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覚悟するという事

 迷宮神が説明を続けた。


「僕の付けた条件は三つ。

 まずは今年開催するギルドランキングで一位を取る事。一組くらい死ぬ気で取り組んでもらわないと盛り上がらないからね。

 次はこの契約の事を誰にも話さない事。折角、結んだ契約を邪魔されたらたまらないもの。もちろん元のサポート担当だった戦神には外れてもらったよ。

 最後は契約を履行できなかった場合、この僕に<魔王城>のダンジョンコアを譲り渡すって約束だね。

 どう? 僕がこのコアを手にする正当な権利があるって分かったかな?」

 迷宮神は愛おしそうに目を細め、真紅の宝玉を撫でた。奴はコアに溜まったDPを直接、吸収する事で力を得られるようだ。


 そんな奴からしてみれば<魔王城>のダンジョンコアは喉から手が出るほど欲しい代物だったろう。万を超える高位モンスターと一〇〇万近い領民を抱える強大なダンジョン。その力の源泉たるダンジョンコアにどれほど莫大なDPが残されているかなど考えるまでもない。


「ああ、早くバトルが終了しないかなぁ。これだけ強大な力だもん。位階の一つや二つ簡単に上がってしまうかも知れないね!」

 心底、愉快げに迷宮神は嗤う。


「詐欺師め」

 <王の剣じゃまもの>を排除するか、<魔王城ちから>を得るか。いずれにせよ、奴には全く損のない契約だった。


「ふふ、どうだい、いいアイデアだったでしょう!?」

 モニターを見ればギルドバトルはもう終盤であった。<魔人狼>ウルトが降伏を願い出ていた。今は敗残兵を収容している最中だった。


 <宿り木の種>の勝利でもはや確定していた。なにせ<闇の軍勢>には五〇〇の兵しか残っていない。未だに一〇万匹以上のゴブリンの大軍を保有する<宿り木の種>にはどう足掻いても勝てない。


 部隊編成が終わればゴブリン達は<闇の軍勢>側に打って出てくるはずだ。残った僅かな守備兵を平らげ、悠々と<指揮所>を占拠する。


 それでゲームセットだ。


「よかったじゃないかな? 君も大切な妹をわざわざ手にかける必要もなくなる」

「ふざけるなよ、この――」

「だめ! 兄さん……今襲い掛かったら、コイツの思う壺だから……」

 切りかかろうと迫るケンゴを、マシロが腰にすがり付いて止める。


「ふふ、それにしても麗しい兄妹愛だね。さっきまで殺し合っていたとはとても思えないよ」

「貴様……ッ」

「兄さん」

 魔力枯渇に陥っているマシロの力は決して強くない。しかし意識を保つ事さえ難しい状態にありながら自らを止める妹を振り払えるほど白状ではなかった。


「残念、ここで斬りかかってくれたら強制排除出来たのに」

 迷宮神の言動は厄介な<王の剣プレイヤーキラー>を強制排除さつがいするための挑発だった。


 契約内容を説明する前ならいざ知らず、現時点で攻撃を仕掛けてくるなら<正当防衛>という名目が立てられる。


 ガイアの上級神は迷宮神に対して様々な制約を課している。それらは全て立場の低いダンジョンマスターを保護するために作られたものだ。


 こんなルールさえなければ下等生物ダンジョンマスター相手に策を労して陥れる必要もない。そんな回りくどい真似などせずとも彼等から好き勝手に力を吸い取り、神格を高められていた。


 しかし、いかな迷宮神といえど上位者の命令に逆らう事は出来ない。


「まあ、いいか。それもあとちょっとの辛抱だ」

 数時間もしないうちに莫大な力を持つ<魔王城>のコアが手に入る。この力さえあれば上級神も夢じゃなかった。


 これで古いだけの何の利益も生み出さない上級神達やくたたずどもからデカイ顔をされなくなる。ダンジョンの運営会議でだって強権を奮う事が可能だ。サポート担当の神々はほとんどが精霊に毛が生えたような下級神ばかり。力で脅しつければ簡単に従える事が出来るだろう。


