後悔
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ハニートラップ
テーマ:最大多数 タイプ:塔型
属性 :風 主力 :蜂
位置 :世界樹 特徴 :数の暴力
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無人のコアルームに戻ったショウは傷だらけの革鎧を乱暴に脱ぎ捨てた。<宝物庫>から回復ポーションを取り出し、飲み干す。
「ぐ……が、……」
地面を転げまわる。回復ポーションの本質は自然治癒力の付与にある。肉体が傷を癒していく過程を早送りにするようなものである。傷が癒える中で本来感じたはずの痛みや痒みなどを凝縮して使用者へフィードバックする。四人の戦士から受けた傷は決して浅くない。常人ならショック死しかねないほどの激痛であった。
ダンジョンマスターとして尋常ならざる精神力を得てしまったショウは気絶する事さえ出来ず、その地獄のような時間を耐えねばならなかった。
ショウの荒い息使いだけが木霊する。
「……クソが! クソが! クソがああぁぁぁぁ――!!」
傷が完全に癒えた時、ショウはテーブルを割り、グラスを投げつけ、周囲の物に当り散らした。
「あいつ等、絶対に殺してやる、許さねえ、女は犯して他は皆殺しだ」
ショウは呪詛を吐き出しながらモニターを睨みつける。
殺人蜂の軍勢は第一階層を僅か一五分で踏破し、第二階層も二〇分という速度で攻略し切った。しかし第三層に入ると破竹の勢いも陰りが見え始める。
一時間。洞窟型のダンジョンは深層に至れば至るほど広くなるものだが、それを考慮しても、時間が掛かりすぎていた。
迷路が広くなれば分岐の数も増え、通路の長さも延びていく。捜索範囲が広がるわけでその分、時間がかかっていく。それを防ぐために<ハニートラップ>では人員を休む事無く投入し続けているのだ。一匹当りの捜索距離が変らなければ攻略時間に変らないという理屈である。
「対処してきやがった……」
原因は第三層の罠が変化した事だった。これまで飛行系モンスターには無意味だった<落とし穴>や<毒沼>などが無くなり、<飛び出す矢>や<炎を吹く壁>、<吊り天井>といったトラップに変更されたのだ。更に通路上の敵を全て踏み潰す<大岩転がし>まで姿を現しており、罠の密度や凶悪さは次第に増していっていった。
罠に掛かるかかるとその経路を探索する魔物の数が減ってしまうためこれは止むを得ない動きだ。
「召喚、殺人蜂……一〇〇〇〇匹! 行け! 探索を手伝うんだ!」
ショウはダンジョンメニューから魔物を召喚する。増援を送り込む事にした。落ちた探索速度は更なる人員で補うしかない。第二陣を送り出す。合計一〇〇〇〇匹という大群だ。
これで攻略速度は元に戻るだろう。
そう思った瞬間、
『往け、大将の、仇だああぁぁぁ――!』
『ご主人様のかたきぃいいぃい――ッ!』
通路上に突然現れた一〇名ほどの戦士達が、殺人蜂に襲い掛かる。モニター越しに戦闘能力を測れば二ツ星はおろか三ツ星級にも届かんという精鋭部隊だった。
一ツ星級、しかも召喚したばかりで育成もしていない殺人蜂が敵う相手ではない。先頭集団は簡単に蹴散らされる。襲撃に気付いた後続部隊が反撃するも生半可な戦力では彼らを撃退する事は出来ず、逆に返り討ちにされてしまった。
「あのクソ共が……どこまでも邪魔をしてくれる」
ショウが歯噛みする。全員が全員、かなりの実力者だが、パーティ会場で斬り付けてくれた連中は特に酷い。壁を走り、天井を飛び回り、魔剣を一閃する。奴等が動き回る度に魔物が減っていく。慌てて上空に逃げようとしても狭い迷路内ではそれも敵わない。
『よう、卑怯者、見てるか!?』
『僕達は貴方を絶対に許しません!』
『お主の自慢の蜂共もこの通りじゃよ?』
眷属達はダンジョン内転移を繰り返し、前線の殺人蜂達に次々と襲い掛かる。
「先頭部隊は集結しろ! 一〇〇匹単位で探索に当たれ! <殺戮蜂>も護衛として当たらせろ」
ショウの指示を聞き、伝令用の殺人蜂が出動する。進攻部隊と同様、ダンジョン外に出た命令は届かないためDPを支払って手紙を出すか、伝令役に指示を伝えさせるしかない。
前線に指示が伝わり、二ツ星級のモンスターである<殺戮蜂>が護衛に付くと襲撃頻度が目に見えて減った。どうやら相手の狙いは時間稼ぎのようだ。深追いせず、無茶な戦闘もしてこない。それが逆に面倒くさい。
先頭集団を一塊にした関係で再び進攻速度は落ち込んだ。
「面倒かけさせやがって……でも、まあ、これで大丈夫だろ」
敵の動きを見てショウはほの暗い笑みを浮かべた。
――ヒロトはまだ復活していないな。
相手は酷く消耗を嫌っている。ショウがダンジョンマスターであればどこかの階層にまとまった戦力を配置して敵部隊を撃退しているだろう。恐らくダンジョンマスターが不在なために決断が出来ないのだ。
