできたのは二対四枚の翅を持つ巨大な蜂であった。漆黒の甲殻、太い脚にはそれぞれ剣と盾、槍と斧、弓矢を掴んでいる。


 ――何と、凶悪な気配かッ!?


 ウォルターは戦慄するが、漆黒の蜂は気にした様子もなく巨体に見合わぬ速度で臀部を向けてくる。


「――ッ!」

 ウォルターは考えるよりも早くその場から飛び退く。その足元に十数本の毒針が突き立っていた。


「しかし、なるほど……これが<鏖殺蜂>か」

 予め敵が出してくるであろう切り札についてはヒロト達から聞かされていた。しかし、これほどの桁違いの強さを持つとは思ってもみなかった。このダンジョンなら古参三人組に匹敵――あるいは凌駕するほどの武威を感じるのだ。


 三メートルを超える巨体。耐久性や生命力はこれまでの比ではない。長剣や槍、分厚い戦斧を軽々と振り回す膂力もまた人間のそれではないだろう。二対四枚の翅は殺戮蜂以上の高速機動を可能とさせているようだった。六つの脚にそれぞれ異なる武具を構えながら一部の隙も見出せず、五種類の武具をよくぞここまで鍛えたものだと感心してしまうくらいである。


「ギ!」

 弓矢が飛ぶ。三体による同時発射だ。ウォルターは剣で払い、石柱を蹴りながら左手の鏖殺蜂に駆け寄った。


「ギギッ!」

 槍による迎撃、鋭い刺突を体を折りたたんで躱す。


「ウオオオォォッ!」

 両手の剣を叩き付ける。しかし敵もさるもの一方を剣で逸らし、もう一方を盾で受け止められる。無理な姿勢だったが、これほど的確に対処されるとは思っていなかった。


 ――少し焦ったか。


 全力での一撃を仕掛ければ一匹ぐらいは倒せるかと思ったが、少し狙いが分かり易過ぎたのかも知れない。迫り来る巨大な戦斧をウォルターは敵の盾を蹴って躱す。


「ウォルター!」

「ヒロト、何をしておる! 早く逃げよ!」

 六つの脚部から繰り出される連続攻撃を紙一重で躱しながら叫ぶ。もう一体が左右から迫ってきている。今は手足を失ったシルバーゴーレム達が何とか抑えているが、これ以上は持たせられない。


「でも……こんな化物を相手に――」

 ヒロトとしてはここで仲間を見捨てるような真似は出来ない。


「ディア殿、頼む!」

「はい!」

 ディアが主人の腕を掴む。ヒロトは身を捩って逃れようとするが、その程度の抵抗でどうにかなるような相手ではない。


「離してくれ、僕も戦う」

「残念ながら、今のヒロト様では足手まといにしかなりません」

「そんな……」

 ディアの言葉にヒロトは絶句した。ダンジョンマスターたるヒロトはウォルターを除けばダンジョンの最高戦力であった。そんな彼をして足手まといとなる状況なのだ。


「それほどの相手という事です……ウォルター殿、ご武運を」

 ディアはそう告げると、コアルームへと転移していった。








 シルバーゴーレムが倒され、ウォルターが入り口から退いた事でボス部屋に次々と殺戮蜂が飛び込んで来ていた。


「不味い……この状況じゃ……

「一方的に叩かれてしまいますね」

 モニター越しにヒロトとディアが呟く。これまでウォルターは入り口に陣取り、敵をボス部屋に侵入させないようにしていた。敵の攻撃を前方からに絞る事で何とか対処してきたのである。


 しかし今、ウォルターは前後左右どころか上空からの脅威にまでその身を晒す事となった。ルークやクロエといった眷属達に勝るとも劣らない戦闘能力を持つ鏖殺蜂の相手しながら強化された殺戮蜂達の攻撃にも対処しなければならない。いくら眷属となり老いから解放されたウォルターとはいえ厳しすぎる相手であった。


