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恒例行事

 ガイアの人々にとって、年末年始は祝うというより、むしろ呪われた時期となっている。<クリスマス大作戦>と<初日の出暴走>。毎年恒例となった一斉スタンピードイベントの対応に各国は大忙しだ。


 人類はただ生き残るために、戦っている。


 相手は魔物だ。大金が得られるわけでもなければ、国土を広げられるわけでもない。倒したところで得られるのは僅かな名誉と、魔石や素材といったドロップアイテムだけである。


 度重なるスタンピードによって魔物由来の素材は、市場ではだぶつき気味で、市場価格はどんどんと値下がりしている。


 そんな魔物素材を買い支えているのは、ガイア各国の政府を中心とした公的機関である。彼らは利益度外視で集めた魔物素材を武具や回復薬に作り替え、格安で市場に流していた。


 国を挙げて冒険者たちを支援し、人類全体の防衛力を上げ、治安を回復させるのが狙いだった。冒険者たちに金を集め、派手に使わせることで、商人や職人たちにも金が回るようになった。


 何とか経済の崩壊だけは免れた。しかし、先の見えないダンジョンとの戦いに、徐々に疲れが見え始めているのは紛れもない事実だった。


 それでも人類が戦い続けられていたのは、もしかしたら吟遊詩人たちが作り出す様々な英雄譚のおかげなのかもしれなかった。


 暗闇を明るく照らす、希望に溢れた言葉の数々を、ガイアの人々は求めているのだ。


 そんな王都の酒場では今日も一人の吟遊詩人が、リュートを奏でながら朗々たる声で希望を歌う。


 もちろん、題材は王国で一番人気があり、最も話題に事欠かない――先日、新たな逸話を提供したばかりの――戦闘集団である。




 暗黒の世に、生まれては消える希望の星。

 その中でも一等、輝いて見えるのは誰だろうか。


 彼らは魔物を殺しに往く、

 大賢者に認められた勇者たちが、


 彼らは魔物を屠りに往く、

 一騎当千の強者たちが、


 彼らは魔物の喰らいに往く、

 凶悪なモンスターさえも従えて、


 魔物の群れを潰しに往く、

 時に、天空さえも飛び越えて――


 *


 その日、ダンジョン<迷路の迷宮>の戦闘部隊<メイズ抜刀隊>の面々は、毎年恒例となっている<スタンピード狩り>に出かけるべく広場に集っていた。


「これより、ご主人様よりお言葉を賜る! 総員、傾注せよ!」

 キールが声を掛けると、総勢一〇〇〇名からなる少年少女が一斉に姿勢を正した。


 ――この行事、どうにかならないかなぁ……。


「お疲れ様です、みんな」

 ヒロトは苦笑いを浮かべながら「休め」と続けた。注目を集めるのは好みじゃない。集まっているのが気心の知れた子供たちじゃなく、王都の人々であったならダンジョンへ逃げ帰っているところだ。


「マスター、続きをお願いします」

 抜刀隊の指揮官の一人、眷属であるルークが真剣な表情で追い詰めてくる。


 ヒロトは、う”っと唸りつつ用意していた挨拶を読み上げていく。


 無理はするな、危なかったら逃げろ、ご飯はちゃんと食べろ、よく噛め、腹を出して寝るな、そんな言葉ばかりが続いている。


 それは三度目となる気の抜けた激励の言葉で――しかも毎度のように同じような文面――だったが、子供たちはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


 王国の人々は口々に大賢者メイズ氏や抜刀隊のことを王国の希望だの、真の愛国者だの、勇者の集団だのとほめそやすが、蓋を開けてみればこんなものだ。優しくて時々ちょっぴり情けない感じになる青年と、彼を父と慕う子供たちの集まりでしかない。


「――だから、みんな、絶対に生きて帰って来てください」

「任せといてよ! ご主人様!」

「絶対に頑張るから!」

「やるぞー!!」

 それでも子供たちの声は溢れ返んばかりだった。


「……大将には、敵わんな」

「お人柄ですわね」

 士気が目に見えて向上している。メイズ抜刀隊の総指揮官キールの嬉しそうな言葉に、副官エリスが同意する。


 子供は言葉にしないだけで、大人たちが思っているより、ずっと理性的である。特に感性においては大人なんかより繊細で瑞々しく、何より鋭い。だからこそ上辺だけの言葉なんて絶対に届かない。


 必要なのは信頼関係で、自分たちを本当に愛してくれている人の言葉なら、どんな不細工な言葉でもきちんと受け止めてくれる。信頼する主が、心配していると言うのなら、それは紛れもない真実として受け止められる。


