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親友

 奇しくも一二月二四日に親友より送られてきた<果たし状>はクリスマスカードのように思えた。


 ーー嬉しいな、覚えててくれたんだ。


 ヒロトは思わず破顔する。年相応の笑顔を浮かべる主人を見て、ディアとクロエは目を見張った。


 ヒロトがそうなってしまうのも無理はなかった。迷宮神によりダンジョンマスターとして強制転移させられるまで、親友であるショウとはいつだって一緒に居たのだ。


 昼休みは食堂に行き、授業の体育ではペアを組む。寮部屋さえも一緒だ。まるで兄弟のようだったと思うくらいだ。


 二人の交流は親戚がヒロトから遺産を奪おうと押し寄せてきた時から始まった。弁護士であるショウの父が、ヒロトの代理人になってくれ、しばらく八戸家に避難する事となり、その時に出会ったのだ。


 家族を失い憔悴するヒロトにショウは優しかった。何くれとなく世話を焼き、塞ぎがちな彼を外の世界へと連れ出してくれた。


 そしてショウと八戸家の人達は、ヒロトが唯一心を許せる存在となった。


『覚えてるって事で、メリークリスマス! ヒロト元気か? ちゃんと眠れてるか? 腹出して寝るなよ、風邪引くかんな。

 俺が経営してる<ハニートラップ>って南半球らしくて今は夏真っ盛りよ。今、赤いアロハシャツとハーフパンツ履いてサンタごっこやってる。早くトナカイ見つけないと……いや彼女の事ね、欲しいわ。切実に。こっち人が居なくてホント参った。

 ヒロトはどんな所に住んでんだ? 寂しい秘境とか選んでんじゃねえだろうな? ダメだろう、引き篭もりの癖にそんな所いたら。根腐れするぞ。

 ……まあ、ランキングの上のほういるから上手くやってんだろ。そう思う事にするわ』

 捲くし立てるようなショウの口調が思い出されてヒロトはつい笑ってしまった。


『ところで本題な。今年さ、結構ヤバめだわ。ナンバーズから外れそう。去年は四位だったんだけどな、年々ライバルも強くなってくし、立地も悪くてさ。中々も上手くいかないんだ。

 知らないかもだけどナンバーズの特典はでかい。正直、諦めたくない。で、担当に聞いたら、一〇位と俺の所との差はほとんどないらしい。あっちもスタンピードは終わっちまったみたいだからさ。だから、同格ダンジョンと戦えば例え引き分けでも逆転出来るらしい。

 そこでヒロトに頼みがあるんだ。俺とのダンジョンバトルを引き受けて欲しい。もちろん、俺は攻め込まないぜ。お前も攻め込まなきゃ引き分けになる。そうすれば俺は今年もナンバーズで居られる。

 ……頼む。一生のお願いだ。協力してくれ。これが出来レースだって事くらい分かってるし、他に一生懸命やってる連中には本当に申し訳ないと思ってる。

 でも、俺も生き延びたい。生きて、生きて生き抜いて、いつか、またお前に会いたい。

 なんてな。別にダンジョンマスターが相手のダンジョンに入っちゃいけない理由はないし。一緒にクリスマスパーティーしようぜ!


 追伸 可愛い女の子が居たら誘ってください。お願いします。

               八戸将』

「ショウ、悔しいだろうな」

 ヒロトはそう言って目を閉じた。引き分け狙いの出来レースを挑むのはショウとしても忸怩たる思いがあるのだろう。ショウの実家は弁護士で、いずれ自分もと考えていたはずである。そんな彼がプライドを捨てルール破りを行おうというのだからよほど追い詰められているんだ思う。


 どの世界でもトップを走り続けるのは大変な事だ。こんな世界に落とされてなお挑戦し続け、自らの信条を曲げてでも努力し続ける親友の姿にヒロトはそっと思いを馳せる。


「日付は明日でいいかな、クリスマスパーティだし。よし。はい、ディアさん、これ宜しくね」

 ヒロトは言って<果たし状>をディアに渡す。

 

