決戦
「参る!」
口火を切ったのはディアだった。迷宮神を殺すために呼び寄せたメンバーはいずれ劣らぬ強者ばかりだが、やはり戦神たる彼女の戦闘能力は図抜けている。
「クッ、面倒な!」
凄まじい速度で迫る豪腕を迷宮神は横に弾いて受け流す。
ディアの戦い方はシンプルだった。両腕を振り子のようにぶん回し、暴風雨めいた連続攻撃を繰り出すと言うものだ。一見すると原始的な戦い方にも見えたが、両者の間には高度な駆け引きが繰り返されていた。
数々の支援魔法により強化された戦神の打撃は、さしもの迷宮神でも不用意に受ける事は出来ないようだ。しかし後退すればその圧力が増すだけである。両手を使って受け流すしか方法がない。
「シッ!」「獲った!」
直後、背後の影からクロエとルークの二人が飛び出し、足元を切りつける。
足首から火花が散り、攻撃は弾かれた。迷宮神が持つ圧倒的な防御力を前に生半可な攻撃は通用しない。
「ティティが往く!」
<巨いなる暴君>ティティが飛び上がり、腕の封印を解いた。上空から振り下ろしの一撃が迷宮神を襲う。
戦神を除けば最大の攻撃力を持つ巨人の一撃である。その巨大さ故に回避する事も許されない。
「小癪な!」
「グッ、ぎ!」
迷宮神が迎撃するしかない。ティティの拳に肘打ちを見舞う。
巨大な拳がガラス細工のように砕ける。ティティはそのまま上空へと弾き返され、戦線離脱させられてしまう。
「ようやく入れました」
しかし、それは迷宮神がディア以外の敵に目を向けたと言う事だ。
僅かな隙を見逃すようなディアではない。懐に入り込んだ彼女は強烈なボディブローを迷宮神に見舞った。
「ぐッ……何!?」
僅かに宙を浮く足元。再びクロエとルークが突貫し、足裏を切り上げる。
二人の攻撃によるダメージはなかった。しかし、迷宮神の体は物理法則に従い中空に投げ出される。
射線が開く。
「「「「「<爆撃>」」」」」
ヒロトを筆頭とした魔術師達が一斉に爆裂魔法を放った。一〇を超える魔術師達が一〇〇を超える高位の攻撃魔法を同時に繰り出したのだ。
生み出された爆撃は<連鎖>を引き起こし、迷宮神の防御を貫通して多大なダメージを与えた。
「まだです!」
爆炎の中をディアは突き進む。更に<火炎耐性>スキルを持つケンゴと、種族的に炎に強い<魔人狼>ウルトがそれに続いた。
追撃。ディアは錐揉みしながら宙を舞う迷宮神の腕を捕まえ拘束する。
「<神魔を喰らえ>!」
ケンゴが魔剣<神喰らい(ゴッドイーター)>を解放しながら斬り付ける。迷宮神が肩口から腹部の半ばまで切り裂かれる。
迷宮神によって破壊された<魂喰らい>だったが、大地母神ミルミルによって治癒されていた。
神々の力を食らった魔剣は四ツ星級<神喰らい(ゴッドイーター)>へと進化した。その効果は神魔への特攻効果を持つ恐ろしき武器へと変貌していたのだ。
特攻武器は迷宮神の防御を貫き、傷を与える。しかしそれでも圧倒的なステータス差までを覆すことは出来ず、傷は浅いものに留まった。
「まだだ!」
ウルトは狼の口を広げ、迷宮神の傷口へと押し当てる。
「グルォォォォ!!」
鋭い牙が傷口を広げ、胸の肉を抉り取る。噛み付き攻撃は人狼たるウルトが持ちうる最大にして最強の一撃だ。その攻撃力たるや神霊でさえ屠るほどと言われている。
「いい加減に、しろ!」
迷宮神の貌が醜く歪む。
肩間接を外しながらも強引にディアの拘束を解くと、自らに傷を付けた憎き戦士をまとめて蹴りつける。
ケンゴとウルトがまとめて吹き飛んだ。
「次はお前だッ!」
「させるかよ!」
初動を封じるようにキールの投槍する。鋭い刃が剥き出しになった胸骨に突き刺さる。
「今!」
<死霊王>プリムは<ポルターガイスト>で戦鎚を操り、槍の石突を打撃する。槍の切っ先を楔にして胸骨にヒビが入った。
「もう一回!」
腕を砕かれたはずのティティが強引に前に出る。怪我を押しての戦線復帰、巨大化させた踵で槍の石突を蹴りつける。
槍が砕ける。しかしまるで道連れにするかのように胸骨も砕けた。
「グッ、ガバ……」
迷宮神の顔に苦痛が浮かぶ。痛みになれていないのだろう。僅かに動きを止めてしまう。
「先輩!」
「あいよ! 必殺! <神鎖の拘束>!」
メラミとその眷属たるメイド軍団が準備していた妨害魔法を発動させた。紫色の魔法陣から浮かび上がり、神獣でさえ拘束しうる神代の拘束具が生まれる。
<神鎖の拘束>は迷宮神の手足を捕らえ、縛りつけ、獲物を中空に磔にする魔法だった。間違っても敵を殺すようなものではない。
「ディアさん!」
ヒロトの声にディアが頷く。
彼女はゆっくりと歩み寄りながら弓を絞るように腕を引いた。
「何を……おい、止めろ、来るな……」
迷宮神が身を捩る。その表情には焦燥が浮かんでいた。
ディアの右手に恐ろしいほどの力が集まっていく。
溜め技。ただでさえ強大な力を持つ戦神が隙を作ってまで行使する術理だ。一体どれほどの威力であるか想像がつかなかった。
「<我が爪は必ずや敵を屠る>」
「止めろおおぉぉぉ――ッ!」
解放。指先から銀色の爪が伸び、迷宮神の胸を貫く。銀色の光を帯びた右手が、砕けた胸骨に入り込み、周囲の肉を抉り抜いた。
ディアが踵を返した。白い掌には脈動する赤黒い臓器が握られている。
いくら頑丈なガイア神族といえど心臓や脳のような重要な器官を破壊されれば死亡する。心臓を抜き取られたその肉体は遠からぬうちに機能停止するだろう。
――ここで殺したら意味が無い!
ヒロトは螺旋回廊で使用していた<冱てる死人達の薔薇園>をコアルームに<転送>させた。
「メラミ先輩、一緒にお願いします」
「任せといて、皆行くよ! リーズさんも手伝って!」
ヒロトとメラミとメイド四人娘、更にサポート担当であるリーズが迷宮神を等間隔に囲むように移動する。
詠唱を開始される。
『冷徹なる極地の樹氷、訪れる者なき暗き地に、彼の者の墓標を打ち立てん』
朗々たる呪文詠唱。六名の間に六芒星の魔法陣が描かれていく。
<冱てる死人達の薔薇園>が氷の枝を伸ばし、迷宮神に絡みつき、ゆっくりと飲み込んでいく。
『其は時間さえも留まる聖域、永遠にたゆたう揺り篭、彼の者を永劫の静謐に包み込む――<氷の煉獄>』
そして魔法が完成する。
銀色の極光が周囲を包み込んだ。




