出血を強いる
ショウはDPを使って土魔法を使える数少ない虫系モンスター<大団子虫>を大量に召喚する。
大団子虫をロープで縛りつけ、殺戮蜂達に括り付ける。さらにDPショップでMPポーションを大量購入して一緒に運ばせる。
ダンジョン出入り口から出発した輸送部隊が最終階層である第一〇層まで到達するのに一時間もの時間を要した。<迷路の迷宮>のあまりにも広く複雑だ。通路上の罠まで警戒して進むと高い機動力を誇る殺戮蜂達でもそれくらいは掛かってしまう。
大量にあったはずのDPも残り僅かだ。バトル後のダンジョン運営を考えるとこれ以上の戦費は使えない。
「往け! 全速力で炎の壁を塞ぐんだ!」
もはや取り繕う余裕さえない。更にダンジョン内にいる全戦力へ出動を命じる。
そうして消耗戦が始まる。
二つのクランクバズーカを超えた所で休憩所を表す青い扉が見えた。殺戮蜂達が扉を押すが開かない。引く、左右にずらす、上に持ち上げるなどを試したが扉は動かなかった。
「……<宝箱バリケード>か」
<宝箱バリケード>とは扉前に大量の宝箱を設置するという裏技だ。休憩所には罠や魔物は配置出来ないのだが、罠も鍵もないご褒美用の宝箱だけは自由に設置出来る。この仕組みを悪用して扉前に重い荷物の入った宝箱を扉の真ん前に設置してバリケードにするのである。
――小癪な真似を……。
扉自体は非破壊オブジェクトなため無理矢理に押し通るしかない。力のある殺戮蜂達が並び、助走をつけて体当たりを行う。
徐々に開いていく扉。ここに来てショウはようやく人心地付く事が出来た。
一〇階に到着してから約二時間が経った。そして恐ろしいほどの被害が出ている。殺戮蜂だけで五〇〇匹、殺人蜂に至っては一〇〇〇〇匹以上がこのフロアだけで殺されてしまっている。そのほとんどがクランクバズーカの発動を防ぐため、通路の安全を確保するためだけに使われたのだから笑えない。
土魔法を得意とする大団子虫部隊が到着したことで犠牲は出なくなった。<火を吹く壁>の前に大団子虫が張り付き、<石壁>を発動させたためだ。火炎放射の熱によってしばらくすると壊されてしまうものの、定期的に壁を作りかえることでクランクバズーカの発動を防止出来る。
これで通路の安全は確保された。後は時間との勝負である。大団子虫達はMPを行使して石壁を作っている。魔法特化したユニットではないためMPはいずれは尽きてしまう。MPポーションは相当数前線に運び込んだが、これ以上長引くようなら再び殺人蜂達が盾になるしかない。
ショウはこの日のために大量の戦力を確保してきている。後続にはまだ万を超える軍勢が控えているが、ボス部屋どころか休憩所ごときで手間取っていてはダンジョンの完全攻略――ダンジョンマスターの殺害、あるいはダンジョンコアの奪取――など覚束ない。
「いつまで掛かってんだ! 早く開けろよ!」
ショウが声を荒げる。主人の怒声が聞こえたというわけではないだろうが、ようやく扉が開かれた。
「なんだ、見えないぞ……」
吹き飛ばされて蓋の開いた宝箱から白い煙が立ち昇っている。煙幕のつもりだろうか。面倒な真似をする。
「まあ、大丈夫か……」
ここが<休憩所>である事は間違いない。休憩所にはルール上、魔物や罠を配置出来ないためひとまずの安全は確保されたというわけだ。
ショウはモニターから僅かに見える奥の扉を睨みつける。この先にはボスがいるはずだ。ボス部屋の前には必ず休憩所を設置しなければならない。
悠長に休憩している暇はない。殺人蜂がボス部屋への扉に手を掛ける。念のため扉の前方に魔物は立たせないようにしている。
