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復活の狼煙とクランクバズーカ

「皆、ごめん!」

「主様!」

 コアルームに戻ると、クロエが抱きついてくる。何とか受け止める事には成功するものの、勢いを殺し切れず壁に押し付けられてしまう。


「クロエ、ごめんね、心配かけて」

「いい! 主様が無事ならそれだけでいい!」

 ベアハグから頭を押し付けてくるのはきっと無意識に甘えているのだろうが、ほとんどプロレス技のようなものだ。


 正直、かなり痛かったが、ヒロトはそれを甘んじて受け入れる。


「ご主人様! お帰りなさい!」

「待ってたぜ、大将」

「全く心配させおって」

「ごめんね、皆。僕はもう大丈夫です」

 古参組の挨拶に答えれば、子供達は大きく胸を撫で下ろしていた。中には泣き出してしまう子が居て、ヒロトはどうしたものかと頭を抱えた。


「喜ぶのは全てが終わった後にしては?」

 背後から冷徹な声が聞こえてくる。仮眠室から姿を現したディアはクロエの襟首を掴むとずるずると引き摺っていく。


「邪魔をするな、ディア!」

「今はダンジョンバトル中ですよ。まずは戦況の報告が先でしょう?」

 最もな指摘にクロエは反論する事もできず、小さく頬を膨らませながら報告に入る。


「敵は第八階層に入ってる……このままだと迷路は踏破される」

 モニターを見れば五万を超える殺人蜂が迷路内を縦横無尽に飛び交っていた。機動力の高い飛行モンスターを大量に召喚し、全ての経路を走査する。


 人海戦術こそが<迷路の迷宮>を攻略し得る唯一の戦略だ。敵は――親友は本気でヒロト達を攻略ころしに掛かってきている。


「残り八時間か……」

「ごめんなさい、アイツ等を止められなかった……それに、きちんと守れなくてごめんなさい」

 クロエの役目はヒロトの護衛である。護衛対象から離れてしまい、呪いを受けさせてしまった。ヒロトの代わりに指揮を執っている間中、その事がずっと気になって仕方がなかった。


「いや、謝るべきは僕のほうだ。ずっと眠っててごめんね、皆には随分と苦労をかけた」

 眷属達はもちろん、子供達も出撃したらしい。体を拭く余裕さえなかったのだろう、全員が全員、殺人蜂の物と思われる黒い体液に塗れていた。


「あの大群を相手によくここまで耐えてくれた。本当にありがとう」

 ヒロトはそう言って子供達の頭を撫でて行く。



「ここからは僕のターンだ」

 玉座に着く。


 反撃の狼煙が上がる。








 前線部隊が第一〇階層に到達したところでショウは大きく息を吐いた。残り時間は八時間。想定以上に時間を食ったが、後は殺し合うだけだ。


 そして戦闘となれば負ける事はない。殲滅女王達によって生み出された<殺戮蜂>の大群を前線へと移動させる。


 真っ直ぐな一本道を進むと迎撃用の小部屋が現れる。<殺戮蜂>が群れをなして突っ込んだ。


「なんだ、やる気になったかと思えばこの程度か」

 迎撃に使われたのは三ツ星級モンスターである<シルバーゴーレム>だ。召喚されたばかりらしいそれを見てショウは鼻で笑う。巨大迷路の攻略には予想以上の時間はかけさせられた。更に相性の悪い罠にかかり、また眷属共が率いる戦闘部隊の襲撃で消耗させられてしまっている。


 しかし、いざ戦闘になったなら<ハニートラップ>の敵ではない。こちらはレベル一五相当の二ツ星級モンスターを一〇〇〇〇は用意しているのだ。


「殺人蜂はゴーレムの注意を引け! 殺戮蜂は一斉に毒針攻撃だ!」

 ダンジョンマスターの命令は実際には届いていないが、魔物達は予め決められた戦術でもってゴーレムへと殺到する。


 殺人蜂の素早い動きに鈍重なゴーレムは追従できず、闇雲に拳を振り回すばかりだ。その隙に背後へと回り込んだ殺戮蜂が突撃、毒針攻撃を仕掛ける。


 ガンッと鈍い音と共に極大の毒針が打ち込まれた。強固な白銀のボディをも貫くそれは生まれたばかりの魔物の攻撃とは思えないほどの威力だった。


『ゴガアアァァ――!』

 銀の体が徐々に黒く染まっていく。猛毒による侵食だ。物質系モンスターには毒は効き難い事で知られているが、それにだって限度はある。際限なく毒針を体内に打ち込まれればいずれは致死量を超える。