「全てはお前の手の平の上か……貴様の事だ。<魔王城>が契約を履行出来たとしても、きっと約束を守るつもりもなかったんだろうな」

「そんな事はないさ。きちんと日本に帰すつもりだったさ。もちろん、君の体に取り込まれたダンジョンコアを回収した後だけどね」

「日本に帰れたとしても一瞬だけ。コアがなければ死体も残らず消滅するのにか」

「あははは、その通り! 完璧な作戦でしょう!? 僕はいずれにせよ、力を手に入れてたのさ! まあ、君のコアに<魔王城>ほどの力はなかったけどね」

 哄笑する迷宮神、ケンゴはそこで初めて兜の庇を上げた。


「そうか……」

「ん? なんだい、その表情は?」

 そこには晴れやかな笑みを浮かべた青年の顔があった。


 ケンゴは手にしていた黒く薄い板状のナニカを口元に寄せる。


「園長、頼んだぞ」

『あいよ、任せときな』

 そこから音声が返ってくる。


――――――――――――――――――――

■ギルドバトル結果■

優勝 闇の軍勢      九五〇七万Pt

二位 宿り木の種    一三六六四万Pt(降参)

三位 聖なる者      一二五〇万Pt(降参)

四位 メラゾーマでもない 一〇三三万Pt(降参)

――――――――――――――――――――


 ケンゴが手にしているそれは現代日本においてはスマートフォンと呼ばれる物に酷似していた。








 魔導式通信機。それは以前のダンジョンバトルで、メラミがヒロトに渡したマジックアイテムの一種だった。中継器も交換機も必要とせず、距離はおろか次元さえも無視して相手方に声を届ける秘密道具であった。


「大方、そんな事だろうと思って準備してきた甲斐があったね」

 迷宮神が部屋の入り口に目をやればそこには純白のローブを羽織った魔術師が立っていた。護衛らしき漆黒の鎧を纏った<ミスリルドール>を三体ほど従えている。


「君は<迷路の迷宮メイズ・メイズ>……」

「ヒロト、遅かったな」

「いや、ごめん。少し調整やらに時間が掛かちゃって」

 ヒロトははにかみながら答えた。


「マシロちゃん!」

 その背後から一人の吸血鬼が飛び出してきた。


「シエルさん、無事だった、の?」

「ええ、全て<すまほ>なる魔導具を通じてお聞きしました。まさか、そんな危険な契約を交わしていたなんて……」

 シエルは倒れ伏す主を助け起こした。


「ごめん、誰にも、言えなくて……」

「いいんです、マシロちゃんさえ無事なら」

「シエルさん、ちょっと二人を休ませてあげて……」

 ヒロトは穏やかに言いながら、<真祖吸血鬼>に回復薬を渡す。メラミ謹製のエリクサーである。飲み干せばすぐに完全回復するだろう。


「すまんな、ヒロト」

「大丈夫だから。僕達・・で話を付けるからさ」

 ヒロトは護衛役と共に前に出る。後方の三人を庇うような位置取りだ。


「迷宮神、これで<魔王城>は契約を履行しました。あなたにはそのコアを手に入れる権利はありません……もちろん、ケンゴ君の同意もなく<王の剣>のコアを奪う事も出来ません。迷宮運営法第三章第四節 迷宮主の保護に抵触します」

 ヒロトはローブから革張りの書物を取り出した。


「それは<神法全書>かな? まさかこちらの制約ルールまで知っているとはね。地上には出回らないはずのものだけど、一体、どこで手に入れたんだい?」

 それは力ある神々が地上の人々に無体を働かないよう至高神が定めた法典であり、破れば神格の格下げや剥奪といったペナルティが課せられる。


「すぐにコアを返却してください」

 ヒロトは答える事無く、要求だけを口にする。


「アハ、アハハッ! 参った、降参だ。まさか制約についてまで知っているなんてね。今回は僕の負けだよ」

 迷宮神がダンジョンコアを放り投げた。真紅の宝玉はふわふわと宙を彷徨い、ゆっくりと玉座へと収まった。


「全くやられたよ! まさか君が裏で糸を引いていたとは。去年の意趣返しって訳だ」

 昨年のこの日、ヒロトは親友である八戸将、元ナンバーズ<ハニートラップ>との望まぬ戦いを強いられた。


 迷宮神が渡した呪いのマジックアイテムを前にヒロトは倒れ、眷属達の抵抗も空しく、最下層にまで攻め込まれるほど追い詰められている。


 <迷路の迷宮>最高戦力たるウォルターにより敵軍を退けられたものの、彼は戦死する。ヒロトは自らの迂闊さや未熟さを呪い、一時期は精神に異常を来たす寸前まで働き続けた。


 この事件の背景に迷宮神が居た事は、ディアの調査により報告されており、ヒロトが迷宮神に強い恨みを持っているのは明白だった。


 ――これだけじゃ終わらせない。


 唯一の思い違いは、ヒロトの抱く思いが迷宮神の想像以上に深く重くおぞましい物だったという事だ。


 ――いつかお前を縊り殺し、


 ヒロトは黙って迷宮神を睨み付ける。


 ――この世界から排除してやる。


 漆黒の瞳には壮絶なまでの覚悟が宿っていた。


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