VSガーデンパーリー
「こんにちは、ヒロト様……お忙しいでしょうか?」
ディアが<迷路の迷宮>のコアルームに転移すると、ヒロトが難しい顔でウィンドウを操作していた。
「あ、こんにちはディアさん。いえ、忙しいわけじゃないんだけど、少し……まとめサイトを編集してて」
最近、ダンジョン運営を部下任せにしてダンジョンマスターらしい仕事のないらしいヒロトはとうとう暇を持て余し、ついに掲示板の編集――まとめサイトを運営し始めたらしい。
何となく気になったディアはマネージャー専用のウィンドウを立ち上げ、ヒロトが立ち上げたというまとめサイトを閲覧する。
「どれどれ……ほほう……」
「初心者ダンジョンマスターが疑問に思ったことを書いたり、知っていると便利そうなテクニックを紹介したりしてるんだ。全部検証するわけにもいかないけど掲示板には意外とダンジョン運営に使えそうな情報が転がってるからね」
「それをまとめて後発のダンジョンマスター達の参考させようという事ですか……なるほどヒロト様らしい深謀遠慮ですね」
ディアが優しく微笑む。
ヒロトが無秩序に後発ダンジョンマスターに知識を与えるような事をすれば迷宮神からの反感を買ったかもしれない。が、別のダンジョンマスター達が垂れ流した匿名情報をまとめるだけなら目を付けられる事もないだろう。ご丁寧な事にダンジョン運営とは関係のなさそうな記事も多数見受けられる。
「まあ、暇人いや、暇ダンジョンマスターですし」
ダンジョンは限界まで拡張済み、シルバースライム狩りは古参の大人奴隷達が切り盛りしている。屋敷の管理はお庭番がやり、生産はドワーフに任せ切り、販売はジャックに丸投げしている。
あまりにも暇すぎて子供達とご飯を作って食べたり、子供達と一緒に剣術の訓練をしたり、子供達を伴って王都を散策したりするのが日課となっている。まるで年金暮らしのおじいさんみたいだとヒロトは他人事のように思っていた。
「あと少し情報操作や印象操作も入れていますね。全部が全部、善意からのものじゃないです」
例えば自分がダンジョン進攻をすることで近隣ダンジョンに迷惑が掛かる可能性がある。ダンジョンのサポート役にも個人(個神)差があり、ダンジョンマスター達に協力的な人もいる、盛り上がりはしなかったがヒロトが重要視している情報なども取り上げたりしているのである。
「それでも後発組はずいぶんと助かるでしょう。それに見落としていたダンジョンマスターもいるはずです。流石はヒロト様です」
「あー、この話、止めません?」
ヒロトは照れくさそうに頭を掻いた。
「それでは残念ですが、またの機会に。今日は重要なご報告がありますので」
真面目な話だとヒロトは居住まいを正した。
「この<迷路の迷宮>にダンジョンバトルの申し込みが複数入っています」
ディアは革張りのファイルから五枚の<果たし状>を取り出す。古めかしい名称の割には体裁の整った事務的な申込書であった。自分のダンジョン名と相手先のダンジョン名、一応、決闘に対する意気込みだとか、挨拶なんかが記載出来るメモ欄が用意されていてそこにだけダンジョンマスターの個性が出ていた。
「全部格下だね……」
「はい、最高位が序列一〇九位<ガーデンパーリー>です。それ以外は二〇〇位から三〇〇位に位置するいわゆる中間層のダンジョンとなりますね。果たし状の有効期間は一ヶ月です。同月中に複数のダンジョンから挑戦された場合、どれか一つと対戦すれば後は無視できます」
