新年の抱負
「おめでとう御座います、ヒロト様。大活躍ですね」
「いや、まあ……ありがとうございます」
玉座の間、ディアの祝辞にヒロトは曖昧な笑みで答えた。
討伐部隊の出立から数日ほど経ったある日、彼らが魔物の群れを一つ、壊滅させたという報せが届いた。
曰く、王国南部にあった町が魔物の群れに囲まれて壊滅寸前となっていた所に颯爽とやってきたかと思えば銀色の馬車で敵陣奥深くへ突っ込み、そこから飛び出した剣士達により瞬く間に魔物の群れを壊滅させたそうだ。
そして凱旋。町を救ってくれた英雄の姿を一目見ようと住人が近寄れば一見幼いとさえ言えるような武装した子供達の姿であったという。
群れのボスらしき魔物を切り刻んだ黒髪の少年剣士は自らを<メイズ抜刀隊>と名乗った。
「我等、王国を憂う大賢者メイズ様により遣わされた剣也。この混沌を切り裂くため凡ゆる脅威を屠殺しよう」
そんな口上を述べたそうな。
謝礼金の一つも受け取らず、感謝の宴さえ固辞して「民が救いを求めている」とか何とか言って馬車に乗って去っていったという。
――ルーク君、君もか。
ヒロトは軽く鳥肌を立てつつ戦慄した。しかしその場に居合わせた町の住人には大変に好評だったようだ。そもそも様々な物語が溢れる世界に居たヒロトだからぞわっとしたのであって、ガイアにおいては使い古された陳腐な台詞ではなかったのだろう。
これは英雄譚以外の何物でもないのである。
「参ったね、こりゃ」
ルーク達からの報告では戦況の推移や結果だけが簡単に書かれていただけだった。ヒロトが事を知ったのは、大賢者メイズ氏に感謝した町長さんがわざわざ早馬を使って感状を届けてくれたからである。
「けど、まあ誰も死ななかっただけ良かったかな……」
「ええ、しかもこの堂々たる態度です。ヒロト様……大賢者メイズの名声は大きく高まった事でしょう。王国は今後、ヒロト様に余計な干渉をしにくくなるはずです」
ヒロトとしてはもうちょっと大人しめにやって欲しかったのだが、覆水盆に返らずである。
「なら仕方ないか。息抜きに遊びに行こうかな。ディアさんも一緒にどうですか?」
最近のヒロトはダンジョン運営であまりやる事がない。
ダンジョン拡張のほうはレベル八の上限である八階層まで迷路で埋め尽くしてしまっており変更できない。奴隷の奴隷によるDP・経験値獲得は今も続けられている。かなりの数のシルバースライムが待機部屋に溜まっているがそれは仕方ない。
シルバースライムの通常ドロップである銀塊を使った武器の製造は完全にドワーフに任せており手が出せない。
作った武具の販売は元商人の知識奴隷やジャックに丸投げしてしまっている。
ダンジョンメニューの掲示板機能で暇を潰す日々だ。最近は有志が立てた小説記事を探し読んでは無聊を慰めている。
「申し訳ありませんが、今日は少し忙しいのです」
「そっか、残念」
「大丈夫、主様、私が代わりにデートしてあげる」
影から出てきたクロエが慰めてくる。
「すいませんが、話の腰を折らないでください」
ディアから冷たい視線を向けられ、怯えたように影に隠れてしまう。詳しくは知らされていないが、二人には最近ちょっとした因縁が生まれたらしい。仲良くして欲しいものである。
「本日は迷宮神様から贈られた品を届けに参りました」
「ん? 何か感謝されるような事しましたっけ?」
ディアは首を振ると、嫌そうに賞状を広げた。
「<迷路の迷宮>殿。
貴殿は本年殿ダンジョンランキングで九〇位の好成績を修めました。
よってその功績を称えると共に、貴ダンジョンの今後いっそうの発展を願います。
ダンジョン歴一年一月吉日 迷宮神ラビリンス……おめでとうございます」
大層立派な羊皮紙に子供っぽい丸文字で書かれた書状をぐいっと押し付――もとい、渡される。
「あ、ありがとうございます……?」