「主様、お爺ちゃんなら大丈夫」

「はい、師父は負けません」

「安心して見ていろって」

 クロエが断言し、ルークとキールが続いた。


 普段のウォルターを知るからこその信頼だろう。しかしヒロトは知っていた。ウォルターの体は既に限界を超えている事を。


 治療係として殺戮蜂との戦いを間近で見てきたからこそ分かる。ボス戦開始から一時間半、暴力の嵐にずっと耐えてきた。彼の状態は時を追う毎に悪化している。


 この世界の魔法では受けた傷は治せても、失われた血や体力は戻らない。


 ウォルターはどれだけの攻撃を受けただろうか。無数の傷を負いながら動き続けた。常人ならとうの昔に出血多量で死んでいるほどの血を失っているはずなのだ。


「負けるな、ウォルター……絶対に負けるな……」

 ヒロトは祈るような思いでモニターを見詰めていた。




「よくやったぞ、お主等のおかげで我等が主君を無事に逃がす事が出来た」

 光となって消えていく戦友達シルバーゴーレムを労いながら、ウォルターは上空を睨みつけた。


 先ほど一合でウォルターが油断ならぬ相手だと理解したのだろう。鏖殺蜂はボス部屋の中空に陣取り、指揮に専念するようだ。今は次々に侵入を果たす殺戮蜂達に陣形を組ませていた。


「おい、降りて来んのか? もしや臆したかの?」

「ギッ、ギギ!」

 ウォルターの挑発を鏖殺蜂があざ笑う。人間は空を飛べない。故に上空に居さえいれば負ける事はない。だからこそこの余裕だった。


 鏖殺蜂は強い。単純な戦闘能力だけでもルークやキール達と遜色ないほどの力量を持っている。更に厄介なのが高い知性を持ち合わせている事だろう。


 ボス部屋入り口を確保した鏖殺蜂達は仲間を呼び寄せると上空を占拠させた。制空権を得て、安全圏じょうくうを確保したところで一方的に敵を叩ける状況を作り上げていく。単なる烏合の衆では出来ない適切な状況判断といえただろう。


「ギ――ギッ!!」

 鏖殺蜂が号令を下す。殺戮蜂達が一斉に臀部を見せる。


 ――ぬっ、流石にこれは不味い!


 上空から射出される無数の針、一部の隙もない致死の攻撃がウォルターを襲った。





「ウォオオォォォォ――ッ!」

 ウォルターは奔った。飛び交う毒針を剣で切り払う。払い切れない一部に身を貫かれながら走り続けた。そして滑り込む。決定打を受ける前に石柱に身を隠す事が出来た。


 ボス部屋には多くの石柱を配置されている。これはダンジョン製の非破壊オブジェクトだ。どれだけ強力な攻撃を受けようと壊れることはない。この頑丈なオブジェクトを盾とする。


 幸いな事に殺戮蜂達の毒針は単発だ。次の射出までに一〇秒ほどのタイムラグがある。


「討って出るしかないのう」

 敵は既に回り込もうと動き出している。次こそは逃げ場がない。如何な英雄とて無数の毒針に貫かれれば終わりである。手足に刺さった太い毒針を引き抜きながら、ウォルターは大きく息を吸った。


「ヒロトよ、後は頼んだぞ……」

 ウォルターは飛び上がり、柱を蹴った。その強靭な脚力は甲冑を含めて一〇〇キロ以上という重量物を遥か彼方へ吹き飛ばす。進行方向上にある柱を蹴り、方向転換。徐々に敵部隊へと近づいていく。


 それは正に縦横無尽。飛ぶような素早さでウォルターは動き回る。白銀の甲冑は強いライティングの下で更に強く光り輝き、それは敵の目を眩ませていく。それはまるで光の渦であった。殺戮蜂よりも高い機動力を持つ鏖殺蜂でさえ目で追うのが精一杯なほどの速度なのだ。


「シッ!」

 すれ違いざまに斬り付ける。狙いは当然、鏖殺蜂である。首を狙うがそれは剣で防がれてしまう。しかし剣は二振りある。守り難い右下の脚部を切り裂いてやる。


 地面へ落ちた弓が乾いた音を立てた。


「ほほう、やれば出来るものじゃの!」

 ウォルターは呼吸を整えながら言う。如何に強化された鏖殺蜂とはいえ、単独での戦闘能力はウォルターには及ばない。もちろん鎧袖一触出来るほどではないが、一対一なら絶対に負けないほどの実力差があった。


 ウォルターは石柱を使ってボス部屋を駆け巡りながら襲撃を繰り返す事にした。守勢に回った鏖殺蜂は的確に攻撃をいなしてくるが、そこに明確な力量差がある以上、全ての攻撃を防げるわけではない。


 またフィールドを高速で移動し続けることで毒針の一斉射撃を未然に防ぐ事にも繋がった。


 ――後は、何処まで持つかじゃのう……。


 石柱に身を隠し、呼吸を整えながらウォルターは次の襲撃を考える。相手は賢い。同じ攻撃は通じない。


「ギギッ!」

 石柱から出た所で毒針の一斉射撃を受ける。ウォルターは<風の刃>を飛ばして迎撃した。射出された一〇〇本を全てを弾く事は不可能だ。剣の腹で防ぐものの、その威力は凄まじく近くの柱まで吹き飛ばされてしまう。


