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商戦

「いやぁ、残念でしたな、ヒロト様」

「ええ、本当に参りました」

「仕方がありませんよ、相手はあのサンドリオン将軍ですから」

 帰りの馬車に乗り込みながらジャック氏と白々しい会話をする。曰く競売相手のあの男はオルランド王国軍の左将軍とのことである。総勢二〇万もの兵を擁する大国の中でも五指に入る権力者なんだそうだ。


「剣一本にごお――五〇〇〇〇ガリアか、それなら戦闘奴隷一〇人買った方がよっぽどよさそうな気がするけど」

「私もそう思います。しかし今回はどちらかというと箔付けのためらしいですから、金に糸目はつけなかったのでしょう」

「どういう事ですか?」

 そんな話は聞いていないとディアが詰問する。


「まあ、いずれ分かりますよ」

 しかし、ジャックは楽しげに笑うだけだ。落札価格が五〇〇〇〇ガリア、出品料を差し引いても四五〇〇〇ガリアが販売価格となる。手数料だけで四五〇〇ガリアもの大金をたった一晩で稼いでしまったわけだから笑いが止まらないだろう。


「さあ、これから稼ぎますよ」

 ジャックの瞳は爛々と輝せて言うのだった。





 いつもの如く朝早くからディアが訪れた。一緒に朝食を食べる。その後は恒例になっているダンジョン運営についての議論だ。


「やはり渦は増産していくべきではないでしょうか。奴隷達の成長は収益に直結しますし、多くのシルバースライムを狩る事でフェザーダンスも手に入ります」

「でもさ、管理しきれないよ」

 今は<シルバースライムの渦>を増やすべきでは? という内容だ。現在奴隷の数は一八名。シルバースライムは戦闘能力こそ低いが、逃げ足あるいは生存能力についていえばトップクラスに入る魔物だ。


 その分、討伐は難しい。撤退できない魔物部屋でありながら超高速で床を這いずり回り、壁を蹴り、天井まで使って逃げ捲くる。その速さは常軌を逸しており、攻撃を当てるのは至難の業なのだ。コンスタントに倒す事が出来る者はルークとキール、クロエの古参三人組だけである。


 三人をリーダーとしてパーティを組ませる事で経験値を与えているだけで、残りの新参組はほとんど役に立っていないのが現状だ。彼等はレベルアップによって身体能力こそ上がったが、それを使いこなすだけの技量がない。スポーツカーの運転席に若葉マークの初心者を乗せているようなもので身体能力を活かしきれていないのだ。今も古参組が訓練を付けてはいるが、技術ばかりは一朝一夕で身に付くものではない。古参組に追いつくのは半年もしかしたら一年以上かかるのではないかとヒロト達は見ている。


「みんなルーク君みたいならよかったのにね」

「彼は特別です。もしも制限がなければ<加護>を与えていたところでした」

 この世界には特別な才を持って生まれる人間がいる。ディアの鑑定眼によるとルークには類稀なる剣の才能があるらしい。機会さえ与えられていれば英雄や勇者と呼ばれる存在になってもおかしくないそうだ。


「いずれにせよ、今すぐには増産出来ないね。ただでさえルーク君とキールには大変な苦労をかけているんだ」

 古参組の一人、黒豹族のクロエはジャックの護衛――という名の監視――に付いている。シルバースライムを倒せるのが実質二人になってしまっており、ヘビーローテーションで討伐に当たって貰っているのだ。渦を増やしたところで魔物のリポップ速度に殲滅速度が追いつかない。


「待機部屋に置いておけばよいのです」

「維持コストが馬鹿にならないよ」

 シルバースライムは腐ってもレアモンスターである。召喚コストは高く、比例して維持コストもかかってくる。一匹二匹ならともかく何十何百と溜まっていったら維持コストだけで破産しかねない。現在は何とか生まれた瞬間に倒せているのでプラスだが、これ以上討伐速度は上げられない。