殺戮蜂が牙を鳴らす。殺戮蜂はその名の通り、戦いと殺戮をこよなく愛する生粋の戦闘狂だ。扉の先に控えているだろう強敵に、その先にいるはずの<迷路の迷宮>との決戦に胸を高鳴らせていた。
「往け!」
扉を引く。
再び画面が極光に染まった。
「何が、一体、何が起きた……」
モニターは回復したが、先行部隊からの映像が途切れている。
分かるのは休憩所へ侵入を果たした魔物達が全滅したという事実だけだ。何も問題なかったはずだ。<クランクバズーカ>による被害を防ぐため、延長線上には立たないようにしていた。
「まさかボスモンスターか……?」
扉を開けた瞬間、殺戮蜂の群れを一撃で葬り去るような範囲攻撃でも放ったというのか。有り得ない。ショウは迷宮神から<迷路の迷宮>の詳細な情報――例えば召還可能リストなど――を手に入れていた。更にダンジョンバトル終了までレアガチャチケットを使っても既存モンスター以外は召還できないように設定を変えておいたと聞いている。
「いずれにせよ、確認しなければ……」
少数の殺戮蜂が休憩所に突入する。
「……これは」
開かれた扉の先に見えたのは真っ赤に燃えた<溶岩床>と湯気の立つ<猛毒床>、そして壁中に隙間なく敷き詰められた<火を吹く壁>。
「バックドラフト……」
密閉された空間内で火災が続くと不完全燃焼が起きて一酸化炭素が溜まった状態になる。その状態で外の空気が入ってくると瞬間的に酸素が取り込まれ、爆発を引き起こす。
「違う、それだけじゃない……」
普通のバックドラフト程度なら――魔法連鎖でも起きない限り――耐久力のある殺戮蜂が全てが死亡する事はなかったはずだ。
休憩所の内部にもダメージソースがあったはずなのだ。
「これは……小麦粉……?」
視界の下、パチパチと燃える白い粉を見てショウは思い出す。
粉塵爆発。宝箱バリケードで蹴倒された宝箱の中には大量の小麦粉が敷き詰められていたのだ。バリケードを壊された場合の煙幕代わりだと思っていたが、この小麦粉自体が罠だったのだ。
ショウの失意は止まらない。
「くそ、今度は何だ!」
小部屋に入った殺戮蜂達が床に落ちる。ステータス画面を見ればそこには<毒>の文字が見えた。怒りのあまりショウは一つの要素を見落としていた事に気付く。
「<ポイズンサウナ>……」
床の上を歩いたものを毒状態する<猛毒床>。特定の床から常に毒液が湧き出し続けるというダメージ床なのだが、この床に<溶岩床>や<火を吹く壁>といったオブジェクトと隣接させる事で毒液を気化させるのだ。
毒ガスを吸い込めば猛毒状態になる。毒液を足で踏むよりも吸い込んだほうが――直接体内に取り込むのだから当然だ――遥かに効果が高くなるのだ。
毒針を持つ殺戮蜂達もダンジョン産の猛毒には敵わない。目に見えない有毒ガスが魔物達に牙を向き、そして死に至らしめたのだ。
「誰か……扉を閉めろ!」
このままでは一〇層全てが猛毒で満たされる事になる。そうなれば攻略どころの話ではない。毒ガスは徐々に休憩部屋にまで侵食していき、後続部隊まで倒れていく。
「その先に迷路だと……」
モニターには狭く細い分岐が見えた。毒ガスで満たされた部屋の向こうに<迷路の迷宮>が得意とする<大迷路>が控えていたのだ。恐らく通路の全てが毒ガスで満たされている。
現状の装備では毒に満たされた迷路を攻略するには不可能だ。殺人蜂達もそう考えたようですぐさま休憩所から撤退する。ショウはなけなしのDPを使って<毒消し薬>を大量購入して運ばせる。
第一層から第一〇層までの輸送に更に一時間が必要となる。迷路の攻略に取り掛かれる時には残り時間は四時間を切っているだろう。
「クソ、クソクソ!!」
ショウはコアルームの机を蹴り上げる。
「ヒロトの奴め……絶対に許さねえぞ!」




