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ダンジョンバトルと抜刀隊の帰還

 ダンジョンバトルの申請書<果たし状>の束を処理していく。ここ最近ではランカークラスの挑戦者も多い。最近ではランキングの上位者――二〇位台のダンジョンからの挑戦もあったくらいだ。


 ここは稼ぎ時だとヒロトは連日連夜ダンジョンバトルを受け付けていた。遠征部隊の状況確認に、ダンジョンバトルの監視業務まで加わり二十四時間モニターを確認し続けなくてはならなくなった。


「どう? 状況は?」

 玉座の間の隣に作った仮眠室から出ると、コタツの中で寝そべり欠伸をしながらモニターを監視し続けるクロエの姿があった。今日の当番というやつだ。


「馬鹿な奴等。数が多いだけで主様に敵うはずがないのに」

 どのダンジョンもヒロトが用意した巨大な迷路の前に手も足も出ずに敗退していった。


『迷うな、進めぇえぇぇぇ――ッ!』

 指揮官らしき女ヴァンパイアが細剣を振り上げる。本来、蒼白い肌は怒りによって赤らみ、美しいかんばせは醜く歪んでいた。


 今回挑戦してきた序列二八位のダンジョン<コープス共済>も他のダンジョンと同じ結果になりそうだった。


 バトル開始から二〇時間。現在、第四層の通路という通路はゾンビやグールといった下級のアンデット系モンスターで埋め尽くされていた。


「すごいな四階層か……このペースだと五階層を超えられちゃうかもね」

 新記録だ、とヒロトは驚きの表情で呟いた。<迷路の迷宮>は全九階層にも及ぶ巨大迷路であり、ダンジョンは深層にいくほど広くなるため実際には半分も進めていない計算になる。


「今回もいいカモだった」

 どうやら<コープス共済>のダンジョンマスターはゾンビのような維持コストの安く疲れを知らないアンデットモンスターで通路内を埋め尽くし、迷路を攻略する事を狙ったようだ。


「いや、今回は強かったほうだよ。流石は上位ランカーだ」

 無印級とはいえ二〇〇〇を超えるゾンビを従え、足の速いグールといった上位種も一〇〇体以上揃えている。更に魔法にも身体能力にも優れた三ツ星アンデット<ヴァンパイア>の姿さえ見えるのだ。その物量たるや尋常な物ではない。流石、上位ランカーといえた。


 またダンジョンマスターの目の付け所もよかった。これまで勝負を挑んでくるダンジョンマスターの多くは少数精鋭による迷路踏破を目論んできた。罠によるダメージを受けなければ最悪引き分けに持っていけると踏んだからだ。そこで活躍したのがダメージ量は少ないが、出足が速く数が多い<矢の雨>や範囲攻撃である<毒霧>を二四時間避け続けるのは流石に不可能だ。


 しかし今回の対戦相手は罠を食らう事を前提で挑んで来た。ダンジョン内にあるのはダメージ量の少ない罠ばかりだから無視しても構わない。足の速いグールを使ってダンジョン内を駆け回らせつつ、コストの低い無印モンスターの<ゾンビ>を使った人海戦術により通路を虱潰しに探索してしまおうという作戦なのである。


 ヒロトとしてもこの作戦が一番恐かった。迷路は時間をかければいつか攻略出来てしまうもの。結局、人海戦術こそが現状考えられるもっとも有力な攻略手段といえた。徐々に<迷路の迷宮>の戦略もバレてきてしまっているように思う。


 まあ、こちらもただ手を拱いているわけではないが。


「あ、五階に来た……ふふ、落ちた」

 底に槍の突いた落とし穴にゾンビ達がぼろぼろと落ちていった。最初の一団は槍に貫かれて即死。無事であった連中も更に後から落ちてきたゾンビ達によって圧死していく。


『何、落とし穴だと! 全軍止まれええぇぇぇ――!』

 指揮官たるヴァンパイアが声を張り上げるがもう遅い。


 知性の低いゾンビ共が狭い通路内に密集している事もあって止まりきれずに次々に落とし穴へと落ちていく。落とし穴がゾンビで埋まるとそこでようやく通行が可能となった。


『くそ、進軍開始!』

「で、また、落ちる……ぶは、何だか面白い……」

 多大な犠牲を払って通行を可能としたゾンビ達だったが、一定時間経つと死亡したゾンビはドロップアイテムに変わってしまうため、再び落とし穴が機能してゾンビが落ちる始めた。