「……あの、ヒロト様、考え直しませんか……?」

「え? 何でかな?」

「相手方は……こんな言い方は良くないのかもしれませんが、かなり派手に活動されているのですよね?」

 当然だろう。ダンジョンマスターは人類の敵である。ナンバーズに君臨するようなダンジョンが悪逆非道でない訳がない。


「これを私は……罠なのではないかと思っています」

「ショウが僕に罠を仕掛けるって?」

「そこまでは言いませんが、妙に引っかかるのです。それにこのバトル、<迷路の迷宮>にはメリットがありませんよね?」

 困った様子のディアが言う。確かにこの依頼にヒロト側のメリットは少ない。引き分けポイントくらいで順位は変わらないだろう。


「メリットは親友の力になれる事だよ。ノーリスクなんだから問題ないでしょ?」

 しかし、親友であり恩人のショウが困っているというのに見過ごすわけにはいかない。


「ヒロト様、もう一度再考なさっては? この時期にダンジョンバトルなんて普通ではあり得ませんよ」

「ナンバーズ入りの瀬戸際だからでしょ?」

「何故こんなギリギリになって連絡が来たのでしょう。もっと早くに連絡があってもよかったはずでは?」

「それはそうだけど……僕が<迷路の迷宮>のダンジョンマスターだって知ったのが最近だとか?」

「それです! 違和感の正体は! どうして相手方はヒロト様の名前を知っているのですか?」

 まとめサイトを編集しているとはいえ、慎重なヒロトが個人情報を漏らすような真似をするとは思えない。そしてサポート役も特定のダンジョン情報を教えることは禁止されている。どうやってヒロトのダンジョンを知り得たのだろうか。


「それは分からないけど、とにかく大丈夫だって! ショウは親友なんだから」

 ヒロトは常にない強い口調で断言した。これ以上の追求はサポート役としての領分を超えてしまう。


「すいません、僭越でした。個人的な信頼関係が築かれているのなら問題ありません……ただし、相手が親友の名前を騙っている可能性もございます。念のためご注意を」

「なるほど、それはあるかも。クロエ、念のためみんなに通達をお願いね……あとパーティの準備も」

「分かった。それじゃあ行って来る」

 クロエが伝令に出て行くと、コアルームは沈黙で満たされた。


 ヒロトの浮かれた様子を見て、一抹の不安を覚えるディアだった。


 







 ――ああ、またこの夢か。


 いつもの明晰夢だ。過去の記憶を思い出すだけのそれはヒロトにとって悪夢以外の何物でもなかった。


 あの忌まわしい事故から一週間、ヒロトは葬儀に参列していた。喪主は母方の祖母花枝であった。早くに夫を亡くし、女手一つで母を育てた気丈な人だった。明るく快活でヒロトも大好きな祖母だ。しかしそんな彼女も最愛の娘と孫娘を同時に失ったショックは大きかったようだ。


 祖母は憔悴し切った様子は目に出来たクマですぐに分かった。


「おばあちゃん、僕はまだ、居るから」

 ヒロトは花枝の背中を優しく撫でた。それが契機になったのか祖母はヒロトにすがりつくようにして泣き出してしまった。わんわんと、まるで子供のようだと思った。


 ヒロトは泣かなかった。何だか薄情なように思えたからだ。


 泣くと悲しみは癒えるらしい。涙を流す事がストレス発散に繋がるからだそうだ。それではまるで大切な家族との思い出を不要な物ストレスとして扱っているみたいで嫌だったのだ。思い出を薄ませるだけならば辛くとも長く体内に留めて置きたいと思う。


