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迷路を広げよう

「サイズは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫じゃが……お前さん、恐くないのか?」

 革鎧にミスリルの剣を刷いたウォルターが尋ねてくる。場所はヒロトの屋敷。奴隷達の衣服や武器庫となっている地下室で装備を整えさせたのだ。


「何がです?」

「いや、お前さんも見ただろう……このワシがジャックを殺しかけた所を」

「殺そうとしてないじゃないですか」

 ジャックの首を絞めた時も、クロエを蹴り上げた時も殺気は放っても殺意は抱いていなかった。


 殺気と殺意というものは違う。殺気とは俺はお前を殺せるぞ、殺してやろうかという気迫である。しかし殺意は違う。必ず殺してやるという誓いである。


 その辺の違いは大きい。元々、他人の害意に敏感だったヒロトは、ダンジョンマスターになる事によっていつしかその違いを明確に嗅ぎ分けられるようになっていた。


「ウォルターさんだって嫌でしょ? 特に殺したくもない相手を殺して死ぬなんて」

「まあ、確かに」

 ヒロトの最もな意見にウォルターは首肯する。ウォルターは確かにヒロトを殺せるかも知れないが、しかしそうなればウォルターについた奴隷紋が彼の命を吹き飛ばす。そしてヒロトが死ねばルークやクロエといった奴隷達も死ぬ。自分を殺してでも、善良な奴隷達を巻き添えにしてでも殺してやると思われない限り、ヒロトが殺される事はない。


「……大した肝じゃな」

「いや、奴隷紋の痛みに耐えられる人に言われてもねぇ」

 ヒロトは薄く笑った。無防備に手元の書類に目を落としている。試しにウォルターが殺気を放ってみるものの気付いただけで何の反応も示さなかった。これでは面白くない。


 ヒロトの住まいである三等区のお屋敷を隅々まで案内した。奴隷達を集めて紹介しつつ、共同生活をする上でのルールを教え、更に屋敷に関する秘密の遵守を誓わせる。


 屋敷に居たのは妙な力を持った子供ばかりだ。鋭く力強くあどけない動作はウォルターからすれば物凄い違和感を覚えるようだ。


「じゃあ、早速働いてもらいますね」

「ふむ、この老骨に出来る事なぞ敵を縊り殺すぐらいしかないぞ?」

 この屋敷において自分の出来る事は何もなさそうに思う。ウォルターは生粋の戦士であり、それ以外の事は何も出来ない。村の運営だって冒険者時代に知り合った商人に知恵を貸してもらい、何とか回してきたようなものである。


 住む者を見る限り、軍隊が押し寄せでもしない限り落とす事は出来なさそうに思う。二〇名を超える奴隷の全員が全員星付きの冒険者クラスの実力がある。


「あはは、大丈夫。を縊り殺すだけの仕事ですから」

 ヒロトは言ってウォルターを主寝室に招いた。そのままクローゼットを開け、衣服を退ける。


「……これは、ダンジョンか?」

「はい、のダンジョンです」

 眼を見開くウォルターに、ヒロトはにっこりと笑って答えるのだった。







『貴様ーッ! 老人を少しは労わらんか――!?』

「それくらい元気があるならまだまだ大丈夫ですねー」

 モニター越しに聞こえてくる悪罵にヒロトは笑って返した。


『老人虐待じゃー! このワシを過労死させるつもりか!!』

 魔物部屋に設置された一〇個の渦が一斉にシルバースライムを吐き出す。シルバースライム達は老人の周りを高速で周回し、上下左右あらゆる方向から攻撃を仕掛けた。


『くそ――ぬんッ!』

 ウォルターは前方にダッシュすると剣を一閃させた。前方から迫っていた二匹のスライムが倒れた。そのまま振り返らずに背面切り、更に一匹が断ち切られる。そのまま独楽のように回転し、切断。切断。切断切断切断。五分も掛からず全ての魔物を倒し切る。


「お、出た出た。ルー君よろしく!」

『はい、ご主人様マスター!』

 ルーク達がダンジョン内を走り回り、ドロップアイテムである<疾風剣フェザーダンス>や通常ドロップである<銀塊>を回収する。


「それじゃあ次投入しまーす」

 ヒロトはルークが部屋の隅に移動したのを確認するやいなや、メニュー上にある<待機部屋>から一〇匹のシルバースライムを選択してドラッグ&ドロップする


 無理矢理戦闘を開始させた。


「次行ってみよー」

『じゃからペースが早いって! 少しは休ませーい!』

 主人の無茶振りに悪態を付くウォルターだったが、その声はやけに明るくダンジョンに響いた。






「かれこれ八時間休みなしですか……鬼ですね……」

 ディアが呆れたように言う。


 現在、<迷路の迷宮>ではこれまで三個の<シルバースライムの渦>を運用していた。魔物部屋に設置された渦は三〇分に一匹のペースでモンスターを生み出すため一日に一四四匹ものシルバースライムを狩る必要がある。


 そのため奴隷達を三班に分けて一日八時間の三交替制を取り、二四時間三六五日休みなく狩らせていた。しかし戦闘能力こそ低いが、恐ろしく素早いこの魔物を狩るにはどう考えても戦力が不足しており、これ以上の増産は不可能と判断していた。しかも今は最古参であるクロエがジャックの護衛兼監視に付いているため三個でも処理しきれない。


『はぁ、はぁ……どうじゃ、見たか、クソガキめ……』

 しかし竜殺しにして剣聖と呼ばれたウォルターが加入する事で状況は一変した。彼がその気になればシルバースライムも周囲を這い回るだけの獲物に他ならない。


 そこでヒロトは現在持っているDP全てを使って<シルバースライムの渦>を増産した。これまで通り、出張中のクロエを除いたルーク班とキール班で子供達を率いてもらって倒し切れなかった何百匹という魔物を全てウォルター一人に押し付け――もといお願いする事にしたのだ。


 いくら恐ろしく強くとも休憩だって必要なわけで待機部屋に送った在庫まものを処理し切るにはどうしたって八時間以上も掛かってしまうのだ。


『このクソマスターが……弱った老人をこき使いおって』

「あはは、そんなに働くのが嫌ならさっさと子供達を育ててくださいね」

『このガキ、まだ働かせるか!』

『師父、抑えてください。ご主人様、部屋にいいお酒用意してくれてるみたいですから』

 悪態を付くウォルターを必死で宥めるルーク。向上心に溢れた少年は老人の腕前を見てすぐさま敬服し、師父と呼び慕っては剣術を教えてもらっている。おかげでただでさえ早かった成長スピードが更に加速し、置いていかれたキールや他の子供達も焦って教えを乞うようになっていった。


『騙されるな、ルーク。奴の事じゃ、お主等だけで倒せるようになったら更に渦を増やすに違いない……まあ、酒の事は感謝しよう……』


「あは、バレちゃいましたね」

「私には時々、ヒロト様が恐ろしく思える時があります」

 ディアの呆れた顔を横目にヒロトはくつくつと笑う。


 フェザーダンスの売れ行きは好調だし、奴隷達が成長してくれたおかげでDPや経験値も日に日に増えてきている。


 全てがうまく回っている。ヒロトは玉座の上でダンジョンマップを広げる。


 ――さあ、迷路を広げよう。

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