「ギ――ッ!」

 そこに鏖殺蜂が襲い掛かる。槍による刺突、剣による斬撃、斧による打撃、多段階の連続攻撃だ。ウォルターは首を逸らして斧の一撃を避け、右腕の剣で槍を弾いた。槍による刺突は流石に躱し切れなかった。


「グッ……」

 鋭い刃が深々と突き刺さる。


「ギッギ……――ッ」

 鏖殺蜂が嘲笑を浮かべ――相手も同じ表情を浮かべている事に気付いた。


「よし……捕まえたぞ?」

 ウォルターは無造作とも言える動きで左手の剣を振るった。ミスリル製の鋭い刃が太い頸部を切断した。


「まず、一匹じゃ」

 そうやって化物ウォルターは不敵に笑うのだった。





 飛行系モンスターでしか為し得ないはずの空中戦。それをウォルターはボス部屋に配置された石柱を使って実現した。雨霰のように飛び交う毒針を掻い潜り、襲撃を仕掛けていく。


 流石に全ては防ぎきれない。そんな時には左腕の手甲で受けた。神経をやられたらしくもはや左手は使い物にならない。今後は盾として利用する。


 柱を蹴る。狙うは当然、鏖殺蜂だ。指揮官さえ倒せればあとはどうとでもなる。残りは二体。片方だけに攻撃を集中させた。接近しながら<風の刃>で牽制をしかけておく。攻撃自体は敵の盾や斧で防がれるのだが、これにより敵を中空で縫い止める事が可能になるのだ。


「シッ!」

 奴等の脚部にそれぞれ武具を備えているが、弓矢を持つ下の両脚は武器の特性上、防御に向かない。すれ違いざまに二本の脚部を断ち切ってやる。悲鳴が上がる。どうやら痛みに慣れていないらしい。去り際に腹部を切り裂いてやる。


 ――浅い。


 ぬかった。無防備な背中に向けて<風の刃>を放ち傷を負わせる。


 ――やはり浅い。


 <風の刃>の弱点がここに来て露呈する。威力不足。殺戮蜂ならともかく三ツ星級モンスターである鏖殺蜂の甲殻は非常に硬く、遠距離攻撃では直撃させても致命傷を負わせる事が出来ない。


 一〇秒経過。背後から殺戮蜂部隊の毒針が迫る。柱の影に隠れる事でやり過ごすが、回りこんでいた左右の部隊が毒針を放ってくる。そして再び距離を取ると次の毒針が迫ってくる。


 鏖殺蜂が来てから敵の動きが変わってきた。奴等は非常に狡猾だ。部隊毎に毒針の一斉射出のタイミングを微妙にずらす事で動き回るウォルターに対応してきたのだ。


 鏖殺蜂は犠牲が出たことでより一層慎重になった。指揮に専念する事にしたらしく、巧妙に立ち回ってウォルターから距離を取るようになった。自らは戦わず配下の殺戮蜂達を使って着実にダメージを負わせてくる戦術にシフトしていたのだ。


 殺戮蜂の数はまだ増えている。いつの間にかボス部屋の天井は奴等に覆い尽くしてしまうほどだ。これではどちらか侵入者か分かったものではない。


 一手追うごとに逃げ道が塞がれていく。

 打つ手が失われていく。


 互いに決定打を与えられていないが、戦いの趨勢は徐々に<ハニートラップ>側に傾いていった。




「嘘……お爺ちゃんが……」

 モニターの戦況を見ながらクロエが呟いた。


 三体の鏖殺蜂の出現により戦いの趨勢は覆せない程にまで傾いてしまっていた。


 それでもウォルターは柱を蹴り上げながら右腕一本で果敢に立ち向かっている。開戦当初のような圧倒的な機動力はない。それでなくても体力を使い果たした状態だったのだ。全身に傷を受けながらこれまで通りに動くなんて無理に決まっている。


