一括修正
「申し訳ありません。昨日、重要な内容を伝え忘れておりました」
コアルームに到着するなり、ディアが頭を下げてくる。
「あ、おはようございます。コタツどうぞ」
「……はい、お邪魔します」
ディアはやや気まずそうにコタツに入った。
「仕様変更について、ですよね?」
「はい、やはり、お気づきになられましたか」
「ええ、流石にね。ケンゴ君が訓練していても、DPや経験値が入らなくなりましたから」
「すいません、本来であれば先にお伝えするのが筋だったと思うのですが……」
「あのお祭り騒ぎの中じゃどうしようもない。はい、主様、あーん」
クロエは、オレンジの皮を剥くと、ヒロトの口に放り込む。
ディアの眉が小さく動く。
「確かにね。昨日はひどかったですから、忘れても仕方ありません。それに、リーズさんやミルミルさんも忘れていたみたいですし」
「だからといって、間違えていい理由にはなりませんから」
ディアは生真面目に言い、姿勢を正した。
「改めて説明させて頂きます。先日、ダンジョンシステムの一部に変更が入りました。ヒロト様たちの言う<お泊り保育>は規制対象となり、今後、主従関係にあるダンジョンや、同一ギルドに所属するダンジョンモンスターを受け入れてもDPや経験値などは入らなくなります」
「ただ、モンスター自体のレベルは上がるみたいですね」
「ええ、個々のモンスターの成長はダンジョンシステムの管轄ではありませんから。管轄が違うため今後も規制されることはないでしょう」
ガイアの物理法則は、その概念ごとに担当する神々によって管理されている。
ダンジョンに関することであれば強力な権限を保有する迷宮神だが、担当外の事象についてはあまり関与できないのである。
ダンジョンの成長や取得できるDPについてはコントロールできるが、そこに所属するモンスターのレベルについては、戦神とその一派が管理する概念に当たるため、ダンジョンシステムで防ぐことは不可能なようだった。
「それはありがたいですけど……あれ、でもディアさんって戦神派じゃ……」
「はい、ですので変更依頼は私のほうで棄却しておきました」
いい笑顔でディアは答える。いらずらを成功させた子供のような笑みだ。
つまり、<お泊り保育>を継続してたところでダンジョンの収益には繋がらないが、<シルバースライム狩り>によるモンスター育成はこれまで通りというわけだ。
「例えば、ケンゴ君がギルドから抜けたら……」
「ええ、しばらくはダンジョンにDPや経験値が入ってくるでしょうね」
「なるほど、遠からず仕様変更が入る、と」
「ええ、かなり強引な手を使っても止めてくるでしょう。例えば特定のダンジョン同士の接触を防ぐといった例外処置が取られる可能性が高いかと」
つまり、システムの隙を突いて<お泊り保育>を継続しようとした場合、システム的にケンゴとの接触を妨害される可能性が高くなる。
「ありがとうございます。これまで通りで行きます」
「ええ、それがよろしいかと。他にも――」
今回のバグ修正はこれまでにない量で、合計十件もの修正が入っていた。
修正内容とその背景等を聞き出しているとそれだけで一時間近くかかってしまった。今回のバグ修正でヒロトたちに関わりのあるものとしては<卵待機>と呼ばれるバグ技も規制対象に入っていた。
これは<卵待機>は配下のモンスターが生んだ卵が還る直前に<待機部屋>に置いておくことで、実質的に維持DPをゼロにするというものだった。
元々、ショウ――<殲滅女王>を保有していた<ハニートラップ>――が使っていたバグ技でもあった。このシステムバグがあったために数万匹もの二ツ星級モンスター<殺戮蜂>を投入することができたのである。
「それにしても、今回はかなり多かったですね」
「ええ、<お泊り保育>を始め、既知の不具合を一斉に解消したのです」
「……ん、どういうこと?」
「どうやら迷宮神は修正プログラムだけを開発して、適用を見送っていたようなのです」
クロエが不思議そうに首を傾げる。直したならすぐに反映すればいいのに、なぜそれをしないのか分からなかったのだ。
「多分、自分に都合のいいバグだけを残しておいたんだよ」
例えば、昨年末に迷宮神が<魔王城>へ仕掛けた謀略は、ギルドバトルの結果によって<魔王城>または<王の剣>のダンジョンコアを奪い、自らの神格を上げることを目的とするものだった。
つまり、両ダンジョンのレベルが高ければ高いほど、その効果も高くなったのだ。そのため奴は<お泊り保育>という緊急性の高いバグ修正を遅らせていたのだ。
同じように、多くの戦力を維持コストなしで保持し続けられる<卵待機>も、目障りなダンジョンを、他のダンジョンに消させるには有効な手段であったのだろう。<迷路の迷宮>の対抗装置として<ハニートラップ>をあてがったように、いつか使おうと残しておいたに違いない。
「相変わらず、悪質」
「はい、その通りです。我々もその可能性が高いと考え、今のうちに未適用の修正プログラムを反映しておいたのです」
「あれに利用されるくらいなら、未然に防いでおいたほうが今後のためになるでしょうしね」
迷宮神の肉体は今、仮死状態のまま凍結されている。
下手に殺せば復活すると考え、氷の棺に閉じ込めたのだ。それを為したのは他ならぬヒロトたちであり、その封印はディアたち戦神派の神々によって厳重に管理されている。
しかし、迷宮神はガイア神族きってのトリックスターである。ヒロトたちでは想像も付かない手段によって復活を果たす可能性だってゼロではないのだ。
いくらダンジョンマスターにとって有効なバグ技であっても、迷宮神に悪用されるよりはマシだった。それに今回規制対象となったバグ技のほとんどが、発生条件の厳しい――言い換えれば一部のダンジョンしか使用できない――ものばかりであり、公平性に欠けるといった側面もあった。
「ご理解頂けて助かります」
ディアはそう、少し心苦しそうに答えるのだった。




