初期設定と銀髪碧眼
「……何も起こらないなぁ……」
しばらく待ってみたものの、特に何か変わった事が起きるわけではない。コアルームの外壁が変ったり、空気の感じが変ったりを期待していたのだけど<洞窟>と<土属性>を選択したせいか全く変化が感じられない。
「さてと次はモンスターの召還かな……それとも、ダンジョンの拡張でもしようか……」
ヒロトはウィンドウ上で新たに選択出来るようになった<召還>を開く。
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召還可能リスト
[粘液]
スライム 1DP
ポイズンスライム 3DP
ヒールスライム★ 5DP
テタラクト★ 15DP
[土塊]
サンドドール 12DP
ノーム★ 20DP
[鬼]
ゴブリン 4DP
オーク 12DP
[蟲]
キラーアント 12DP
ビックワーム★ 20DP
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「いや、ろくなのがいないな……」
ダンジョンレベルが低いせいか召還出来る魔物は極端に少なかった。相性のいい種族だけが、数種類ずつ召喚出来るようだ。名前の横についている星はレアリティを表しているみたいだ。星が増えるほど強く希少なモンスターというわけである。スライム系の召還コストが異様に低いのは<主力>で選んだからだろう。
ちなみに召還した魔物には維持コストがかかる。ダンジョン内で食料を生産し、分け与える事で節約も出来るらしいが、魔物みたいな大型生物を養い続けるだけの食料なぞ生産出来るはずもない。
召還は後回しにして<拡張>を選択する。するとウィンドウ上にRPGのダンジョンマップみたいなものが浮かび上がった。
小さな部屋が一つ。これが今の迷宮の姿なのだろう。
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■施設リスト
通路 0DP
T字路 0DP
交差路 0DP
階段 0DP
小部屋 5DP
部屋 10DP
大部屋 25DP
魔物部屋 50DP
大魔物部屋 100DP
迷路 5DP
大迷路 10DP
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通路や階段などはDPなしで好きなように設置出来るらしい。部屋は複数の魔物を配置出来る迎撃施設だ。サイズによって置いておける魔物の数が異なるようで、小部屋なら五体まで、部屋は一〇体まで、大部屋になると二五体まで配置出来る。
魔物部屋――いわゆるモンスターハウス――は召還コストが半分となり、維持コストも半分で済むという特典の付いた部屋である。良い事尽くめのように聞こえるが一度魔物部屋に配置された場合、その部屋を出られなくなってしまうらしい。魔物部屋は最大一〇体まで、大魔物部屋は五〇体を配置出来るそうだ。使い所の難しい施設といえるだろう。
続いては迷路系だ。ゲームだと中盤くらいから出てきそうな施設だがダンジョン名<迷路の迷宮>やテーマが<迷路>なのおかげで補正が働いたのだと思う。また普通のダンジョン経営ゲームなら結構なDPを取るはずの施設なのだが、設置コストまで大きく抑えられているようだ。非常に助かる。
<迷路>は一辺一〇〇メートルほどのサイズがある。<大迷路>になると一辺がなんと二五〇メートルにもなるそうだ。内部は狭く入り組んでおり、容易には踏破できないようだ。迎撃では侵入者の足留めしたり、分割したりする役割を担っている。なお、迷路は広いだけで魔物や罠はあまり配置出来ないらしい。迷路で五体、大迷路でも二五体までしか配置は出来ないそうだ。
「今はこれだけか……」
ダンジョンレベルが上がれば選択肢が広がっていくらしい。<牢獄>や<宝物庫>などの実にダンジョンらしいものから、<温泉>や<宿>に<商店>と<武器屋>みたいに観光・商業系も選べるようになる。更に配下の魔物を鍛えられる<訓練場>だったり、怪我の回復を助ける<診療所>、知性を育てる<私塾>なんかもあるそうだ。頑張ればシムシティみたいな事も出来そうである。
更にページを捲っていくと次は罠や宝箱みたいなアイテムリストに入る。
