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剣であり盾である

 輸送部隊が到着したところで攻略が再開された。


 <毒消し薬>を飲む事で毒への耐性を付けた殺人蜂達が迷路を飛ぶ。


 こうして<迷路の迷宮>は攻略されていった。もちろんヒロト達とて無抵抗だったわけではない。<ポイズンサウナ>や<クランクバズーカ>、<宝箱バリケード>といった各種トラップ、更に眷属と選抜された子供達が幾度となく先頭部隊を襲撃した。


 しかし、それでも侵略を止める事が出来なかった。数の暴力という恐ろしい武器によって彼等はとうとう巨大な迷路を攻略し切ったのだ。


「また休憩所か……」

 モニター越しに見えるのは<休憩所>だった。<ポイズンサウナ>が入り口の直前に設置されている。他にも何かあるかも知れないと蜂達は捨て駒の殺人蜂部隊を先行させて周囲を確認していった。


 結果は白。本当に何もない。


 そこは<毒消し薬>さえあれば本当に安全地帯であった。もちろん一度、薬が切れれば待機しているだけで消耗していくという地獄のような場所だったが。


 休憩所の奥には扉が一つあった。ボス部屋へと続く扉である。


 まずは様子見として殺人蜂部隊が向かった。大きな扉がゆっくりと開かれる。


「神殿……?」

 モニター越しにショウが呟く。高い天井から眩い光が降り注ぐ荘厳な空間だ。壁も床もすべてが純白で攻勢された広間には等間隔に幾つもの白い石柱が屹立している。


 そんな空間に一人の老人が立っていた。


『ふむ、来おったか』

 老人は兜を被った。総ミスリル製と思しき豪奢な西洋甲冑がゆっくりと動き出す。背中には左右に二振りの剣を背負い、両の腰にも剣が二振りずつ。更に両手に抜き身の剣を握り締めていた。


 恐らくその全てが魔剣なのだろう。老人が握る剣からはじわりと魔力が滲み出ている。


『よし、往くぞ?』

 その瞬間、老人が目の前に立っていた。いつの間に移動したのだろうか。蜂達はその答えを得る前に切り刻まれた。







 コアルームに据えつけられたモニターがブラックアウトする。


「何だ、あの化物は……」

 ショウは我知らず止めていた息を吐き出した。パーティ会場に居た老剣士だった。忘れようはずがない。この体に無数の傷を付けてくれた憎き輩である。


 しかしショウは自らの記憶を疑い始めていた。あの老剣士の動きはあの時――パーティ会場で切り結んだ時とは別次元だった。尋常ならざるプレッシャー。モニターを介しているというのに冷や汗が止まらなかった。目が合った瞬間、全身を切り刻まれるような錯覚に襲われたほどだった。


「一体、どんな手品を使いやがった……クソッ! ふざけやがって!」

 感情を奮い立たせる。芽生えた恐怖心を怒りによって打ち消したのだ。


「殺戮蜂、アレを殺せ!」

 血が滲むほど拳を握り締め、届かないはずの号令を下す。


 待機中の殺戮蜂は既にして臨戦態勢だ。牙を鳴らし、ボス部屋に飛び込んでいく。


 そして無数の剣閃が煌いた。






「はああぁぁぁ――ッ!」

 ウォルターは獣めいた咆哮を上げる。


 体が軽い。眷属化によって老いから解放されただけでなく、ステータスも向上したウォルターは人外の戦闘能力を得ていた。


 左手を振るい、右手を振るう。風に舞う羽根のようにひらりと近づき、敵の体を切り刻む。<疾風剣フェザーダンス>の銘を模したかのような動きだった。


 ウォルターは戦っていく内に魔剣の特性を理解し始める。そして利用するようになった。<疾風剣フェザーダンス>には強い風の力を封じ込められており、限界を超えた速度で刃を振るうと疾風とも言うべき<風の刃>が生まれたのだ。


 十回剣を振るう。すると十の風の刃が生まれた。


 そして十の魔物が死ぬ。戦いはシンプルだ。先に切りつけた方が勝つ。致命傷を負わせればその時点で勝利が確定するのである。


 息を吸う。剣を振るう。敵を屠る。


 殺害する殺害する殺害する。


 徐々に意識が薄れていく。


 敵を切り刻む事だけに集中する。


 それはまるで一振りの剣だった。灼熱に焼かれ、鎚で叩かれ、鑢で削られる。不要な物をそぎ落とし、鋭さだけをその身に残す。そんな苦行の果てに刀剣は生み出される。


 今のウォルターも同じである。故郷を焼かれ、復讐を誓った。戦い続ける中で磨かれていく。余分なものを切り捨てる、そして人外の強さを得た。敵を切り刻むための殺戮兵器となった。