申し込みのあったダンジョンは合計五つ。ヒロトは早速とランキング画面から申し込みのあった各ダンジョンの成績や属性などを調べていく。
「格下ダンジョンが我等に挑むだと? ふん、ずいぶんと舐められたものだ……主様、我等お庭番にお任せを」
「はいはい、分かった分かった」
ランキング表で相手ダンジョンの基本情報を閲覧、飽きずに忍者ロールを続けているクロエを軽くあしらいつつヒロトは頷く。
「どのダンジョンと対戦しますか? ルール上、一週間以内に返事を頂きたいのですが……」
渡された果たし状には承諾と拒否の枠があり、対戦開始日時の記入欄があった。挑戦を受ける側に対戦開始日時を指定する権利がある。
ヒロトは玉座隣にある事務机から羽ペンを取り出すと丁寧な文字で返信していく。
ひらひらと果たし状を振り、インクが乾くのを待ってから返却した。
「はい、ディアさん」
「……これは……本当によろしいので……?」
ディアがいぶかしむように尋ねた。
全ての用紙には承諾にチェックが付いていた。対戦開始日時も早い物だと三時間後となっている。
「はい、今日から全員と毎日戦って行きます」
花園祭はダンジョン<ガーデンパーリ>の主である。彼女は名前をそのままダンジョン名にしてしまったくらいには自己顕示欲が強かった。
だからこそ今のランキングには納得がいかない。
<ガーデンパーリー>のダンジョンランキングは一〇九位。活動しているダンジョンが五〇〇程度である事を考慮しても上位に位置するダンジョンだ。先日も一ツ星冒険者パーティを彼女が指揮する魔物によって生け捕りにしたばかりだ。
生け捕りとは侵入者を殺さずに捕らえ、<牢屋>や<監獄>といった専用施設に閉じ込めるという物である。侵入者を閉じ込めている間、通常よりも多くのDPや経験値を得られる。長期的に見れば殺すよりもお得なのだ。掲示板のまとめサイトで知った便利情報だった。
祭は生ける大樹<エント>によって侵入者を足留めし、花の妖精<アルラウネ>が痺れ粉や眠り粉といった特殊スキルを使用するという戦法で多くの侵入者を捕らえてきた。
おかげで順位は大分あがった。
しかし――
「それじゃ意味が無いのよ」
現状のランキング制度では一〇〇位以内までをランカーと呼び、厚遇している。ランカーには毎年<レアガチャチケット>や<原初の渦>、その他に<眷属任命チケット>まで手に入るのだという。
一〇一位以降にはそういった特典はない。つまり運営は期待する価値のないダンジョン、外れダンジョンと思っているのである。
このままではただのダンジョンで終わってしまう。そんなのは御免被る。
祭は負けず嫌いだった。どうせやるなら一番になりたい。だからこそ彼女は日本時代の倫理観を棄ててダンジョン進攻イベントに参加してきた。全世界で同時多発的に進攻するこのイベントだったが、初回は突然の一斉蜂起に人類側の対処が遅れに遅れ、面白いほどDPを稼げた。
しかし昨年末の<初日の出暴走>は違った。数日前から開催された<クリスマス大作戦>の直後、各国とも疲弊しているというのに対応してきたのである。
スタンピードが一ヶ月で消える事を知った彼等は、城壁のある町や砦などの防衛拠点に篭るようになった。
力のない住民を城壁の中で保護し、戦闘能力の高い冒険者や軍人ばかりを集めた精鋭部隊によって群れを強襲――指揮官であるボスモンスターを狙い撃ちにする作戦に出たのである。これにより多くの魔物の群れは壊滅した。
――大人しくDPになっていればいいものを!
