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応えられない答え

 収益の柱であった<奴隷の奴隷>が今後使えなくなる。しかしヒロトは何の手段も打てぬまま怠惰に過ごしていた。


 ヒロトは訓練場の片隅にある木陰に寝転ぶと、また思考を巡らせる。


 広々とした訓練場へ霊脈ローランドからの吹き降ろしが頬をゆっくりと撫でて行く。六月も終わったばかりだというのに既に季節は夏真っ盛りだ。空はいっそ憎らしいほどに碧く高く。その中を入道雲が優雅に泳いでいる。まるで地上であくせく働く人々を嘲笑っているように思えた。


「奴隷解放、か……」

 対策案はある。システム変更の話が来る前から考え付いてはいた。ただそれを実行するだけの勇気が持てないだけなのだ。


 両親が交通事故で亡くなった後、ヒロトは人間の本性というものを知った。


 ヒロトに五億円を超える遺産が舞い込んでくると知った時、親族達はこぞってヒロトを引取ろうとした。仲良くしてきた叔父や叔母が一変し恐ろしい表情で養子縁組を迫ってきた。ろくに顔を合わせた事もない遠縁が優しい貌を作って近寄ってきた。親族同士が顔を合わせれば口汚く罵り合い、殴り合いにまで発展したことだってあった。


 その時、ヒロトは人間を恐ろしいと感じた。


 今はいい。彼等を解放したところでこれまで通り従ってくれるだろう。子供達は奴隷という身分でありながら貴族や大商人の子息子女のような生活を送っている。それはヒロトが多額の資産を惜しみなく使っているからだ。それはダンジョン運営はもちろん、商売だって上手くいっているから出来る事なのである。


 もしも運営が上手くいかなくなったら?

 彼等を養う資金が手に入らなくなったら?


 ヒロトはもちろん彼らを大切に思っている。しかし奴隷達がヒロトに対して同じ思いを抱いているかなど知る術はない。 そもそも奴隷達のほとんどはダンジョンが起こしたスタンピードによって故郷を追われた者達だ。ダンジョンマスターであるヒロトを心の底から信頼してくれるだろうか。いざという時、命懸けで戦ってくれるだろうか。


 そうでなくても子供達は成長する。大人になれば自立したがるはずである。その時、彼等は秘密を守り続けてくれるだろうか。ルークやクレア、キールといった最古参であっても例外ではない。彼らが自ら秘密を暴露する事はないだろうが、酒の席でぽろっと漏らしてしまうだとか、敵に人質を取られて喋らざるを得なくなるなんて事は充分にありえる話だった。


 王都においてメイズ一家を目の仇にする連中は少なくない。前回のスタンピードで大活躍をしたメイズ抜刀隊に手柄を掻っ攫われた王国軍は悔しい思いをしているだろうし、高品質な武具を供給し続けるメイズ工房には商売敵に雇われた密偵連中がやって来ている。


 喋ろうとすれば即死。伝えようとしても即死。ヒロトが殺されても連座で即死。そんな契約で縛っておけばひとまず情報が漏れる事はないだろうし、追い詰められた状況でも自らが助かるために戦ってくれるはずだ。


 頭では分かっている。ヒロトを父と呼び慕う子供達が、ヒロトに害を為す行動を起こす可能性は限りなく低い。


 それでも胸の奥が震えるのだ。


 恐い。恐いのだ。もう誰にも裏切られたくない。あの醜い姿を見るのはもう沢山だ。だからヒロトは信用しない。信用しなければ油断する事はない。そうすれば裏切りのリスクを最小限に抑えられる。


 ――醜いな、僕は……。


 どれだけ冷静を装っても結局は感情論でしか動けない自分の不甲斐なさにヒロトはため息を吐いた。


「こちらにおられましたか」

 ヒロトは慌てて体を起こした。気がつけばすぐ傍に銀髪碧眼、人間離れした美貌の女神が立っていた。


「すいません、ディアさんちょっとぼーっとしていて」

「……リラックスしていたようにはとても見えませんでした」

「……はい、その通りです」

「お聞きしても? 話せば少し楽になるかも知れませんよ」

 ヒロトは微苦笑を浮かべる事で答えた。


 奴隷達と同様、ディアにもまたガイア神族という立場がある。良好な関係は築けていると思う。信頼しているし、少しはされていると思う。しかし信用し切る事は出来ない。どれだけ親切にしてくれていても、上位の神である迷宮神の命令されれば彼女はそれに従わざるを得ない。


