前哨戦
ディアはしばらく関係者エリアで時間を潰してからコアルームに戻った。気不味かったのでウォルターとルーク、キールの古参組にも同行願う。
「おー、コタツだ、ラッキー」
「ご主人様、僕も入っていいですか」
「ルークよ、返事が来る前に入っては聞いた意味がないぞい……ふむ、暖かい」
「むさ苦しい……皆、出ていけ」
クロエ達、古参組が喧々諤々騒ぎ始める。騒ぎに乗じてディアもコタツに入り込む。四人用で満員どころか定員オーバーしていたが、無理矢理に体をねじ込んだ。半ばやけくそだった。
「ヒロト様、只今、戻りました」
「お、お帰りなさい、ディアさん……」
いつもより強張った表情のヒロトに少し悲しくなってしまったが、ディアは努めて気にしないように振舞った。
程なくして今年最後のダンジョンバトルが始まった。
『おーい、ヒロト。居るか? お、美味そうな料理だな』
モニターに映る目鼻立ちの整った青年の姿にヒロトは破顔する。
「それじゃあ、行こうか。皆も紹介したいから付いてきてよ」
「ふむ、では皆、参ろうかの?」
「ご主人様のお友達ってどんな人なんでしょうね」
「大将と同じで根暗な奴なんじゃねえの?」
「主様は物静かなだけ……まあ、いい。私は影に入ってる」
クロエがヒロトの影に入り込んだ所でダンジョン内転移をする。ダンジョンマスターとその眷属はダンジョン内であれば瞬時に移動する事が可能なのだ。
パーティ会場はダンジョンの入り口に設置した大広間だ。メイズ抜刀隊の出陣式を行った広間を事前に移動しておいたのだ。
「お、来たな? 先に始めてるぜ」
鳥の丸焼きにかじりついていたショウが言う。同行者は居ないようで一人での来訪のようだった。少し無用心だなとヒロトは思った。
「いらっしゃい、ショウ。久しぶりだね」
「悪いな、んぐ……こんな歓迎して……もぐもぐ……貰っちまって」
言いながらショウはビーフステーキに手を伸ばす。
「すまんな、俺ん所、はぐ……田舎でよ、料理とか……んぐ、不味くて……」
大陸一の大都市である王都ローランのお膝元にある<迷路の迷宮>では様々な文明が交じり合う為に日本時代とそれほど変わらない生活が出来ている。食事についても米や醤油、味噌などはないが、イタリアやドイツで生活しているくらいの感覚で住んでいる。しかしそれは非常に稀な事であり、田舎なんかでは肉や魚やを焼いたり、野菜を塩漬けにしただけの料理といえないような料理が普通に出てくるようだ。ダンジョンが上がればDPで豪華な食事を購入する事も出来るが、まだ序盤という事もあって現代レベルには程遠いラインナップしか出ていない。
ショウはそんな質の悪い食事生活がよほど堪えていたようで三〇分もの間、物凄い勢いで食事を取り続けていた。
「いやぁ、堪能した……マジで助かったわ、あのさ、悪いんだけど、ちょっと持って帰ってもいい?」
「もちろんどうぞ。後で包んで置くよ」
ショウのお腹がくちくなった所で再開を祝って乾杯をする。もちろん未成年なので葡萄ジュースだ。
「いや、ホント久しぶりだな? 元気してたかよ」
「もちろん、ショウも元気だったみたいで良かった」
迷宮に囚われてから二年間が経った。日本の事、学校の事、ガイアでの苦しい生活、ダンジョンマスターとしての苦労話、積もる話はいくらでもある。
「てな、訳でな……今回の進攻は大失敗だったってわけ」
話の中心はショウだ。弁護士になるため心理学や印象学を学んでいたが、その効果が如何なく発揮されているようだった。彼はどんな些細な出来事だって面白おかしく話す事が出来た。最初は警戒していた古参組さえもショウの話に聞き入り、いつしか自然な笑みを浮かべるようになっていた。