<ガーデンパーリ>もまた他ダンジョンと同じ憂き目にあった。王都の大商人が保有するとかいう精鋭部隊に箱馬車で突っ込まれ、そこから出てきたやたらめったら強い剣士達によって大事に育ててきた指揮官の<エルダートレント>を倒されてしまったのである。
指揮官たるボスモンスターが討ち取られると配下の魔物達にDPが届かなくなる。結果、群れは解散、野生に戻ってしまう。
これにより多大なコストを作り上げ、育ててきた進攻部隊は何の戦果も挙げる事無く壊滅してしまった。
おかげでこちらは大損害である。一時は二〇〇位近くまで順位を落としてしまった。しかも世間から危険なダンジョン認定されてしまい毎日、鬼のように冒険者がやってくるようになった。
忙しかった。追い詰められ、ダンジョンマスター自ら剣を取った事もある。それでもなんとか侵入者供を撃退しつづけ、力を取り戻す事ができた。今の順位は過去最高だ。
それでも足りない。
ランカーの壁は厚い。何とか一〇九位まで上り詰めたが上位とはかなり差があった。しかしこの順位から大物食いを果たせば間違いなくランカー入りを果たせるだろう。
ダンジョンバトルに勝利すれば大量のDPが手に入る。格上ともなればそのポイントは更に増える。ブルジョワ供が溜め込んでいる貴重なアイテムやモンスターを奪う事が出来るのだ。敵を倒して戦力強化を果たし、そのDPを持って更なる上位者へ挑戦する。
ただのダンジョンマスターではいられない。祭の矜持が停滞を許さない。絶対にランカーダンジョンの支配者になるのである。そして最後は十傑に名を列ねる。
それはこの世界において押しも押されぬ最強の一角だ。
「そういうものに、私はなりたい」
「なんでよおおおぉぉぉー!」
ダンジョンバトル当日、花園祭はヒステリックに叫んだ。
彼女は掲示板の教えに従い、精鋭部隊を率いて相手ダンジョンに攻め込んだ。先制攻撃を決め、自ダンジョンに戻って守勢に回るつもりだったのだ。
もちろん判定勝ち狙いである。進攻部隊を失ったばかりの自分がまともに上位者と戦って勝てるはずがない。
敵モンスターを一体でも仕留めればこちらの勝ち。後はダンジョンに逃げ帰って守りを固めればかならずや勝てると確信していた。
対戦相手である<迷路の迷宮>の初年度戦績は撃破数〇。撃退数は恐ろしく伸びていたが、巨大な迷路辺りを作り最低限の迎撃だけを行って時間切れを狙って撤退させていたのだろうと思う。
主力モンスター欄に討伐時に恐ろしい量の経験値をくれる<シルバースライム>の名前があった。それを使って冒険者呼び寄せているだ。
つまり侵入者を倒せるような強い魔物がいないというわけである。
単なる幸運者。たまたま<シルバースライム>を手に入れ、たまたま<王都ローラン>という好立地を手に入れただけでランカーになれただけ。百戦錬磨のパーリピーポーが負けるはずがない。
――だから大丈夫、順位ほどの実力は……ない!
だからこそ彼女は油断していた。シルバースライムなぞ物の数ではないと確信していたのだ。
「往くわよ、皆油断しないで……」
それでも緊張しながら敵方の通路に入った。
祭は此度の戦争に全身全霊を掛けていた。だからこそ危険な最前線に立ち、自ら指揮を振るう事にした。
ダンジョンマスターの戦闘能力は意外に高い。自ダンジョンのレベルと連動するため最初はそれほどでもないが、将来的には四ツ星級モンスターに匹敵する戦闘能力を持つとされる。ダンジョンレベルを上げ、スキルなどを上手く取得すれば神の階さえ見えてくるという。
もちろん祭は単体戦力として<ガーデンパーリー>中最強だ。ただしダンジョンマスターが殺されるとゲームオーバなのでこの選択は諸刃の剣といえるだろう。
つまりこれは乾坤一擲。敵モンスターを一匹でも殺害したらすぐさま自陣に逃げ帰る。それだけのための陣形であった。
「ほ……」
しかし予想された襲撃はなかった。少しだけほっとした。