 一〇〇匹を超える殺戮蜂による攻撃、ゴーレムはその太い腕を振り回し、何匹かを道連れにしたがとうとう膝を付いてしまった。殺戮蜂は弱り切った魔物へ更に苛烈な攻撃を仕掛けていく。毒針を打ち込み、鉤爪で装甲を引っぺがす、鋏状の牙で噛み付き、脆くなった銀色のボディは瞬く間に解体されてしまった。


 数の暴力。殺戮蜂は三ツ星級の中でも高い耐久性を持つとされるシルバーゴーレムでさえも一〇分の内に撃破してみせた。


 連中は未だに時間切れによる判定勝ちを狙っているのだろう。小部屋を設置するだけならコストは殆ど掛からない。一部屋毎に一〇分もの時間がかかるとするとコアルームに行くまでにかなりの時間を浪費してしまう。


「次は殺戮蜂だけで対処しろ! 犠牲を問わず、一分以内に仕留めるんだ!」

 残り時間は四分の一を切っている。<渦>さえあれば<殺戮蜂>はいくらでも補充可能だ。このバトルで使い切ってしまっても惜しくはない。


「よし、往け!」

 ゴーレムが完全に破壊された所で<扉の鍵>がドロップされる。小部屋から次の通路へとアイテムだ。


 殺戮蜂がドロップアイテムを拾い、鉄の扉を引く。





 そして極光に包まれた。
















「良し!」

 ヒロトが快哉を挙げる。

 

 溜め込んだDPを使い、最深部にあたる第一〇階層を一から作り直した。今回の敵、ダンジョン<ハニートラップ>は蜂系モンスターを主力としている。虫系モンスターは炎属性に弱い。だからそこを突くことにした。


 ヒロトは長い真っ直ぐな通路を作り、その先に小部屋に設置した。小部屋にはシルバーゴーレムを配置する。


 ここは単なる足留めである。後続部隊を一まとめにするための手段だ。


 小部屋の先に扉を付けて通路をコの字を描くように設定する。反対側に逆コの字の通路を設置し、連続したクランクを作り上げる。これを一〇個ほど繋げ、角々に<火を吹く壁>を設置した。これは三〇秒に一度、壁面から火炎放射を行うトラップだった。ゲーム風に言うと直線二マスが攻撃範囲になるもので、このままだと通常は向かいの壁にぶつかるだけだ。


 しかしクランクのような通路で角々に<火を吹く壁>を設置すると火炎放射が次の罠から出てきた炎がぶつかるようになる。すると<魔法連鎖チェイン>が発生する。同属性の魔法を同時に放つ事で、魔法の威力が強化され、効果範囲まで広がるというガイア特有の物理法則である。


「まさかこのような秘技が……」

 その威力はガイア神族の一員たるディアでさえ瞠目するほどの物となった。


「いや、掲示板だと割と有名だよ? <クランクバズーカ>って名前で」

 <火を吹く壁>を連鎖させる事で低コストで灼熱地獄を作り出すテクニックであった。


 火属性が弱点の蜂系モンスターへは効果覿面だったろう。クランクバズーカは小部屋に残っていた連中だけでなく、通路で渋滞を起こしていた後続部隊まで焼き切る事に成功していた。


「さあ、ここからだ……」

 ヒロトは不敵に笑うのだった。






「な……」

 極光がモニターを埋め尽くした。数秒ほど経って映像は回復したものの、そこに映し出されたのは焼き尽くされ、バラバラに砕かれた殺戮蜂の死骸だった。


「……なんだ、これ……――クランク、バズーカだとッ!?」

 <クランクバズーカ>とは通路でクランクを作り、その角々にトラップ<火を吹く壁>を連続して繋げる事で魔法連鎖を発動させるというものだ。


 チェインが発動すると威力はもちろん有効範囲も伸びるため、吹き出した火の手が隣接する施設にまで届くようになる。極限まで高められた業火によって全てを破壊されてしまう初見殺しの裏技という奴である。掲示板で紹介されるやいなや多くのダンジョンで取り入れ、数多の侵入者を屠ってきた。


