法王の策略
アルファエルが殺されると同時に法王セイヤは<降参>を押下した。そして生き残った彼女の子供達を待機エリアに移動させる。
このギルドバトルで<聖なるかな>は五ツ星級<大天使>と、その係累たる<混血天使>のほとんどを失った。壊滅といっていい被害であった。
「ふぅ、何とか間に合いましたね」
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■現在のスコア
宿り木の種 二八六九万Pt
闇の軍勢 五五〇七万Pt
聖なるかな 一二五〇万Pt
メラゾーマでもない 一〇三三万pt
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「いや、参りました。まさかアルファエルがこうも容易く破れるだなんて」
指揮所に佇む法王は言う。その穏やかな口調は常と変わらない。
「猊下! 落ち着いている場合ですか!」
「そうです、このままではギルドが空中分解しますぞ!」
眷属である聖騎士ランブリオンと枢機卿ロンデルモートが声を荒げる。
これでも比較的冷静な方なのだ。指揮所にいるギルドメンバー達は発狂寸前である。なにせ<聖なるかな>はこの年間王者決定戦のために五五〇〇万DPもの大金を投入していた。
絶対に勝てると踏んだからこそのこの投資だったのだ。その大金が一瞬にして消え去ったのだから、混乱するのも当たり前である。
「おや、おかしいですね。順位は三位じゃないですか? ギルド解散することはありませんよ」
幸いな事に自陣地内でアルファエルが死亡した事で設置コストの二五%にあたるポイント一二五〇万ポイントを手にする事が出来た。<メラゾーマでもない>が一〇三三万DPで降参している以上、順位は三位で確定している。
このままギルドバトルが終われば使用した費用の半分、二七五〇万DPを徴収されて終了だ。九〇〇〇万DP以上の大資本を持っており、ギルドは解散しない。それどころか、軽く資本を投入してやればすぐに三ツ星級ギルドに返り咲けるのだ。
「しかしギルドランクが下がったのですぞ!? ギルドメンバーの半数以上を追放しなければならなくなってしまった!」
ただし三ツ星級ギルドダンジョンの最低資本金額二五〇〇万DPは下回ってしまったので、一時的にギルドメンバーを外さざるを得ない状況にある。
それが大きな問題なのだ。
「別にすぐに入会してもらえばいいだけの事でしょう?」
しかし、法王はこともなげに言う。
「猊下、士気が最悪です。再加入に応じて貰えるとは、我輩には到底思えません。全員がギルドを脱退してしまってもおかしくない」
この敗北によってこれまでギルドメンバーが積み上げてきた資本金の八割が消失した。もはや付いていけないとそのままギルドを去る者も多いはずだ。
「次に勝てばいいだけではないですか?」
「そんな保証が何処にある!」
「そうだそうだ! さっきから平然としやがって」
「あんたの言う通りにしたのに!」
<逆十字教会>が誇る切り札、五〇〇〇万DPという資本金と引き換えに投入した<大天使>アルファエルは、単身乗り込んできた<巨いなる暴君>に簡単に殺されてしまった。
同等の戦力を用意したところで<闇の軍勢>と当たった場合、ほぼ確実に敗北するのだ。そんな状態でどうやって安心すればいいというのか。
「おや、まさかギルドバトルがたった一回で終わるとでも?」
興奮したギルドメンバーが詰め寄ってくるも、セイヤの表情は変わらない。
「どういう事だ!?」
「簡単な話です。わたくし達のギルドダンジョンには最も重要な戦力が残っているではありませんか」
「そいつはもう死んだ――」
「おや? 五ツ星級の<大天使>並みの戦闘能力と、ゴブリン並みの繁殖力を併せ持つ、この子達がいるのにですか?」
法王は不思議そうに首を傾げる。
「幸いな事に、オスメス共に一〇匹以上が生き残ってくれました。さて次のギルドバトルはいつでしょうか。本当に楽しみです。その頃には一体どれだけの戦力が用意されていることでしょう」
メニュー画面を開き、生き残った戦力<混血天使>達を指し示した。
全員の顔に理解が浮かぶ。
ダンジョン内での生産された戦力には配置コストがかからない。更に言えばギルドダンジョンに配置している間は維持コストさえ不要となる。
それはつまり、四ツ星級――成熟した竜種や幻獣、精霊など――にカテゴリされる<混血天使>を無限に増殖させられるということなのだ。
「まさか、猊下はこのことを見越して……」
「ふふ、どうでしょう。ただ、わたくしは、約束を守るだけですよ」
そういうと法王セイヤは常と同じ、穏やかな口調で続けた。
「わたしたちは、必ずや勝利する。そうして世界を変えるのです」
セイヤがそう告げた瞬間、指揮所の雰囲気が一変する。
今回のギルドバトルでは<聖なるかな>は敗北した。しかし、次回のギルドバトル以降では確実に勝利する。数千数万という四ツ星級モンスターの群れを倒せる相手がどこにいるのか。
もはや対抗馬すら存在しない。今後、ギルドバトルは<聖なるかな>のための搾取イベントとなるだろう。イベントが続く限り、彼らは利益を得続けることになる。
セイヤは盛り上がるギルドメンバーたちに背を向け、指揮所から離れた。
一人になったところで小さく呟く。
「そう世界を変えるのです」
その貌には冷徹な支配者の笑みが浮かんでいた。
「待っていてくださいね、ヒロト君」




