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凱旋

 出立から二カ月ほどが過ぎた頃、遠征部隊が帰還するとの連絡が入った。


 王国南部のダンジョンから溢れ出した魔物の群れをわずか五〇名という手勢で食い止め、撃退してみせた<メイズ抜刀隊>の武名は王国全土に広く知れ渡る事となった。


 当初一ヶ月で帰還するはずだったタイミングが遅れに遅れたのは<初日の出暴走>という年末という特別なタイミングでスタンピードがスタートしたからだった。


 通常<進攻>は一ヶ月で自然消滅する。それ以上になるとDPによる生命維持機能が働かなくなり魔物が野生化してしまうからだ。ダンジョンマスターによる制御が効かず、自然と殺し合い自滅する。単一種で構成されている場合にもこれまでのような戦略的な行動を取れなくなってしまうのだ。


 しかし年末に進攻を始めた場合、魔物の群れは制御下にあるまま年を超える事が出来る。年明けには<進攻チケット>というアイテムが再配布されるため外にいる魔物の群れに再びチケットを使う事で活動期間を延長する事が出来るのだ。


 この情報が掲示板で公開されるや期間延長を行うダンジョンが続出したのだ。


 ヒロトとしてもこれは予想外の出来事で、慌てて遠征隊への補給の手筈を整えたのである。


 ともあれ大切な討伐隊が帰還する。

 それだけ分かれば問題ないという話であった。





 その日、王都は新たな英雄の誕生に沸いた。若き勇士達を一目見ようと大通りには数え切れないほどの人々でごった返していた。


 光り輝く銀の馬車。一振りの刃が肉の上を滑っていくように自然と人垣が分かれていく。その切っ先には大きなゴーレムホースに跨る一人の若者が居る。


 その少年は<ルーク・メイズ>と名乗った。数多の魔物を屠り、凶悪なボスモンスターを討ち、幾度となく人々の窮地を救ってきたという。


 絶望に沈む王国にあってその輝かしい功績はまるで暗闇を切り裂く一筋の光であった。


 歓声と感嘆。

 ルーク達が纏う銀甲冑は光を帯びて輝きを増し、立ち昇る強者特有のオーラは人々を魅了していった。


 パレードは長く続かない。大通りをしばらく行軍していった彼等は途中で右に折れるとそのまま一軒の屋敷へと入っていった。


 メイズ邸。今や王都で知らぬ者のいない謎の武器商人メイズが住まうお屋敷であった。ドワーフ職人達が作り出す高価な銀製武具の性能は凄まじく、迷路を模したロゴマークとは今や冒険者達にとって憧れのブランドとなっている。


「メイズ抜刀隊、総員五〇名。只今、帰還しました」

 銀色の兜を小脇に抱え、ルークが満面の笑みを浮かべた。続くキールやウォルターといった古参組はどうだと言わんばかりだ。


「お疲れ様でした。皆の活躍は幾つも聞いているよ。お風呂を用意しているし、あとはご馳走も沢山用意してる。思う存分十分に旅の疲れを癒してね」

 ヒロトは遠征隊を労う。が、まだまだ物足りなさそうな子供達を見て、小さくため息を付いた。


「本当によく帰って来てくれた。君達の顔を見れた事が何よりも嬉しい。辛かっただろうし、悲しい事もあったはずだ。それでもよく生き残ってくれた。君達は僕の誇りです」

 堪えられなくなった子供達が抱きついてくる。王国随一と呼ばれる精鋭部隊でも鎧兜を脱げばただのあどけない子供なのだ。


 敬愛する主人との再会に皆が涙したのだった。






 全員をダンジョンへと招き入れ、この日のために用意した大浴場を開放する。男女に分かれて風呂に入らせる。ヒロトはもちろん男湯のほうに入ったのだが、女の子チームから大ブーイングを受けた。


「そんな事言ってもダメです。女の子なんだから恥じらいを持ちなさい」

 ヒロトが言えば女の子扱いが嬉しかったのか、女の子チームの面々は渋々といった風でスキップしながらお風呂に向かった。


 元気なのは男の子チームである。全員で背中を流し髪を洗う。誰かが背中を流すと言い出し、俺も俺も続いた結果、ヒロトの背中は真っ赤になった。


 最後に全員で湯船に浸かった。この人数で一斉に湯船に入るとお湯が半分になる。カラコロと風呂桶が飛んでいく。どうでも良い事が何だかとても楽しかった。


 風呂から出れば留守番組が用意していた食事が振舞われる。王侯貴族が食するような高級食材がたっぷりと使われていた。食べ切れないほど用意したのだがケーキなどの甘味類は早々に売り切れる。


 よく見れば女の子チームがゲスト参加のディアを囲んで責めていた。ディアは何度も頭を下げていた。口端には生クリームが残留している。犯人は彼女だったらしい。


 そして祝宴もお開きとなる。その直前、二等区にある高級娼館にしけこむかと馬鹿が馬鹿な発言をした。そこに何人かが同調する。


 ヒロトは教育に悪いと許さなかった。彼はこの屋敷のリーダーだ。この世界に来て汚い事、あくどい事も沢山してきている。しかしそれでも表面上は綺麗に見せる必要があるのだった。聞こえてしまった以上、無視するわけにはいかない。


「そりゃないぜー旦那!」

 馬鹿者が叫ぶ。言い出しっぺであるキールはしばらく外出禁止となった。


「うるさい黙れ馬鹿」

「若いのう……」

 クロエが呆れ、ウォルターが穏やかに笑う。


「これ以上言うと去勢するよ?」

 それでも騒ぎ立てるキールにクロエが恐ろしい発言をした。本人はおろかヒロトやウォルターまでキュッとなった。


「ご主人様、キョセイって何ですか?」

 ルーク達、年少男子チームが首をかしげた。このままで居て欲しいとヒロトは切に願った。


 ――こういうのは隠れて言って欲しかったよ。


 そうすればヒロトも参加できたかも知れない。




 宴会は自然とお開きになった。

 その日は全員で雑魚寝した。


 ヒロトは笑った。

 皆で笑った。


 こんな日がずっと続けばいいと思った。

 この笑顔を守りたいと思うのだ。

 強く強く願うのだ。


 ーーそして、いつか絶望する。


 幸せがいかに儚く尊いものなのかヒロトは誰よりも知っていた。

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