確かに敵の動きは厄介だ。しかし、逆に言うと眷属達ではこの程度の抵抗が限界なのである。ショウは更に探索用の殺人蜂を召喚し、探索を行う先頭集団を増やしていく。
数の暴力。
使い古された言葉だ。
「ここいらでアレを出すか……」
敵は優秀で有能だ。しかし寡兵である。練られた戦略や戦術を持とうが、それを上回る戦力を用意すれば負ける事はない。
「さあ、いくぞ泥沼の殺し合いだ」
ショウは酷く歪んだ笑みを浮かべた。
「やあやあ、こんにちは」
天使といった風情の美しい顔立ちの子供がコアルームに現れたのは、ショウが失意のままダンジョン進攻を終えた直後の事であった。
迷宮神ラビリンス。二年前、ショウ達をガイアへと強制転移させた張本人である。
「忙しいのですが」
相手は絶対者である。わざわざ反抗的な態度を取ったり、悪態を付くような真似はしないが、人生経験の浅いショウでは不機嫌な態度までは隠し切れなかった。
「まあまあ、そう言わないで。僕の話を少し聞いてよ」
ショウの内心を知ってか知らずか、迷宮神は屈託のない笑みを浮かべる。あどけない笑顔だけを見ると無邪気な子供のようだが、油断は出来ない。迷宮神はガイア神族の中でもかなり上位の神だという。
「さて、これはなんでしょーか?」
迷宮神は言うと、渦巻きマークのチケットを掲げた。<渦の素チケット>だろう。召還モンスターを放り込む事で、取り込んだ<魔物の渦>を作り出すというダンジョンアイテムだ。
しかし金色の渦は見たことがなかった。
渦の素には等級によって放り込める魔物のランクが異なっている。三ツ星まで使用可能な<原初の渦>、二ツ星までの<原始の渦>、一ツ星用の<原色の渦>、無印なら<原子の渦>だったはずである。
「そう正解です。そう<渦の素>」
<魔物の渦>を作り出すと六時間に一匹のペースで魔物を生み出す事が可能となる。作り出すには召還コストの一〇〇倍のDPを消費するが、長期的に考るとおよそ一ヶ月で元が取れるという便利な代物である。
ショウもまた<殺人蜂の渦>や<殺戮蜂の渦>を複数個所持している。ダンジョン進攻の際、千匹を超える魔物の群れを用意出来るのもこの<渦>があるおかげなのである。
「しかーし、単なる<渦の素>と侮ってもらっては困るなぁ……これはね、<原典の渦>。なんと四ツ星級モンスターの渦を作り出せる空前絶後の超絶怒涛のスーパアイテムなんだ!」
「――ッ!?」
「あれ、ちょっとネタが古かったかな……ま、いっか……そうだよ、すごいでしょー?」
迷宮神は唇を尖らせつつ、ひらひらとチケットを弄んでみせる。
「ねえねえ、このチケット……欲しくない?」
「あまりに理不尽な条件なら断らせてもらうぞ?」
もちろん欲しくない訳がない。これがあれば<アレ>を複製出来る。しかし、この手の輩に限って親切心で寄越してくるような真似はしないだろう。きっとろくでもない代償を求めるに違いなかった。
迷宮神はお菓子のような甘い声で、にちゃりとした湿った笑みを浮かべる。
「なあに、簡単なクエストさ。君の力でダンジョンを一つ潰してくれればいい」
古来より悪魔は願いを叶える代わりに、召喚者の魂を求めるという。
――なるほど、これが悪魔の囁きか。
そんな事をショウは思った。
コアルーム横に作った居住エリア。竈、藁わらをシーツで包んだだけのベッド、ボロいサイドチェスト。弁護士の息子として裕福な生活を送ってきたショウからすると有り得ないほど貧相な住まいだ。
――間違ったなぁ……。
<ハニートラップ>は塔型のダンジョンである。塔型はダンジョンを建てる場所を選ぶとそこが出入り口になる仕様だ。
ショウは<ハニートラップ>を<世界樹>の幹に取り付くように建てた。世界樹とはガイアの世界に三本だけ存在する巨大な樹木だ。樹齢うん十万年を超えてなお未だに成長し続けているようで年間一〇センチほどダンジョンの位置が高くなっている。
遠目からは樹木の梢に大きな蜂の巣が垂れ下がっているように見える事だろう。もちろん縮尺が大分おかしい。世界樹は高さが二〇〇〇メートル以上もあり、ダンジョンもまた一〇〇メートル以上のサイズを誇る。
世界樹は地脈から魔力を吸い上げ続けた結果、莫大な生命力を保持している。そのため世界樹から吸い上げられるDPは下手な霊脈よりよほど大きくなる。更に世界樹には多くの魔物が生息しており、侵入者にも事欠かない。
世界樹の周囲には深い森が広がっており、人里からはかなり遠くなる。更に高所である事も手伝って、徒党を組み、各自で連携してくる厄介な冒険者達はまず侵入して来ない。
飛行能力に長けた蜂系モンスターを主力にした事でスタンピードでは広範囲が襲撃可能となっている。またダンジョン運営上、辺境地にある事は問題にはならなかった。
ダンジョン建設には打ってつけの場所と言えよう。各国が保有する精鋭部隊や高位冒険者集団に狙われ、命脈を絶たれたダンジョンは数知れない。
安全にダンジョン運営を続けるならこの場所を置いて他にはない。そう思ってショウは世界樹にダンジョンを建てた。