 子供たちは、ヒロトの奴隷だ。しかし、三年という短いようで子供たちにとっては十分に長い期間、大切に、大切に育まれてきた。


 だからヒロトはそこに居て、いつものように優しい言葉をかけるだけでよかった。


「あるいは、こんな信頼関係を結べることこそが、上に立つ者に最も必要な資質なのかも知れませんね」

 サポート担当であるディアは、子供たちの様子を見ながらそんな風に呟く。


 口元に生クリームを付けながら。


「ディア、カッコ悪い」

 居残り組であるクロエは、そんな様子を眺めてため息をついた。


 ダンジョン<迷路の迷宮>は今日も平和である。



 毎年恒例の出陣式が無事閉幕したその時、薄雲を切り裂くように巨大な物体が降りてくる。


「すごい、おっきい!」

「でっけー!」

「マスター、本当に来ましたよ!」

「ふ、不合理ですわ、なぜあんな物体が宙に……」

「エリス、大将のやることだ。いちいち考えるだけ無駄だぜ」


 初めて見る浮遊島の威容に、子供たちはおろか抜刀隊の指揮官たちですら瞠目していた。


 ダンジョン<俺を乗せて>。ヒロトが率いるギルド<宿り木の種>の古参メンバーにして、先日サブダンジョン化したゴロウ大佐が所有する天空の城型ダンジョンである。


 高度一万メートルという高さ――これはワイバーンやグリフォンのような高ランクの竜種や幻獣さえも到達できない高々度だ――を飛行可能なダンジョンであり、地上のあらゆる障害物を無視することが可能だ。


 飛行ルートはゴロウ大佐の思うまま。しかも二十四時間休むことなく、時速二〇〇キロの速度で巡航可能という優れ物。


 暗黒大陸中央部――三〇〇〇キロ以上離れた場所――にある<魔王城>までヒロトとケンゴを輸送してくれた。


 このダンジョンがなければ<魔王城>強襲など到底、不可能だった。つまり、迷宮神の思惑通り、ケンゴの妹であるマシロはコアを奪われ、殺されていたに違いない。


 もはやギルド<宿り木の種>には無くてはならない輸送手段といえるだろう。


「ご主人様、これ乗ったことあるんでしょ?」

「え、そうなの? 乗り心地どうだった!?」

「怖くなかった?」

「ふわっとした? あのお腹がふわっとするやつ、私嫌なの!」

 唯一の搭乗経験者でえあるヒロトが子供たちにもみくちゃにされていると、<俺も乗せて>から一〇〇頭ほどのモンスターが降りてくる。


 二ツ星級<ヒポグリフ>。<俺を乗せて>が召喚可能なレアモンスターだ。頭部と翼を持ち、馬の下半身を持つそのモンスターは人を乗せて騎乗できる貴重な飛行ユニットであった。


 その飛行モンスターの周囲を<俺を乗せて>に同居――元々は彼らが住んでいた浮遊島をダンジョンにしたのだ――ハーピー族が楽しそうに舞い踊り、高らかに歌っている。


 どこか幻想的な光景に、騒然としていた子供たちも徐々に落ち着きを取り戻していく。


「やあ、ギルマス。ご機嫌いかがかな?」

 ヒポグリフに跨ったゴロウは、護衛のハーピーたちを従え、颯爽と地上に降り立った。


「ありがとう、大分いいよ。それよりも今日からよろしくね」

「ははは、私に任せてくれたまえ」

 握手を交わし、ゴロウは連れてきたヒポグリフ達を整列させる。


「よし、ジャリ共。早速だが出発するぞ!」

 キールの合図で、子供たちが一斉に動き出した。恐れた様子もなく――何なら頭を撫でたり、声を掛けたり、抱き着いたりしながら――ヒポグリフの背に跨り始める。


 そして始まるピストン輸送。この飛行ユニットは天空の城へと隊員たちを招き入れる足である。


「何から何まで、本当に助かるよ」

「これも仕事さ。ま、さすがにこの子達でも、シルバーゴーレムまでは運べないがね」

 ヒポグリフの体長は四メートルほど。馬よりも遥かに大きく、そして力強かった。その輸送力は高く、完全武装した隊員たちを一度に四名も運ぶことが可能だった。


 更に部隊が使用する予備の装備や大量の矢玉、食料、医薬品、着替えなどの物資などを輸送するのも彼らの役目だ。大量の物資を背中に乗せているにも関わらず、軽々と宙を蹴り、重力を無視するかのように空へと舞い上がるあたり、流石は星付きのモンスターといえた。


 子供たちならびに物資の移動を終えた<俺を乗せて>は、そのまま飛び立って行った。


 ヒロトとクロエ、ディアの三人――いつものダンジョン留守組――は、その巨体が見えなくなるまで、見えなくなった後もずっと北の空を眺め続けていた。



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