通路を進む。曲がり角を見つけるたび、自らが剣を抱えて突っ込んだ。その背中をダンジョンが誇る精鋭部隊<ハイアラクネ>と<エルダートレント>がフォローする。
「また、居ない……なるほど、油断した所を狙うつもりね……」
その後も祭は集中を切らす事無く巨大な迷路を進んでいく。
「この音――トラップ! 全員防御体制!」
三時間経ち、さしものダンジョンマスターも疲れを見せ始めた時、背後でカチリという音がした。
前後左右あらゆる方向から雨のような矢が降ってきた。前方の矢は祭が全て切り払う。後方や左右からの飛来物はエルダートレントが身を挺して庇ってくれた。
「ふぅ、全員、無事ね……危ない危ない、油断大敵だわ」
一人の脱落者もいない事に祭はほっとした。念のため毒の有無を調べ、傷を受けたエルダートレントにはダンジョンで取れる薬草を煎じた<回復薬>を振りかけておく。
「さあ、往きましょう」
そうして更に三時間後、やっとやっと巨大なこの迷路にも終わりが見えてきた。
扉だ。扉である。
「この扉を開けたらきっとモンスターがいるはずよ……ご大層に扉付きだからボスか魔物部屋のどちらかだと思う……皆、絶対に油断しないで」
背後の魔物達に注意を促しながら祭はドアノブに触れた。
「あれ?」
押す。
「どうして……?」
引く。
「ん、あっ、これ、開かない……どう、なってるの?」
押しても引いても上げても横にずらしてもダメだった。よくよく見てみればドアノブには鍵穴が付いていた。
「はぁぁああぁぁ――!? 鍵付き扉ぁああぁぁぁ――!?」
鍵付き扉はこれまでの経路に置いてある鍵を手に入れなければ開ける事の出来ない特殊オブジェクトである。つまり半日かけて踏破したこの迷路をしらみ潰しにして見つけ出す必要があるのだ。
「やってられるかあぁぁぁぁああぁぁ――ッ!」
祭はキレた。目の前に立ち塞がる扉――非破壊オブジェクトを幾度となく蹴りつける。いい加減に限界だった。先制攻撃からの離脱を狙い、緊張を切らさず、六時間にも及ぶダンジョン探索を続けてきた。
全ては上位者に至るため、尊敬と名声を集め、実利を得て、顕示欲を満たす。
――こんなふざけた所で、負けて、たまるかあぁぁぁ――!
祭はダンジョン内の全てのモンスターに号令を発した。
「この迷路を虱潰しにしなさあぁぁあぁぁぁいっ!」
防衛に使う精鋭一〇〇匹、更には次回のダンジョン進攻用にと用意しておいた五〇〇匹の雑魚モンスターまで総動員して探索に当らせた。
途中、罠に掛かる魔物もいれば逸れて狙い撃ちにされる個体もでてくるだろう。そういった全ての可能性をあっさりと投げ捨てて全軍攻撃を行う。
「なんでよおおぉぉ――どうして、どうしてこんだけやってるのに攻撃してこないのよおおぉぉおぉぉ――ッ!!」
祭は地団駄を踏んだ。ぐぎぎと歯軋りをした。噛み続けた親指の爪は赤く血が滲んでいる。
舐められている。
祭は理不尽に対する怒りを覚えた。これだけの距離をこれだけの時間をかけて探索したというのに被害は罠にかかった数体の魔物だけだった。致死性の罠は一つとしてなく、ちょっとしたダメージを追うだけの安い足留め罠ばかりである。
一五時間。部隊を総動員してようやく鍵を手に入れる。
「これで、終わりよ! ちょこまかと逃げ回る卑怯者め!」
祭は手に入れた鍵を勢いよく鍵穴に差し込んだ。
「あれ、え……階段か……?」
どれだけ強力な魔物が配置されているか。剣を構え、背後に精鋭部隊を配置させた彼女を待っていたのは小部屋にぽつねんと佇む次層へと続く階段があるだけだった。
油断した所に魔物の襲撃があるかも知れない。最後の気力を振り絞って階段を下りる。
「もぅ……いやあああぁぁぁ――!」
彼女がへたりこんだ先には見慣れた狭い通路があった。目の前で三つに枝分かれしたそれは無数の分岐へと繋がっている。
それはただの迷路であった。ひたすら長いだけの道程だ。いつかきっとゴールに辿り着ける。
ただ二四時間では決して到着できないだろう。それ故に難攻不落。巨大な迷路は密かに静かにしかし確実に勝利を重ね続けるのだった。