しかし今は設置場所を後悔し始めていた。
それは皮肉にもこの地を選んだ理由である<人間が来ない>事だったからであった。この二年間、人間やエルフといった知性体の侵入はゼロだった。結果、ショウはサポート役以外と口を利いた事がなかった。更に不幸な事にショウに付けられたサポート役は迷宮神に近しい一柱であった。ショウ達を拉致し、ダンジョンマスターに仕立て上げた犯罪者の一味。人格も相当に歪んでおり、出来るなら口も利きたくない手合いだった。
心が弱り始めている。ショウはそう自己分析をする。
「寂しいとウサギは死ぬ、か」
もちろん迷信である。世話をされずに死んでしまったウサギの事を曲解して出た言葉だといわれている。
ショウは今、地球に居た時は一笑に付していただろう世迷い事さえ信じてしまいそうなほどの孤独を、苦痛を、味わっていた。
ベッドに寝転んだショウは、陰鬱な表情のままダンジョンメニューに追加された<クエスト票>なる画面を眺めていた。そこには依頼内容とターゲットの情報が詳細に記されている。
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■ダンジョン<迷路の迷宮>を攻略せよ■
内容
現在、ダンジョンバトルにて九三連勝を達成している<迷路の迷宮>。その戦法はダンジョンを丸ごと大きな迷路にする事で時間切れを狙う卑怯極まりないものだ。
僕達、運営は卑劣なダンジョンマスターを排除したい。その為に力を貸してほしい。
成功条件
ダンジョンコアの奪取、またはダンジョンマスターの殺害
手付報酬
神祖の呪詛
一〇〇万DP
成功報酬
原典の渦
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「……ヒロト」
口に出して、懐かしいと思ってしまった。クエスト票をスライドさせれば――盗撮されたものだろう――ダンジョン内の様子が映し出された写真が並んでいる。
美しき女神と手を繋いでいる写真、猫耳少女を膝に乗せている写真、子供達と豪華な食事を取っている写真、ヒロトはいつだって誰かと一緒に居て、穏やかな笑顔を浮かべていた。
――良かったな、ヒロト。
ヒロトはいつだって独りだった。彼の笑顔は対人トラブルを起こさないための仮面なのだと知っていた。クラスでどんなに盛り上がろうと、面白い事が起きようと、遺産を狙う親戚連中の前でさえ、あいつは笑顔は変らなかった。
あの仮面は中々に巧妙だ。なまじ整った顔立ちをしているだけに笑顔を向けられた相手は気を許してしまう。ヒロトの孤独を知り、三年間、寝食を共にしてきたショウだったからこそ気付けた事実だ。
写真の中に浮かんだ笑顔はそれとは違う。仕方ないと諦めたような苦笑もあれば、拗ねたようなおどけたような微笑もある。心から楽しんでいるような満面の笑みさえも。
きっと良い人々との出会いがあったのだろう。暖かく穏やかな日々が、二年という月日が、凍り付いていたヒロトの心を溶かしたのだ。
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受諾しますか?
はい
⇒いいえ
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ふいに誰かが呟いた。
――そこは、俺の席だったはずなのに。
――どうして、お前がそこに居るんだよ。
「違う……俺は、心の底から……」
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受諾しますか?
はい
⇒いいえ
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――返してくれよ。
――俺はずっと独りなのに、なんでお前の隣には人が居る!?
頭を振った。離れない。
――返してくれよ。
――そこは俺の席だ!
頭を地面に叩き付ける。頭から離れない。
――返せ、俺の居場所を――!
醜悪な考えが頭から離れない。
「なあ、ヒロト……」
奴を殺してしまえばいい。
コアを奪ってしまえばいい。
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受諾しますか?
⇒はい
いいえ
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何の問題もないだろう。あるべき場所に還るだけだ。暖かな寝床も、豪華な食事も、穏やかな日々も、豊かな人間関係だって、本来は俺の物なんだから。
「どうして、こんな事になっちまったんだろうな……」
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クエストを受領しました。
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