「戦闘技術を持つ奴隷を増やせばいいのです。ジャック様に頼めば何とかしてくれるでしょう」

「でも、今は高いしなぁ……」

 ダンジョン進攻によって戦闘奴隷の需要は高まっている。幾ら疾風剣フェザーダンスが高く売れるからといって無駄遣いしていいというものではない。


「いずれフェザーダンスの需要も満たされるだろうし」

 ダンジョンの運営方針は細く長くである。今はバブルのようなもの。一時の需要に踊らされてはいけない。継続的に収益を上げていくための方針が必要だった。


「その頃にはダンジョンを公開出来るだけの力を手に入れられるでしょう」

「でも公開はしたくないしなぁ。まあ、とりあえず、ジャックさんに相談してみようかな」

 蛇の道は蛇に聞く。危険な裏社会を長年に渡り生き抜いてきた大先輩に相談する事にした。




「五〇〇〇〇だ、五〇〇〇〇出す! だから売ってくれ!」

「じゃあ俺は五一〇〇〇出すぞ!」

「なに?」

「やるのか?」

 いつもの如く、ジャックの店に窺えばそこには新しい人垣が出来ていた。


 店頭には青白い光を放つ一振りの魔剣が飾られている。


「皆様、落ち着いてください。当店では今後もフェザーダンスを入手出来ます。まずはこの紙にお名前、ご住所と購入金額を記載下さい。入手次第、高い値段を付けてくれた方からお譲りしますから」

 番頭らしき男性が声を張り上げる。


「おい、番頭。この俺に売れ、俺はラクトハウス男爵家の者だぞ!」

「ふざけるな、男爵風情が。こちらはジール子爵の使いだぞ!」

「ええい、使用人では話にならん、店主を出せ! 店主を!」

 客からは不満の声が上がるが、嫌なら買わなくてもよいと強気の発言をすれば皆、渋々と従った。


 店頭には掲げられたボードには次々と紙が張られていく。隣の男が五〇〇〇〇と書けばその隣は五一〇〇〇と書く。買い手側がまるで競い合うように購入価格を勝手に高めていく。


「どうやらフェザーダンスの公開入札を店頭で行っているみたいですね」

「上手いなぁ、流石ジャックさんだよ」

 入札期限は本日中。入手本数は明かさずに高い値段を付けてくれた人から販売するという。こうなると買い手は予算ギリギリまで高値をつけなければならない。


「それにしたってこの人気は異常では?」

「多分、これから説明があるんだろうけど……あ、気が付いたみたい」

 裏口から顔を出したジャックが身振り手振りで裏から回るようにと指示してきた。それ従って二人は裏手から入店する。


 奴隷給仕に応接間に通され、お茶とケーキで歓待を受ける。


「申し訳ありません、主人は今、やんごとないお方とお話をしておりまして。しばらくお待ちいただけますか?」


 給仕の言葉に承諾して、ジャック氏を待つ。主人が到着するまでの間にディアはケーキを三回もお替りしていた。口の端に付いたクリームを見て相変わらずだなとヒロトは思った。





「いやぁ、お待たせして申し訳ありません」

 満面の笑みでジャックが言う。


「いい取引が出来たみたいですね」

「ええ、今日は人生最良の日ですよ」

 ジャックはそう言ってテーブルの上にミスリル貨を積み上げていった。


「ウェルマー侯爵家に二本、グッレグ伯爵家に一本、ヴィンランド伯爵家にも一本。その他、王都の大物貴族達に八本も売り捌く事が出来ましたよ……それぞれ一〇〇〇〇〇ガリアです」

「――ッ!?」

 ヒロトが息を飲む。慌てて金貨の山を数えてみれば売上げの一割を引いた七二〇〇〇〇ガイアがあった。


「一体どんな手品を使ったのですか……元は二〇〇〇〇ガイアだったものが、先日は五〇〇〇〇ガイアとなり、そして今日は一〇〇〇〇〇ガイアなど……」

 ディアが信じられないといった風に首を振る。ヒロト的には未だに口の端っこに残ったクリームに気付かない事のほうが信じられない。


「実はですね、昨晩フェザーダンスを購入されていた方なのですが、王宮の使いだったのです」

 突然、何の前触れもなく始まったダンジョンの一斉蜂起に王宮は揺れた。状況把握さえままならない中、軍に出兵の準備をさせた。


 しかし麦や塩、干し肉といった保存食を一部商人達――ヒロトを含む――に買占められておりり、難航しているのだという。このまま手をこまねいていては魔物の軍勢に国中を蹂躙されてしまう。