 喚き散らすヴァンパイア。更に落とし穴を抜けたゾンビを襲ったのは先ほどと同じような落とし穴だ。


『ゾンビ共は一旦止まれ! グール軍団が先行し、罠を解除して回れ!』


 ヒロトはこういった人海戦術にも対応出来るよう、一定階層毎に精鋭を送り込まなければいけないような致死性の高い罠を用意していた。落とし穴の他にも槍の突いた天井が落ちてくる<吊り天井>や巨大な岩が迫ってくる<大岩転がし>などを配置することで雑魚モンスターを一掃出来るよう工夫していた。


 五階層の落とし穴作戦が功を奏し、知性の低いゾンビ軍団は知性の高いグールの精鋭部隊が到着するまで立ち往生し、その後も致死性の罠を捜索、解除をする羽目になった。当然、これまでのようなハイペースでの進軍は不可能となり、第六層に到達する事無くタイムアップした。


 同格のランカーとのダンジョンバトルに勝利する事で<迷路の迷宮>はその順位を大きく上げ、十三位にまで到達するのだった。





 モニターに目を凝らすと徐々に王都の城壁が見えてきた。遥か遠くに王城が見えた。


 霊峰ローランドの裾野から広がる王都は防衛を意図してか高台にある。内部の様子は灰色の城壁に隠されて窺い知れない。城壁の外にある四等区だけが見える。雑多な家々が所狭しと並んでおり、一見しただけではとても世界の中心とさえ言われる大国の首都には思えない。


「へぇ……こんな風になってるんだね」

 王都から出た事のないヒロトはひとりごちた。

「ん、城壁を抜けた途端、世界が変わってびっくりする」

 城壁の内部にある三等区は白を基調とした美しい町並みが広がっているのだ。景観を維持するための条例があるらしい。道には石畳が敷かれ、きちんとした歩道まで確保されている。その落差に驚く観光客は多いんだそうだ。


『やっと着きましたね、キールさん!』

『ったく、王国軍の奴等、やれあっちへ行けだの、あの魔物の群れを潰せだの好き放題言いやがって。俺等はお前の部下じゃねえっつーに』

『全く従わんかったお主が言っても説得力がないのう』

 指揮官組ののんびりとした会話を聞こえて、ヒロトは嬉しくなってダンジョンを出た。屋敷から出て四等区へと走って向かう。


 一番に出迎えてやろうと街の入り口に立った。


「主様、何をするの?」

「皆を出迎えたくて」

「でもまだ一時間以上かかるよ?」

 疲れ知らずのゴーレムホースに牽かせているとはいえ、ようやく王都が見えてきたという段階である。今から街に繰り出しても待ちぼうけを食らうだけだ。


 その事を指摘され、ヒロトは何だか恥ずかしくなった。


「ごめん、何だか子供みたいにはしゃいでしまって」

「いい、私も同じ気持ち。一緒に待つ。待ちたい気分」

 クロエはそう言って顔を上げた。寒々しい空は今にも雪が降り出しそうで、途端に顔を顰めてしまう。太陽本気出せよ、皆が帰って来るんだから今日ぐらい頑張れよ、そんな気持ちになった。


「主様」

「ん?」

 クロエがそっと呼びかける。


「皆、帰って来たね」

「うん、帰って来る」

 クロエは手袋を外すと、ヒロトの頭を優しく撫でた。


「とっても嬉しいね」

「ああ!」

 ヒロトは明るく答えるのだった。








 <メイズ抜刀隊>が王都に帰還したのはそれから二時間が経ってからだった。その報せを聞いて徐々に人が集まってしまったためヒロト達は泣く泣く集合場所――四等区で買取った区画――に戻ることにした。


 ヒロト――大賢者メイズは防犯のため人相を隠しており、いかにも賢者っぽい白髪の老人という事になっていた。往来のど真ん中で親しげに古参組と話していればどう思われるか。彼等も自分達の出迎えのために主人を危険に晒したとあっては喜べないという事で戻ったのだ。どうせ会えるのだからここは我慢だ。