反射的に頭を下げて両手で受け取ったヒロトは疑問系で返した。だから何なの? といった気持ちで一杯であった。
更にミスリルで出来たド派手な額縁を贈られ、どこに置くかで悩まされる。
――やばい、正直、要らない……
額縁は鋳潰してナイフにでも加工してしまったほうがよほど役に立つ気がする。
「……ちなみにですが、この賞状と額縁はセットのマジックアイテムになっています。これをコアルームに飾っておくと地脈からのDP供給量が増えるようです……置き方や置く場所を工夫し、目立つようにすると……更にボーナスが付くそうで……」
「くそったれ、どうやってもコレを飾らせる気か!」
ヒロトは憤りながらも賞状を額縁に入れると玉座の上に掛ける。普段の視界さえ入らなければいいと割り切るしかなかった。
「はぁ、何だかこれだけで疲れてしまった」
誘拐犯から感謝状なんて渡されても何も嬉しくない。ディアから申し訳なさそうな視線を向けられるのが何だか悲しかった。
「あとは――」
「え、まだあるの?」
「粗品です」
「何だ粗品か」
身構えていた所に渡されたのは小さな箱に入ったチケットだった。
「ええ、賞状や額縁よりもむしろこちらのほうがメインの品となりますね」
――そんなんでいいのか、迷宮神よ。
思わず突っ込んでしまうが、そのチケットを見ればメインの品と言われた理由がすぐに分かった。
「<レアガチャチケット>が一枚に<原初の渦>が一つ。後は……<眷属任命チケット>? ディアさん、この眷属任命チケットってなんですかね?」
「眷属任命チケットは配下モンスターを眷属に任命する権利ですね。ダンジョンマスターをサポートするサブマスター的な存在になります。眷属に選ばれるとダンジョンレベルに合わせてステータスが向上し、更に一部のダンジョン操作が可能となります」
「つまり玉座を留守にしていても面倒を見ていてくれる人が出来ると?」
「知性がある種族を選べば可能でしょう。眷属はダンジョンマスターと同じく不老の存在となります。もちろん不死ではありませんので殺されれば死にますが、生物として絶対に起こり得るはずの寿命や老衰といった制約から解き放たれます」
「へえ、便利なものだね」
「はい、入賞者以外は<眷属任命チケット>一枚しか貰えませんから、かなり厚遇されていると思って良いでしょう」
「レアガチャチケットに原初の渦だもんね……早速使ってみようかな……」
戦闘向きの強力なモンスターを引く事が出来ればダンジョンの一般公開だって出来るかも知れない。
「主様主様、まずはお庭番の筆頭たる私を眷属にすべき」
幸せな未来を妄想していたヒロトだが、クロエが袖を引いた事で現実に引き戻される。
「眷属はまだいらないかな」
<迷路の迷宮>はヒロトが手を出さなくても上手く回っている。各部署の管理者から上がる報告を聞き、方針を指示するだけである。お手伝いなんて必要ない。むしろ暇を持て余しているくらいなのでむしろ仕事を取らないで欲しいくらいである。
「あとは幾つか重要なお話があります。少し長くなりますが、よろしいでしょうか」
「じゃあ、リビングで聞くよ。クロエ、お茶とケーキをお願いね」
ディアは無表情だったが、硬く結ばれた口元がピクピクしているので実は嬉しいのだろうと思う。
「それじゃあまるでパシリみたい」
「分かった分かった。三人分、用意してくれるかな」
「やった、主様大好き!」
尻尾をご機嫌に揺らしながらクロエがキッチンへ走っていった。
暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる。
そのタイミングにあわせるかのようにディアはガータベルトで隠された長い足を組み替えた。
ヒロトは姿勢が前かがみになりそうになったが、隣に座るクロエが妙な殺気を漂わせているのに気付いて慌てて平静を装った。
――無自覚な美人って困るな。