 ――これが境地というものか。


 ウォルターの思考は今まさに一振りの剣と化していた。道具は物を考えない。愚直に主の命令をこなすだけだ。


 敵が後方で一塊になる。膨らんだ臀部を向けた。反撃。無数の毒針が飛来する。


 それをウォルターは避けなかった。腰を落とし、姿勢を低くして刃を振るった。致命傷となりうる毒針だけを防ぐ。強化された殺戮蜂の毒針はミスリル製の手甲をも貫いた。チョーク大の太い針が深々と腕に刺さる。


 痛みは感じない。不要なものはそぎ落とした。道具とはそういう物だ。それにボスモンスターとして莫大な生命力を持つに至ったウォルターからすれば大した攻撃ではない。


「ギチ!」

 魔物が距離を詰めてくる。飛び込んできた四匹の殺戮蜂が上下左右から鉤爪の突いた腕部を振るう。ウォルターは前進する事でそれを躱す。回転。腹部、頚部、蟲特有の繋ぎ目を魔剣で断つ。ついでに風の刃を放ちながら下がる。


 後続の殺戮蜂は飛来する刃を腕でガードした。お返しとばかり腹部の毒針を飛ばしてくる。


 先ほどの焼き回しだ。ウォルターは飛来する毒針を食らい、距離を詰める殺戮蜂を魔剣で一閃して倒し切る。


 ウォルターは頬を伝う血を舐める。


 ――強いな。


 殲滅女王から生まれた殺戮蜂はレベル一五相当のステータスを持って生まれてくる。その戦闘能力は三ツ星級にも届くほどであった。二対の翅を生かした機動力、ミスリルの手甲を貫く毒針を射出し、近づけば六つの脚と鋏状の牙で連続攻撃を繰り出してくる。


 そんな化物が十体近く同時多発的に襲い掛かってくるのだ。もしもウォルターでなければ――子供達はもちろん、ルーク達でさえ――何の対処も出来ずに撃破されていただろう。


 剣聖と呼ぶに相応しき技量を持ち、眷属化とボスモンスター化によって人外の強さを得たウォルターだからこそ出来る芸当なのだ。


 二十体の魔物を切り捨てた所で両手の魔剣が折れる。


 残り四本でどこまで倒せるか計算する。どれだけ効率的に殺せるかだけを考える。


 ウォルターは背中の剣を取り出しながら集中を高めていった。






「スイッチ!」

 ヒロトが叫ぶ。すると大盾を構えたシルバーゴーレムがボス部屋の出入り口に突進した。


 轟音。


「治療する!」

 倒れ込むウォルターに駆け寄り、<快癒ハイヒール>を行使する。ヒロトは決戦に備えてDPを使って幾つかの戦闘系スキルを取得していた。特に必要となるであろう治療系魔法は最大レベルまで上げていたのだ。


 ウォルターの体から太い毒針が排出され、血が止まった。傷口から肉が盛り上がる。見る間に怪我が癒えていく。


 現在ボス部屋にいるのはヒロトとディア、ボスモンスターたるウォルター、取り巻きとしてシルバーゴーレム二体だ。出来れば他の眷属達も入れたかったが、ボス部屋には配置出来るモンスターの数も決まっているため最低限のメンバー構成となっていた。なお、ダンジョンマスターであるヒロトとサポート役のディアは魔物としてカウントされないためボス部屋に自由に出入りが出来る。


「流石に全快はしないか……」

「血が流れすぎましたから」

 ディアが呟く。回復魔法が治すのは外傷だけである。傷口を塞ぎ、断ち切られた筋肉繊維を繋ぎ合せる事は出来ても、それによって失われた体力や精神力までは回復出来ない。


 ウォルターは殺戮蜂の毒針や鉤爪攻撃によって相当な量の血液を失っている。体調を万全に戻したいのなら時間をかけて養生させるしかない。


「新しい剣をくれ」

 ウォルターが言う。十本あったはずの<疾風剣フェザーダンス>は殆どが大破していた。いかな魔剣とて尋常ならざる膂力を得た竜殺しの全力には耐えられないのだった。ついでに言えば<風の刃>なるスキルが多用されているのも崩壊を早める原因になっている。このスキルは剣に封じられた風の魔力を無理矢理に引き出す事で行使しているらしく、使うたびに剣内部の魔力が減っていくのだ。


「あまり無茶な真似をしないでくれ……」

 ウォルターを護るミスリル甲冑も半壊状態である。殺戮蜂の脅威的な攻撃に晒され続けた結果。激しく損傷してしまっているのだ。特に激しいのは手甲や足甲だ。致命傷以外は防御さえしなかったのだ。


