初期設定
山をくり貫いて作られたような無機質な通路。
目の前に十字路がある。
右へ行くか、左へ行くか。
進むべきか、それとも戻るべきだろうか。
どちらに行けば辿り着けるのか。
今自分は何処に向かって歩いているのか。
――出口なんてあるのだろうか。
不安になり、振り返る。
後ろにはこれまで僕が選んできた道があるはずだ。
結局、景色は変わらない。冷たく無機質な通路が続いている。
これまでの道は正しかったのだろうか。
多分正しくないと思う。
確証はない。分からない。
僕はいったいどこを目指しているのだろう。
どこに行けば幸せになれるのだろう。
分からない。
分からない。
分からない。
人生は迷路だ。
世界は僕をひたすら迷わせるだけの巨大な迷路に他ならなかった。
「うっ……」
夢を、見ていた。酷い夢だ。でも内容は覚えていない。ただ寒々しい夢だった。そんな印象だけが記憶に残っていた。
ヒロトが目覚めた場所は薄暗い空間であった。徐々に目が慣れてくるとどうやら洞窟の中にいる事が分かってきた。
岩肌むき出しの広い空間。その中央にぽつねんと佇む一脚の椅子。
「ダンジョン……」
玉座という奴だろうか。頂点には透明な宝石がはめ込んであった。どうやらこれが<ダンジョンコア>と呼ばれるものらしい。
それ以外は何もない。無機質な空間に、ただひたすら頑丈そうなだけの鉄の台座があるだけである。クッションの類もない。実に殺風景な光景だった。
ゲームや小説のダンジョン運営物の始まりっぽい景色にヒロトはため息をついた。
「こっちは夢じゃなかったんだな……」
一人ごちる。真っ白な空間で出会った<天使>はヒロト達に『<ダンジョンマスター>になれ』と命令してきた。
嫌なら勝手に自殺してね。
とにかくこっちも仕事だから転移だけはさせてもらうよ。
可愛らしい容姿、鈴の音のような声でそんな事を言っていた。
選択権はない。
早速と玉座に腰掛ける。硬く若干ひやっとするそれの座り心地は最悪の一言に尽きた。
「ダンジョンマスターかぁ……」
天使の話を要約すれば――
・東部文化高校の生徒、教員、職員一同は某独裁国家からの核ミサイル攻撃で全滅した。
・自分達の魂は現在、天に召されている最中。この白い場所はあの世とこの世を繋ぐ狭間の世界である。
・天使の管理する世界<ガイア>は世界を動かす魔力が上手く循環していないらしく緩やかな破滅に向かっている。
・そこでダンジョンを創り、正しい魔力の循環を取り戻す。
との事である。奴の発言が正しいという証拠はない。嘘を言っているかも知れないし、本当かも知れない。
七〇億人もいる異世界の中でヒロト達が選ばれたのか、ダンジョンを創っただけで何故魔力が循環するのか、色々と疑問は尽きないがかの天使が答える事はなかった。そもそも声が届かないため質問すら出来ていない。
――切り替えよう。
ヒロトは無駄な考えを振り払うように頭を振った。答えの出ない問いに時間を割いても仕方がない。
天使曰く、この世界はRPGであるような剣と魔法のファンタジー世界らしい。ダンジョンを見つけると冒険者や国の軍隊が襲い掛かってくる。なのでヒロト達の当面の目標は簡単に攻略されないような大きくて強いダンジョンを作ればいい。
ファンタジー世界でダンジョンを経営する。
記憶を整理する。
ダンジョン運営にはダンジョンポイント(DP)が必要だ。DPがあれば配下となる魔物を召還したり、罠を設置したり、ダンジョンを拡張したりと様々な事が可能となる。
DPの取得は地脈からマナを吸い上げるか、侵入者を撃退した時に貰えるらしい。偶にイベントが発生し、それをクリアすると手に入る事もある。
地脈からマナを吸い上げるのは玉座に取り付けられた<ダンジョンコア>が勝手にやってくれる。強い地脈の上にダンジョンコアを置けば多くのDPが得られ、ダンジョンの階層を増やせば更に多く得られるそうだ。
また侵入者を撃退、あるいは拘束、または殺害することでDPを得られる。むしろ侵入者をどうにかする事こそダンジョンの生業と言えるだろう。侵入者は強ければ強いほど多くのDPが得られる。
ダンジョンを発展させていくとダンジョンレベルが上がり、階層を深くしたり、より強力な魔物や罠、便利な施設が作れるようになる。また食事や嗜好品もレベルアップすればするほどランクアップするらしい。
要するに贅沢したければダンジョンマスターとして働けということだった。ちなみに各自が運営するダンジョンは活躍度合いによって順位が付けられ、毎年好成績を収めたダンジョンマスターにはボーナスが与えられるそうだ。
ちなみに侵入者によってダンジョンコアが壊されるか奪われるとダンジョンマスターも死亡する仕様らしい。
まさにテンプレートだ。ゲームや小説にありがちな設定を丸ごともらって来たという印象を受けた。日本に住むヒロト達が理解しやすいようにこんな設定にしたのかも知れなかった。