 現に<ハニートラップ>もこの一撃で小部屋と通路に犇いていた一〇〇〇匹以上のモンスターが殺されてしまっていた。


「くそ、やられた!」

 クランクバズーカは確かに強力な罠だが、警戒さえ怠らなければ避けられたトラップであった。掲示板では警戒すべきポイントも周知されている。クランクバズーカの火炎放射は一直線に進むため真っ直ぐな通路が続いた場合には特に警戒が必要なのだ。


 これは単純にショウ達<ハニートラップ>の面々が制限時間に焦り、警戒を怠っていたために起きた事であった。


 メジャーなテクニックであるだけに既に攻略法は確立されており、火吹壁の目の前に障害物を置いて炎同士を連結させなければいいだけである。防火壁を置いて延焼を防ぐようなものである。最適とされているのは土属性魔法の<土壁>やその上位にあたる<石壁ストーンウォール>を罠の前に設置する事だ。ガイアでは発動後も魔法で作られたものは残り続けるため、熱によって壁が破壊されるまで抑え続ける事が出来る。


「ヒロトめ……目を覚ましたか……」

 これまで眷属共が取って来た時間稼ぎの遅滞行動とは明らかに赴きの異なる動きに、ショウは指揮官が変った事を察知する。そして眷属達から指揮権を奪えるとすればダンジョンマスターを置いて他に居ないだろう。


 最悪な事に<ハニートラップ>の主力たる殺人蜂達は魔法を殆ど使えない。飛行能力を補助したり、集団行動を行うための最低限の風魔法しか行使できないのだ。もしもショウが前線に居れば自ら土魔法で壁を作るなどが出来たが、今居る進攻部隊の連中だけでは有効な対策が取れない。


 殺人蜂達は苦肉の策として炎の吹き出し口に張り付いて自らを壁にする――火炎放射を一身に受け切る事で隣接マスまで炎を届かせない――事でクランクバズーカの発動を防ぐことにしたらしい。


 攻略を優先するのであれば妥当な判断だったろう。しかしそれは同胞の死と引き換えに手に入れられる安全である。


 だからこそ一秒でも早くこのゾーンを抜ける必要がある。殺戮蜂が急いでクランク通路を抜けていく。しかし彼等の通行を邪魔するようにシルバーゴーレムが立ち塞がっている。


「クッ、こんな所で……殺戮蜂! すぐに殺せ!」

 耐久性が低く、炎属性に弱い殺人蜂達では火炎放射に耐えられない。複数の個体が壁になる事でようやく炎を止めることが出来る。


 <火を吹く壁>はクランク上に三〇個以上も設置されている。罠は一回発動するたびに三匹の殺人蜂を殺害し、しかも三〇秒に一回のペースで繰り返し発動される。<ハニートラップ>はこの通路の安全を確保するためだけに毎分二〇〇匹という出血を強いられる事になるのだ。クランクバズーカで通路上の魔物を殺害するだけでなく、発見後も継続的にダメージを与える攻撃手段として利用してきたのである。


 殺戮蜂達が特攻を仕掛ける。組織だった戦闘を行う余裕は既にない。最短で攻略するために各々全速力で敵に張り付き、シルバーゴーレムへ攻撃を加えるだけだ。


 今度のシルバーゴーレムは両手にその巨体をすっぽりと隠してしまうほどの大きな盾を構えていた。ゴーレムは通路に背中を預け、盾を掲げて致命的な攻撃を避けていく。奴は三〇秒、時間稼ぐ度に二〇〇匹もの殺人蜂を道連れに出来るのだ。


 門番たるシルバーゴーレムは単独ながらよく戦い続け、殺戮蜂達の猛攻を二〇分以上も耐えてみせた。<ハニートラップ>は通路を確保するためだけに五〇〇〇匹近い被害を出したのだ。


『ゴガアァァ――』

 銀色の巨人は満足げな声を上げると光となって消えていった。ドロップした<扉の鍵>を殺戮蜂がすぐさま拾った。そして通路へと続く扉が開かれる。


「止めろ! クランクバズーカだ!」

 ショウの叫びは蜂達には届かない。学習能力の低い――虫系モンスターは全般的に知能が低い――彼等は無防備に扉を開け、極光に掻き消されてしまうのだった。


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