「無茶でもやらねばならん時がある。そうじゃろう、ディア殿?」

「ええ、一匹でも多くの敵を屠り、一分一秒でも時間を稼ぐ事が結果として子供達を救うでしょう」

 ウォルターの鎧を強引に脱がせて新しい甲冑を装備させる。<疾風剣フェザーダンス>を一〇本用意して、腰や背中にセットする。


「ありがとう、もうよいぞ」

 シルバーゴーレム達が下がり、ウォルターが前に出る。高い耐久性と生命力を誇るシルバーゴーレム達は半壊していた。大盾は一分間と持たずに全壊し、総銀製の体躯を盾代わりにして敵の侵入を抑えていたのだが、殺戮蜂達の猛攻により著しく消耗してしまったのである。


 ウォルターが前線に出向き、戦い始める。ヒロトはシルバーゴーレムを下げ、別個体と入れ替える。ダンジョン最高戦力であるシルバーゴーレムを使っても稼げる時間は五分にも満たない。




「スイッチ!」

 ヒロトは言って再びシルバーゴーレムを前に出す。シルバーゴーレム達が稼ぎ出す僅かな時間を使ってウォルターを癒し、次の戦いに備えさせる。


 厳しい戦いだった。ウォルターは常人ならば死んでいてもおかしくないようなダメージを受けて帰ってくる。いかな高位の回復魔法とはいえウォルターを癒し切る事は出来ない。


「主よ、もうよい。十分に休んだ」

 ウォルターがヒロトの肩を叩く。休憩のたびに顔色が悪くなっている。魔法では癒しきれないダメージが蓄積されていき、今では蒼白を通り越して土気色になっていた。動く死体リビングデッドと言われても分からないほどだ。


「頼みます、ウォルターさん」

「任せておけ!」

 ウォルターが敵陣へ飛び込み、殺戮蜂を殺害する。独楽のように高速回転して首や胴を刎ねていく。更に風の刃を連発し、後続部隊に傷を負わせ、前線を安定させる。


 距離が開いた所で魔剣が壊れる。ウォルターは躊躇なく背中の二本を解き放つと風の刃を発動させた。


「クロエ、交換してくれ」

 コアルームに居るクロエに指示を出し、消耗したシルバーゴーレムを下げさせる。


 じりじりと終わりが近づいてくる。状況は刻一刻と悪くなっていくが、現状、これ以上の対抗策は存在しない。


 自らの無力さをヒロトは嘆いた。


 歯噛みをする。

 耐えるしかない。

 それしか出来ない。


 時間よ、早く過ぎてくれ。

 ヒロトはそんな事ばかり考えていた。






「ふう、流石に……疲れたのう……」

 治癒の魔法を受けながらウォルターは呟いた。一見すれば完勝のように思えるが、実際には一手誤れば奈落の底に転落するような綱渡りめいた攻防の連続だった。


 ボスモンスターであるウォルターはもはやこの部屋から出られない。多少のダメージは承知の上で入り口に陣取り、殺戮蜂共を排除するしかなかった。もしも後退しようものなら上空や背後からも襲われることになる。


 ヒロトの話ではこのレベルの強敵がまだまだ一万匹近く居るという。眩暈がするほどの大戦力だ。


「ウォルター……」

「大丈夫じゃ、心配は要らぬ」

 だからこそ退けないとウォルターは思った。もしもウォルターがここで敗れれば残すは<決戦場>だけとなる。


 愛すべき子供達はこの化物共に蹂躙されるだろう。ルークやキール、クロエといった古参組が踏ん張れば抗し得るかも知れない。しかし間違いなく犠牲者が出るだろう。


 大切な人々を守りたい。かつて叶わなかったその誓いを果たすためならこの命など惜しくない。


 ウォルターは子供達を想った。

 脳裏で無邪気に笑う彼らを通して失った家族を想った。


「よし、往こう」

 奮い立たないはずがない。奪われ続け、失い続け、壊され続けたこの人生に意味があったのだとすれば、この日、この時、この瞬間にあったに違いないのだ。


「ウオオオォォオオォォ――――ッ!」

 故にウォルターは命を振り絞る。限界を超えて剣を振るう。例えこの身が壊れ、朽ち果てても構わない。


 ウォルターは敵を蹂躙し続ける。

 氷上の戦いを勝利で飾る。

 足元に夥しいまでの血溜まりの上で踊り続ける。


 ウォルターは今まさに剣であり子供達の盾であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ~ 氷上の戦いを勝利で飾る。 この「氷上の戦い」の意味がよくわからず何かの比喩なのでしょうか。
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