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■設置物リスト
落とし穴 5DP
落とし穴(槍) 10DP
飛び出す矢 25DP
ボロい宝箱 1DP
木の宝箱 5DP
扉 1DP
鍵付き扉 10DP
藁のベッド 1DP
木のベッド 5DP
水がめ 1DP
井戸 10DP
竈 10DP
パン 1DP
乾し肉 1DP
乾燥野菜 1DP
畑の土 10DP
鳥小屋 10DP
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「ああ、そうか……ここで生活しなくちゃなんだ……」
生活用品や食料品の名前が見えた時、ヒロトは酷く落ち込んだのだった。
「結局、何の説明もなしか……」
小部屋を一つ作り、スライム一匹を召還、小部屋の中央に落とし穴を設置してみた。施設、魔物、罠の基本機能は全てを使った事になる。
チュートリアルクリアボーナスはないらしい。メッセージが来るわけでもない。しばらくぼんやりとステータス画面を眺めていたのだが、結局何の変化も起きなかった。
玉座のある部屋――コアルームと呼ぶべきか――から今しがた作ったばかりの小部屋に向かう。そこはちょっと広いだけの何の変哲もない洞窟だった。
足元に目をやれば水色をしたゼリー状の物体が近寄ってきた。今しがた召喚したばかりのモンスター<スライム>である。
「これからよろしくな?」
声を掛けるとスライムは何の反応も示す事無く通り過ぎていく。ずるずると小部屋の中を這いずりって落とし穴に落ちていった。
「…………」
そして何事もなかったかのように這い出し、部屋を徘徊し、また落とし穴に落ちていく。出来の悪いルンバみたいである。
――これからやっていけるんだろうか……。
元の世界に未練はない。何がなんでも生き残りたいなんて意思もない。しかしそれでもヒロトは何とも言えない不安に駆られる。
ちょうどそんな時、コアルームのほうから声が聞こえた。
「すいません、遅くなりました……あれ? 誰もいませんね……」
――誰だ?
家政婦よろしく小部屋の角からそっと覗き見る。
そこに居たのはキャリアウーマンだ。
フレームレスの眼鏡、肩から流れる緩くまとめた銀色の髪。黒いベストにタイトスカートにガーターベルト。襟の立ったブラウスを押し上げる豊かな丘陵。手元には革張りの手帳があり、デキる社長秘書みたいな雰囲気を醸し出している。
――なんか、違和感が凄い。
目頭を抑えながらそんな事を思った。ファンタジー世界に連れてこられたのを真っ向否定されているような現代日本風の衣装であった。
ヒロトの心情など知る由もなく、銀髪碧眼のキャリアウーマンは涼やかな目元を隠す眼鏡をくっと上げた。
「もしや外に出てしまったのでしょうか……とするとダンジョンの出現位置を決めてしまった!? どどど、どうしましょうっ!? これでは物件が無駄に!」
そんな事をのたまいつつ玉座前で慌て始める。
「もしも王国以外の場所に居を構えられたら……人里近くであれば新しい不動産を用意すれば……しかし、秘境になっていたら……ああ、なんでもっと早く来なかったの私!」
美人さんは肩を落とした。これは相当な残念っぷりである。しばらくずーんと落ち込んでいたが、開き直ったのか顔を上げる。
一頻り反省したところで今度は横目で玉座を盗み見ていた。
「これが噂の……へぇ……ふぅん……」
興奮した猿のように玉座の周りをうろつき始める。周囲を見渡し、何故か抜き足差し足、玉座に近づき始める。ちなみにピンヒールを履き慣れていないのか、特徴的な甲高い足音は全く消せていなかった。
「ちょ、ちょっとなら……いいよね?」
ゆっくりと玉座に腰掛ける。脚を組み、ふんぞり返った。
「フハハ、愚かな侵入者共め! そのような矮小な力で難攻不落にして電光石火、七転八倒一攫千金難攻不落、我が大迷宮<ディアの千年要塞>が落とせるものか!」
そうしてディア(?)さんは高笑い。肘置きを楽しげに叩いたかと思えば痛そうに手を押さえていた。
――このダンジョンにまともなのは居ないのだろうか……?
ヒロトは先ほどスライムを見た時と同じかそれ以上の不安感に襲われるのだった。