 遠く歓声が聞こえてきた。王都の住民が集まり、抜刀隊の帰還を称えているのだ。ここからは見えないがちょっとしたパレードになっているらしい。


 そんな音を聞いてしまったからかヒロトは訓練場でうろうろし始め、クロエを苦笑させた。


 そして一行が区画へと入ってくる。


「ご主人様!」

 そんなルークの声がしたかと思えば猛ダッシュで走ってくる。瞬く間に距離は縮まり、ヒロトは受け止めようと手を広げる。


「ただいま戻りました!」

 しかしルークは目の前で急ブレーキ。彼は非常に礼儀正しいので血塗れ埃塗れの戦装束で敬愛する主人の衣服を汚したくなかったのだ。


 結果、ヒロトのベアハグは見事に躱される。


「あれ、どうしたんです?」

 きょとんとした顔で尋ねてくるルーク。ヒロトは心の中でひっそりと泣いた。






「おめでとうございます、ヒロト様」

「ありがとうございます、ディアさん。のんびりお正月を迎えられそうですよ」

 日付は一二月二五日、各地で<クリスマス大作戦>によるダンジョン進攻が一斉に行われている時期だ。これから年末にかけてダンジョン進攻が同時多発的に発生し、人類側はその対処に追われる事になる。


 進攻の方に掛かりきりになっているためかダンジョンバトルの申し込みはなくなっていた。


 現在、<迷路の迷宮>はダンジョンランキングで十三位に付けている。ナンバーズに到達する事は出来なさそうだが、ランカー入りは確実だろう。もしかしたら結構なボーナスを得られるかもしれない。


 <メイズ抜刀隊>は現在、次の遠征準備を行っている真っ最中だ。この辺はルークやキール、ウォルターといった古参組にお任せしているのでヒロトは何もする事がない。


「えっとくつろいでいるところ申し訳ありません」

 ディアが一枚の書類を天板に滑らせた。


「あれ、<果たし状>? 珍しいな……」

 ダンジョンバトルの申込書である<果たし状>であった。読み込んでみれば相手はダンジョン<ハニートラップ>。ランキング十一位の上級ランカーであった。去年はランク四位だった事を考えれば格上と考えて間違いのない相手である。


「珍しいな……」

 これまでナンバーズとはダンジョンバトルをした事がなかった。こういったランキング上位者は掲示板の情報に踊らされる事のない慎重な人間が多かったのだ。


 <迷路の迷宮>の戦略は掲示板を通じてそれなりに広まり始めている。こういった絡め手を使う相手は強者であるほど戦いたくないと思うのだろう。


 普通のダンジョン相手なら自らが保有する強力な魔物の軍勢で打ち負かせる自信がある。しかし巨大な迷路上に罠を配置しただけの<迷路の迷宮>の場合、その戦術が通用しない。問題はどこまで続くか分からない巨大迷路を二四時間以内に踏破出来るかどうかだ。


 ナンバーズといえど確実な勝利は難しい。万が一負けるような事があれば格下相手に負けたとして莫大なDPを支払わなければならず――ランキング上位の戦いであるほど勝利時の対価も大きくなる――せっかく育てたエース級のモンスターや希少なアイテム類を奪われる事になってしまう。


 そんな博打を打たなくても上位に居られるからナンバーズなのだ。こんな博打みたいな戦いを挑んだりしない。


 それだけに不安を覚える。何かしらの手段で迷路を攻略するつもりなのかと思ったのだが、<果たし状>を読み進めていく内に氷解した。


『よう、ヒロト。久しぶりだな、元気か?』

 備考欄に書かれた右上がりの特徴的な文字。果たし状には挑戦者からのメッセージを乗せるスペースがある。ほとんどが無記入だが、相手側に決闘を受理させようとバトルに対する意気込みを語ったり、相手側を挑発するような内容を記載する輩もいる。


『ショウだ。八戸将……覚えてるよな? よな? 覚えててくれ!』

 そんな中、軽口から始めるのが親友らしいとヒロトは思うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゾンビに即死って言うのも変な話ですが、モンスターとして活動しているから他にいいようもないのがちょっと笑いを誘う。
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