 そこで彼等は一つの作戦を立てた。王都から王家直属の部隊を先遣隊として出発させ、その権威で持って地方領主達が保有する私設兵団を吸収し、更には糧食の供出までさせるというものだ。それならば糧食がなくても出発可能だし、兵数もそれなりに確保出来る。荷物がない分、行軍速度も上げられるだろう。


 そして先遣隊によって魔物の軍勢を足留めし、しっかりと準備を終えた本隊でもって逆撃する作戦のようだ。


 先遣隊の動きは今後の戦局を左右する非常に重要なものとなる。まず優れた知略や並外れた武勇が必要だが、その辺は問題ない。先遣隊は王国が誇る精鋭、近衛兵団に任せるつもりだからだ。


 重要なのは指揮官の<格>である。領主達に膝を付かせ、兵や食料を差し出させるほどの圧倒的な権威が必要だ。大貴族さえも従わざるを得ないとなればそれこそ王に準ずる位が必要であった。残念な事に国王陛下は老齢。そこで白羽の矢が立ったのが、後継者たる王太子殿下である。


 次期国王ともなればその格は十分すぎる。ちょうど王位継承も囁かれるタイミングだったらしく、王太子殿下も立候補したそうである。剛勇でもって大陸に覇を唱えた国王に比べ、王太子殿下はあまりぱっとしない。堅実だが面白みがないと言われているそうだ。王位継承を確実にする事も考えればこの辺で一つ大きな実績が欲しいところでもあったのだ。


 次期国王に万が一があってはならない。王太子殿下は政務ではそれなりに優秀だったが、剣の実力は齧った程度でしかない。そこで王宮では強力な宝具、伝説級の装備を身に付けさせる事で殿下の安全を確保しようとした。


 大国オルランド王国の王宮ともなれば出入りする商人は数知れず。しかも皆が皆、その業界では名の売れた大店ばかりであった。そういった連中に一声掛ければすぐさま名品珍品は集まるだろう。


「しかし強い武器、魔力の篭った武器というのは大概が異常に重かったり、使用者の魔力を使ったり、稀に暴走したりと色々と制約があるものでして」

 身の丈に合わない強すぎる武器は不幸な事故にもつながりかねない。そこで王宮は使いを出し、王太子殿下が身に付けるに足り得る<格>とそれでいて強く丈夫で危険度の少ない武器を求めた。


「その点、フェザーダンスは魔剣としても名が売れていますし、軽くて丈夫、さらに使用者に<加速>の加護を与えるだけですから危険はほとんどありません」

 そんなせいもあって王宮の使者がわざわざオークション会場まで足を運び、相場の倍以上の値段で持って購入していったのだ。


「宝物の相場などあってないようなモノです。この国において最高権力たる王宮がその価値を示したのですから異を唱えよう者などいるはずもありません」

 これによって<疾風剣フェザーダンス>は五〇〇〇〇ガリアという定価を付けられた。


「そして最大の幸運は出陣式の最中、国王陛下から王太子殿下にフェザーダンスを下賜された事にあります」

 国王陛下が愛する後継者に託すに足る名品だと認めるような出来事だったわけである。これにより王都ではフェザーダンスフィーバーが始まった。商人など呼び寄せるのが普通の大物貴族達でさえわざわざ使いを走らせ、買い求めるほどの人気商品となったのだ。


「ヒロト様、こんな好機は二度とありません! フェザーダンスが手に入り次第、すぐに持ってきてください! その全てを一〇〇〇〇〇ガリア以上で販売してみせましょう!」

「あ、はい……分かりました、ちょっとだけ待っててください……」

 テーブルに身を乗り出しながら目を血走せる奴隷商人の迫力に飲まれたヒロトは、宝物庫に残っていた在庫を全て渡してしまうのだった。


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