ディアは恐らく形から入るタイプなのだろう。ダンジョンマスター達のサポート役として社長秘書なイメージしてこの服装を選んだのだのだと思う。
その選択は間違っていないけど並み外れた美貌とプロポーションの彼女がそんな際どい格好をすれば、男共がどう思うか。そこいらへんは全く考えていないに違いない。
「まず他のダンジョンについてです。二年目に入ったタイミングでこれまで攻略されてしまったダンジョンが補充されました」
「一〇〇〇個のダンジョンを常に維持するつもりなんだね」
ディアが頷く。この一年間で冒険者に見つかり、攻略されてしまったダンジョンは意外と多い。三〇〇個のダンジョンが攻略されており、半数以上は開通から三ヶ月以内に攻略されてしまったらしい。
ーーつまり、三〇〇人以上が死んだんだ。
背筋を冷たい汗が伝う。原因はスタンピード祭りのせいだろう。祭りが沈静化した後、各国はダンジョンの攻略に力を入れた。出入り口の捜索し、再びダンジョンが力を溜め込む前に軍の精鋭部隊や名の売れた一流冒険者達を派遣した。
その結果、多くのダンジョンが見つかり、ほとんどがコアを奪われるか破壊されてしまったようだ。生まれたてのダンジョンに精鋭部隊を派遣すればこうなる事は自明の理であった。
考えなしにスタンピード祭りに参加し、出入口を知られたダンジョンはある意味は自業自得だったが、一番可哀想なのは祭りに参加しなかったダンジョンマスター達であろう。
進攻で大量のDPを手に入れたダンジョンなら各国の精鋭を受け入れ、弾き返す術もあったが、初期ポイントである一〇〇DP程度では精鋭部隊を迎え撃つなんて出来ようはずもない。結果、巻き込まれたダンジョンは為す術もなく攻略されてしまったのである。
ディアの担当するダンジョンでも幾つか攻略されてしまっているそうだ。
「第二陣は初期ポイントを増やすなどしていますが……果たして上手く行くでしょうか」
ディアは心配そうに呟いた。彼女は今でこそ迷宮神の使いになっているが、元々は下級神である。善性の神々であり、異世界から強制的に連れて来られて無理矢理に戦わさせられているダンジョンマスター達にひどく同情していた。
「僕も先輩として何とかしてあげたいけど……」
「あまり目立つ真似はしないほうがいいでしょうね」
<迷路の迷宮>では奴隷に奴隷の所有権を譲り、間接支配した奴隷をダンジョンに進入させる事でDPや経験値を稼ぎ出している。システムの不備を突いた裏ワザであり、運用本部に見つかればすぐさま仕様変更が入る事は間違いない。
ヒロトが後続ダンジョンに接触し、支援するような真似をすればいつかはシステム管理者の目に留まり、奴隷の奴隷に気付いてしまうかも知れない。
ダンジョン運営の肝は侵入者から齎されるDPと経験値だ。DPがなければダンジョンは何も出来ないし、経験値を得られなければレベルは上がらず強い魔物や新しい施設を設置出来ない。
ヒロトは弱い。誰かを助けてやれるほどの余裕はない。王都に住まう冒険者や精鋭部隊をまとめて退けられるほど強くはないのだ。
「強くなりたいな。あらゆる困難を跳ね除けられるだけの圧倒的な力が欲しい。その力でもって他のダンジョンマスターだけでなく、ガイアに住まう全ての人を救ってやりたい」
それは神の御業だと言いかけたディアは一つ息を吐くと優しく笑った。
「貴方なら大丈夫です」
「いや、自分で言っといてあれだけど無理だと思うな」
「私も微力ながらサポートしますから。一緒に頑張りましょう」
「……ありがとう、ディアさん。頑張るよ。いつかあのいけ好かない迷宮神の横っ面を引っ叩いてやる」
ヒロトが冗談めかして言うと、ディアが楽しげに笑う。
「流石は主様。神々に喧嘩を売ろうなんて普通は考えない」
クロエは目を輝かせる。どうやら真に受けてしまったらしい。
「まあ、何百年かかるか分からないけどね」
今更訂正する訳にもいかず、ヒロトは頬を掻きつつ微苦笑するのだった。