「マスター、僕も出動させてください! これ以上は無理です!」

 ルークが悲鳴を上げる。


「ダメだ、絶対に行かせられない」

 ヒロトは厳命し、今にも転移しそうなルークの行動を縛った。眷属であるルークはヒロトの決定に逆らえない。


「じゃあよ、大将……せめてシルバーゴーレムとかだけでも追加してやったらどうだ?」

 キールが言うが、ヒロトは首を振って否定した。


「無駄だよ、ここで取り巻きを入れた所で意味もない」

 濁った沼に清水を一滴垂らしただけじゃ何にも変わらない。無駄に戦力を失うだけである。この後に控えている<決戦場>での戦いに回した方がずっと有意義だ。


「だから僕をボス部屋に!」

「ルーク君、君はあの中に入って確実に生きて戻れる?」

 ボス部屋はもはや地獄と同じである。毒針の雨が降る場所でただの人間が生き残れるはずがない。


「それじゃあ、見捨てるっていうんですか!?」

「……見捨てる」

 ヒロトは言った。血を吐くような思いだった。


「そんな……ご主人様……」

「ルーク君、ごめんね。これは全部、僕のせいだ。僕の油断が招いた結果だよ。その失敗の尻拭いをウォルターに押し付けようとしている」

 親友を親友であるという理由だけで信じたせいだ。サポート役であるディアの言葉を信じるべきだったのだ。助言以前に少し考えれば何者かが裏で糸を引いている事くらい気付けたはずだ。


 ヒロトはそれ等の可能性を真っ向から否定した。


 要するにヒロトは信じたかったから信じただけなのだ。それこそが、あの時のヒロトを絶望の淵から救い出してくれたショウや八戸弁護士に対する恩返しだと思ったのだ。ダンジョンバトルを拒否する事は彼等への裏切りになると思ってしまったのだ。


「恨んでくれていい」

「……酷いです、ご主人様」

「そうだね。僕は最低の人間だ」

「違う! これは諌められなかった私達みんなの責任! だって今、主様が一番、苦しんでる!」

 クロエは言ってヒロトの手を握った。強く握りすぎたのか手の平には血が滲んでいた。


「すいません、言いすぎました」

 ルークはそんな主人の姿を見て頭を下げた。


「いや、いいんだ。罪は罪だ。苦しんでいれば許される訳じゃない」

 ヒロトは被害が最も少なくなるように策を講じていくしかない。それがウォルターに出来る唯一の償いと言えるだろう。


 ウォルターはきっと最初から分かっていたのだろう。これだけの大戦力を平然と送り込んでくる強敵が相手なのだ。この程度の切り札を持ち合わせてないはずがない。


 それでもウォルターは立ち上がった。ルークを始めとする子供達を守るために。己の死を覚悟してボスモンスターになると宣言したのである。己の命なんて勘定の内に入っていないに違いない。一匹でも多く敵を道連れにし、一秒でも長く足留めをするつもりなのだ。そうする事がより多くの命を救うと考えたのである。


 そんなウォルターの覚悟を無駄には出来ない。


 だからヒロトはモニターを凝視する。僅かな変化さえ見逃すまいと集中力を高めていく。


 ――絶対にチャンスはある……。


 だって今戦っているのはあのウォルターなのだから。





「ようやくじゃの」

 窮地に追い込まれたはずのウォルターは不敵に笑った。


 それと同時、鏖殺蜂の一匹の動きが鈍り、ゆっくりと地面に向けて落ちいった。漆黒の甲殻は今は少し赤黒く見えた。


 黒ずんだ染みは腹部や背中の傷口周辺から広がっていた。


 毒。ボス部屋の手前には<毒沼>と<溶岩床>による複合罠。<ポイズンサウナ>が設置してある。これは溶岩床の熱により毒池が沸騰する事で毒液が気化し、呼吸をするだけで毒ダメージを受けるというものだ。毒ガスであるため隣接する通路や周辺の部屋にまでその効果を及ぼす。


 これまで蜂部隊に被害らしい被害が出てこなかったのは毒に犯される前に<毒消し薬>を摂取しておいたからである。これにより彼等は毒物への一時的な耐性を得ていたのだ。


 倒れた鏖殺蜂はこの数十分間、ウォルターから執拗な攻撃を受けていた。そして全身に傷を負っていたのだ。


 ウォルターは呼吸からだけでなく、傷口から毒を取り込んでしまう状況を作り出していたのである。しかも鏖殺蜂はウォルターの攻撃を恐れる余り、殺戮蜂達よりも更に一段高い所に陣取っていた。


 ――毒ガスの溜まった天井付近に。


「毒消し薬を飲んだならそれ以上の毒を食らわせてやればいいだけじゃ」

 だからこそウォルターはあえて邪魔臭い取巻きの殺戮蜂達を攻撃せず、鏖殺蜂だけに的を絞ったのである。初めて中毒を起こすのが間違いなくこの鏖殺蜂になるように。


 ウォルターは幽鬼のように鏖殺蜂の元まで来ると、左手の魔剣を使って首を刎ねた。


「後、一匹じゃな」

 そうして怪物ウォルターは不敵に笑う。


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