『見ろ、あれじゃまるっきり子供じゃないか』

『婆さんじゃダメだな』

『そうね、あんな人にウチの大切なヒロトを任せておけないわ』

 祖母の事を話していると、ヒロトが苛立ちと共に視線を向けるとそこには親戚筋が座っていた。


『ちょっと待て。何でアンタがヒロトを引取る話をしてるんだ』

『ダメよ、ヒロトは私が引取るわ』

『馬鹿言うな、お前んとこは――』

『そういう兄さんだって――』

 仲の良かったはずの伯父叔母が今はヒロトを取り合って罵り合っていた。


 さらに年上の従兄弟達まで混じって人目も憚らずにヒロトの処遇――それに付随する五億という遺産――について自論を述べていた。


 遺産について勝手な言い分を主張しあうクズ共の隣では父の同僚、上司、母の友人、姉妹達の同級生達が涙を流し、別れを惜しんで焼香を上げてくれた。他人の方が家族の死をよっぽど悼んでくれている。


 ――家族って何なんだろう。


 ヒロトは胸が苦しくなった。







『ヒロト、ウチへ来るんだ』

『いえ、ヒロト君はうちが預かるわ』

 家の前が迷路だったらいいのにと思う。簡単には攻略出来ないような巨大な迷路だ。そうすればこいつらは道に迷い、立ち往生し、不安に駆られて帰るんじゃなかろうか。


 ヒロトはここ最近、毎日のようにそんな事を考えていた。


 原因はもちろんリビングに居座る親戚共のせいだった。彼らの言いたい事を要約すれば『お前を引取ってやる、だから金を寄越せ』であった。


 祖母は居ない。今は病院にいる。心労が祟って倒れてしまったのである。入院したらすぐに老人ホームに入居する事が決まってしまった。叔父達の判断だった。


 ヒロト一人では生活ができない。そんな年老いた祖母が心配だ。上手く取り繕ったつもりだろうが、彼等の内心はバレバレだった。


 ヒロトと祖母を引き離すつもりなのだ。


 皆、あの手この手でヒロトを手に入れようとしてくる。ヒロトの身柄さえ確保すれば金が自動的に入ってくるだとでも考えているのかも知れない。


 ――お引取り下さい。


 ――僕の家はここだけです。


 ――あなたたちは僕の家族なんかじゃありません。


 そんな言葉が出掛かるが、中学生だったヒロトは親族の剣幕に押されて何もいえなかった。


 心が乾いていく。ヒロトは何も感じない無機物になりたいと思った。


 いっそ目の前で自殺してやりたい。遺書には遺産は全て恵まれない子供達へとでも書いておけばいい。それが出来ればどれだけ痛快だろうか。


 ヒロトが暗い笑みを浮かべた時、家の呼び鈴が鳴ったのだ。


『こんな時間に誰だ』

『ヒロト開けなくていいぞ』

 叔父達が勝手な言葉を吐き出す。そのまま返してやりたいと思った。


 ーーそして、またクズが増えるのか。


 ヒロトはため息を吐きながら玄関へと向かう。ぞろぞろとクズ共が付いて来る。余計な競争相手を増やさないためかこんな時だけ団結する。


 いい加減、一人になりたい。そんな事を思いながら扉を開ける。


『初めまして、ヒロト君。弁護士の八戸と言います。この度、君のお祖母様からのご依頼で君の特別代理人になりました』

 ショウのお父さんだった人は殊更に優しい声で言った。


『ちょうど良かった。皆さん、お集まりのようですね』

 そして玄関口まで付いてきた親戚共を睨み付ける。


『ヒロト君の相続についてお話があります』




 親戚共の忌々しげな視線に見送られ、車は発進した。後部座席には同年代と思われる少年が座っていて親戚連中に向けて中指を立てていた。


『ショウ止めなさい』

『なんだバレてたんだ。それで親父、この子がヒロト君?』

『ああ、ヒロト君、息子のショウだ。同い年だし、移動中の話相手になるかと思って連れてきた。礼儀はなっていないけど明るさだけは保証するよ』

『ああ、その通りだ。とにかく明るい八戸って呼んでくれ、よろしくなヒロト』

 ショウはそう言って快活に笑った。

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