ショウはクラスでも常に友人に囲まれていた。いつだって話題の中心にはいつだって彼が居た。ヒロトは懐かしい気持ちになった。まるで日本に戻ったような錯覚に陥る。この騒がしくも楽しい時間がずっと続けばいいと思った。
「それは大変だったね」
「ああ、でもヒロトのおかげで助かったわ。おかげでナンバーズに返り咲けそうだし。そうだ、お前にコレやるよ」
ショウはそう言って懐に手を伸ばす。それはあまりに自然な動きだった。
その手には白刃が煌いていた。
「な――ッ!?」
目の前で火花が散った。
「しくったか……」
「死ね!」
襲撃を防いだのは影に潜んでいたクロエであった。ショウが懐に手を伸ばした瞬間、クロエは影から躍り出ると両手の短剣で逆に襲い掛かったのだ。
ショウはカウンター気味に放たれた攻撃を何とか弾き返した。恐ろしい身体能力であった。ダンジョンマスターのステータスは常人のそれとは違う。DPによって戦闘系スキルを習得出来る事もあり、ショウの戦闘能力はこの場において最も高い可能性があった。
クロエは後先を考えずに攻撃を加えていた。両手に構える短剣はドワーフ職人に頼んで改造してもらった<疾風剣フェザーダンス>である。<加速>の効果を受けて最大限に高まった俊敏性を使って圧倒するのだ。
「退け!」
ショウは左右から迫る攻撃を突進しながらその身に受けた。首を刈るはずのそれは打点をずらされた事により両肩に食い込む。痛みを無視して剣を振るえば体格に劣るクロエは下がらずを得ない。強引極まりない力業だが、襲撃者から距離を取る事に成功したショウは方向転換し、再びヒロトへと襲い掛かる。
「ふん!」
しかし今度は進行方向上に突っ立っていたディアに投げ飛ばされてしまう。ショウが怪しい動きを見せた瞬間、さりげなくヒロトの前に移動したのだ。
「何をしやがる!」
明確なルール違反にショウが声を荒げた。サポート役たるディアはダンジョンマスター同士の戦いに介入する事を禁じられている。しかし同時に自衛のために抵抗する事は許されている。
「はて、何のことでしょう? 私は自分の身を守っただけです」
「詭弁だ」
「知りませんね」
彼女達が稼いだ時間は五秒もなかったが<迷路の迷宮>が誇る古参兵達が準備万端整えるには充分すぎる時間であった。
「よくも騙したな!!」
「悪ぃ、大将、油断した!」
「助かったぞ、クロエ、ディア殿!」
復帰したクロエと共に、敵ダンジョンマスターへと襲い掛かる戦士達。ウォルターを筆頭にいずれ劣らぬ高位の戦闘能力者に襲い掛かられればさしものダンジョンマスターとて無事では済まない。
「痛ッ――! 出て来い、蜂共!」
傷を負いながらも飛び退るショウ。三ツ星級モンスターである<鏖殺蜂>と二ツ星級の<殺戮蜂>が入り口から姿を現した。追いすがる戦士達を自ダンジョンから呼び寄せた魔物をぶつける事で釘付けにする。
「女に守られていい身分だな……まあ、いいや……ヒロト、」
「なんで……ショウ、これは……?」
呆然とした様子のヒロトに、ショウは深いため息を付く。
「まだ分からないのかよ、お前は本当に度し難い……」
「ねえ、ショウ、どういう事、これって何の間違い」
「もういいよ、お前は<死ね(デス)>」
ショウが手の平を翳した。すると指輪が砕け、そこから黒くどろりとした塊が飛び出した。
「いけない!」
黒い塊はディアの迎撃のために繰り出した腕をすり抜けるとヒロトの胸に直撃した。
その瞬間、彼の意識は消失するのだった。