「先日のシステム変更の件、本決まりとなりました。九月よりダンジョンマスターに隷属している者、更にその隷属者、全てをダンジョンに所属するモンスターとして認識されるようになります。今後、彼らをダンジョン内に侵入させても経験値やDPは得られません」

「そうか……ついに来たか……」

 ディアの報告にヒロトは天を仰いだ。





「ところでヒロト様、彼らは……」

 訓練場に居並ぶ少年少女達を見て、ディアは目を見開いていた。


 その数は一〇〇〇名に届かんとしている。そんな人々が号令に合わせて剣を振るっているのだからその迫力たるや凄まじいものがあった。広い区画を丸ごと使った訓練場が手狭に見えた。


「うん、どうせ最後だから派手にと思ってさ。だいたい二〇〇〇人だったかな? もう半分がダンジョンに潜ってる」

「確かに最近、見慣れない顔が増えたと思っていましたが、まさかこれほどとは……」

 仕様変更の報せが入ってからヒロトがやった事は単純だった。監視の眼など気にせず、稼げるだけ稼ぐことにしたのだ。


 王都にはダンジョンの一斉進行のせいで故郷を失い難民となった人々が集まって来ていた。その中でも多数の奴隷を保有し、手厚く遇する事で知られる大賢者メイズ(ヒロト)の元には金はいらないから身請けしてくれなんてお願いが殺到していたのだ。


 これまでは剣や魔法の才能の持った子供しか奴隷にしてこなかったが、この際だから間口を広げる事にした。若くて健康であれば合格にしてとにかく数を集めたのである。


 更に懇意の奴隷商ジャックからも元商人や職人といった経歴を持つ知識奴隷も多数購入している。今、奴隷市場は大荒れの状況で、毎年行われるダンジョン進行により家族や故郷を失った人々で溢れ返っていた。戦闘能力のない奴隷など捨て値同然だった。


 彼ら難民奴隷達にはシルバースライム狩りでパワーレベリングを施しつつ、知識奴隷達の弟子として技術や知識を学ばせたり、ダンジョン内に設置した<農場>で働いてもらう予定だ。侵入者としての星が上がればDPや経験値取得量が増えるため、彼等にもきちんとした訓練を施しているのだ。


「どう、ウォルター。訓練状況のほうは?」

「うむ、難しいのう。以前と違って才能に差がある」

 見受けする際に足切りしていた以前と異なり、難民奴隷の中には戦いの才能に秀でた者もいれば戦いに向かない者もいる。そんな彼らを一緒くたにして訓練を施すのは中々難しいようだ。古参三人組には適正ありなしで選抜して訓練させている。もちろん丸投げだ。


 子供達の訓練はこれまでもお願いしてきたのだが、一気に三〇倍以上に増えたのだからそれの苦労はさぞかし大きかろう。


「しばらく増やすつもりはないから勘弁してね」

「老骨に鞭打つなど人間のする事ではないぞ」

「ダンジョンマスターですから」

「くっ減らず口を」

 ウォルターは悪態を付きながら教官役に戻っていった。



「クロエもありがとうね」

「うん。後でたっぷり褒めて」

 男衆の苦労も増えたが、古参組の中で大変なのは何を隠そうクロエだったろう。彼女もまた<メイズ御庭番衆>なる諜報部隊を指揮している。その傍らで<迷路のメイドさんメイド・メイズ>なる使用人部隊を編成して様々な角度から屋敷を守ってきた。


 その業務は屋敷の掃除や食事の用意といった雑事から王都内の情報収集、屋敷や工房に忍び込んでくる盗賊や密偵達を捕縛するなど多岐に渡っている。その上に一五〇〇名という大人数のお世話まで降りかかってきたのだからそれはもう大変だろう。飯炊きだけで一日が終わってしまう。


「飲食店に頼んで食事を用意させてもいいからね。もちろんお金は出すから」

「ありがとう、主様」

 ヒロトは「それじゃあよろしくね」と頭を撫でた。


「子供達よ、交代の時間じゃ! ダンジョンへ向かうぞい!」

 ウォルターの号令の下、総勢一〇〇〇名を超える奴隷達が訓練場を離れていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ダンジョンなんか殺し特化で危険物扱いさせるか、旨味しか用意せず潰したらデメリットしか無い、の二択だからね。極端な話迷う事すらないよね
2021/05/22 22:09 退会済み
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