とりあえずヒロト達、一〇〇〇名を超えるダンジョンマスター達はダンジョンを作り、公開させ、お宝目当てにやってくる侵入者達を迎撃しなければならない。
「とにかく……<ステータス>」
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ヒロトの迷宮(仮)
テーマ:迷路 タイプ:未定
属性 :未定 主力 :未定
位置 :未定 特徴 :未定
ダンジョン情報
レベル:1 階層:F
魔物 :F 罠 :F
称号 :なし
ランキング
順位 一位タイ
戦績 0勝0負0分
撃破数 0
撃退数 0
資産
100DP
0G
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ヒロトがステータス表にある各種項目について確認――項目を触っているとポップアップが出るギミックだ――しているとメッセージウィンドウが現れる。
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基本情報を決定してください。
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「初期設定ね」
基本情報欄を埋めなくては<モンスター召還>や<ダンジョン拡張>が出来ないらしい。なお一つだけ埋まっている<テーマ>は各ダンジョンマスターの特性に合わせて勝手に決められてしまうらしい。もちろん変更も出来ない。
ゲームならこの初期設定でダンジョンの基本的な戦略や方針が決まってしまう。後から修正できないので注意が必要だ。
「とにかく名前からだな」
名は体を表すという。今後を左右する重要な要素である。
「迷路の迷宮、と」
テーマも迷路だし、お似合いだろう。何となくゴロもいい気がした。
続いて選ぶのは<タイプ>である。これはダンジョンの基本構造のようだ。種類は三つで<洞窟>、<塔>、<野外>から選択する。地下へ潜っていくか、塔へ昇っていくか、平地に広がっていくか。
それぞれにメリット・デメリットがある。
まず<洞窟>は侵入経路を絞り込めるし、地下空間にあるということで拡張性もそれなりに高い。バランス型という奴である。
次に<塔>は形状的に入り口や経路を自由自在に変更出来る。また高低差を利用したギミックを作れたり、希少な飛行系を召還しやすいが、拡張性に難があるそうだ。
最後に<野外>は拡張性こそ抜群に高いが、侵入経路を絞れずダンジョン防衛には苦労するだろうとの事であった。
ここは無難に<洞窟>を選んでおく。
続いて<属性>を選択する。ダンジョンの住環境が変わってくるらしい。火属性を選べばダンジョン内の気温が高くなり、火属性の魔物が住み易くなる。ステータスが強化されるだけでなく、召還コストも安くなる。更に火に関連する罠や施設の設置DPが抑えられるそうだ。逆に水属性の魔物や施設を設置しようとするとコストも上がってしまう。
「迷うなぁ……」
無属性は可もなく不可もなく無難な所だが、それだと少しつまらない。ここは土属性としておく。土属性は魔法に弱く物理に強いモンスターが多く、また物理系の中でも素早さや器用さよりもパワーや耐久性に優れた魔物が増える傾向にあるらしい。
続いては<主力>である。ここで選択した種族がダンジョンの主力部隊となるそうだ。召還コストが半分になり、戦闘能力も強化されるらしい。
<洞窟>かつ<土属性>である<迷路の迷宮>と相性の良い種族を候補に挙げる。すると<蟲>、<鬼>、<土塊>、<粘液>の四種類となった。
蟲族は蟻やミミズ、ムカデ、クモなどが魔物化したモンスターが向いているみたいだ。鬼族は食人鬼だけでなくゴブリンやオークといったファンタジー世界ではお馴染みの雑魚モンスターの事を指す。確かに奴等は洞窟に住んでいるイメージがある。次に土塊はゴーレムやパペットなどの無機物系モンスターが候補になる。粘液はスライムや触手系、エロゲーRPGの世界観である。
「これかなぁ……」
選んだのは<粘液>だった。別にエロゲーを目指している訳ではなく絡め手っぽい感じが気に入ったのである。まあ、残る種族についてもダンジョン自体と相性がいい事もあり、召還コストやステータス面にも補正が入るようだ。
基本設定はこれで終わり。残りの<位置>と<特徴>は後回しでいいそうである。
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この設定でよろしいですか?
メイズ・メイズ
テーマ:迷路 タイプ:洞窟
属性 :土 主力 :粘液
位置 :未定 特徴 :未定
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ヒロトはもう一度見直してから『はい』を選択するのだった。