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閑話 魔王の進攻

 年の瀬も近づく一二月二五日、ガイアに連れて来られてから初めてのクリスマスにダンジョン<魔王城>ではクリスマスパーティが開催されていた。


 参加者はマシロと魔王城が誇る四人娘、サポート担当にしてガイア神族の一柱がディアである。全員タイプこそ異なるもののいずれ劣らぬ美女ばかり。パーティは遠目から見ればとても華やいだものに見えた。


 城のワインセラーに放置されていたうん万年物のヴィンテージワインも空けられるまでは。


「ねー、ディアさーん、その後、その美少年さんとはどうなったんです?」

 絡み酒。ヴィンテージワインを葡萄ジュースと勘違いして飲んでしまったマシロはお酒に慣れていないこともありすぐに酔っ払った。


 どうやら彼女は酒癖が悪かったらしい。


「彼とは仕事上の付き合いで、何もありませんよ」

 迷惑そうにディアは答える。


「これ見よがしに碧いスカーフして何を言ってるんでしょうね、この方は」

「全くだよ。こんな独身女の溜まり場なんか居ないで彼の所に行っていればいいのに」

「しかしその御仁は心が弱いと聞いた。そんなオスのどこがいいんだ?」

「愛には色々な形があるってかか様、言ってた」

 しかも魔王城の面々は何と全員が絡み酒であった。


「ですから! 彼とは――」

 ディアが疲れたように首を振る。


「またまたー照れちゃって!」

 四人娘の言葉を否定すべく声を荒げたその時、侵入者発見のブザーがけたたましく鳴り響く。


 モニターを確認するとかなり有力な冒険者パーティが複数侵入しているようだった。


 四人娘がすぐさま戦闘配置に付く。もちろんパーティは中断だ。


「なにも、こんな日に来なくってもいいのに……」

「近隣のダンジョンで一斉スタンピードが起きた影響でしょう。警戒のために訪れたようですね」

 世間では独り身である寂しさを紛らわすため<クリスマス大作戦>なる一斉スタンピードが起きている。


 そんな中、攻略難易度五ツ星級に指定されている凶悪なダンジョン<魔王城>を放置できるほど冒険者ギルドは豪胆でも無能でもなかった。


 ちなみにこの等級だが、幾度となく攻め入ってきた四カ国の軍勢を撃退し続けた結果、最高等級にまで格上げされている。


 ダンジョン内のモンスターを間引きするとスタンピードを止められたり、その規模が縮小されるのはよく知られた話だ。冒険者ギルドとしては五ツ星級ダンジョンの危険性を少しでも減らすべく冒険者を差し向けたようだ。


 それが普段は心優しい魔王の逆鱗に触れる行為だと知らずに――


「いい加減にしてよ! 何でこんな日にまで攻めてくるのよ! こっちは何にも悪い事なんかしていないのに!」

 楽しみにしていたパーティを中断させられ、マシロがとうとう切れてしまう。


 <魔王城>はこれまで一度として自ダンジョン内から出た事がない。勝手に他人の家に入ってきて金品を略奪してくる冒険者を追い返し、勝手にこちらを危険視して軍勢を差し向けてくる欲の皮の突っ張った四カ国の阿呆共を撃退しているだけである。


 この土地に城をサルベージしたのは他ならぬお前等ガイアの神々である。文句ならそっちに言ってほしい。


 ――放っておいてよ!


 マシロが言いたい事を一言で集約すればこうなるだろう。


「もう、怒った! 私は怒ったぞぉ!」

 マシロはそう言うと保管庫で死蔵されてきたとあるアイテムを使用してしまった。







 一二月二六日、深酒による二日酔いのためにマシロは昼過ぎまで眠っていた。そして意識が覚めるや飛び起きて玉座に座った。


「やばい、やばいやばい!」

 メニューを操作し、モニターで部隊の状態を確認した。


 幸か不幸か彼女には昨夜の記憶が残ってしまっていた。


 楽しみにしていたクリスマスパーティを中断させられたマシロは怒り狂い、酒の勢いも手伝って<進攻チケット>を使用してしまった。


 ディアの必死の制止すら振り切って。


 マシロは四人娘に冒険者を皆殺しにするよう指示をすると、それぞれ五〇〇の兵を付けて四カ国を襲うように指示を出した。


 崩れた城壁、倒壊する家々、焼け落ちた貴族の邸宅。四分割されたモニターにはいずれ劣らぬ廃墟が見えていた。


 巨大な棍棒を肩に担ぎながら街を闊歩する<単眼巨人>。

 自慢の嗅覚を利用して戸棚に隠れ潜む人間を見つける<人狼>。

 捕らえた人々に血を与えて仲間を増やす<吸血鬼>。

 死んだ遺体を集めアンデットへと変貌させる<死霊>。


 正に地獄絵図。あまりにも凄惨な光景にマシロはガタガタと震え出した。


 折りしもその日は<クリスマス大作戦>の翌日だった。一昨日から連続して齎されるダンジョン一斉蜂起に各軍が対応に追われていたタイミングであったのだ。


 四人娘はマシロの命令通り、近隣にある手薄になった国境付近の砦を強襲した。時刻は夜半過ぎ。夜襲には最適な時間帯である。しかも、夜中は闇の眷属たる彼等が最も力を発揮する。


 スタンピードの群れは砦を制圧した事で各国の詳細な地図を手に入れた。すると四人は僅かな兵に砦の留守を残し、一気に部隊を移動させて貴族が住まう都市部を襲う。


 闇の眷属たる彼等の移動速度は高い。巨人族だって一見すると鈍重そうだが、歩幅の広い事もあって馬よりも速く駆け抜ける事が出来る。


 そして到着する。折りしも時刻は明け方前、人々が寝静まり、最も警戒が浅くなる時間だった。経験豊富な指揮官たる四人娘は予め先行部隊を出しており、襲撃した砦からの伝令部隊をきちんと捕殺している。


 つまり完全なる奇襲。多くの人々が住まう大都市は保有する戦力に胡坐をかいて警戒を怠っており、気が付けば多くの魔物を市内に侵入させてしまう。


 敵の頭目たる貴族は捕らえられ、衛兵達は皆殺しにされた。戦う力のない人々は一箇所に集められ、必死に命乞いの言葉を口にしている。


 ちなみに今、四つの戦闘部隊は小部隊を出動させ、都市周辺に存在している村々を襲撃している真っ最中だ。経過はすこぶる順調で昼までに三〇近い村々を占拠してしまった。


 遠からず、国境全域が魔王軍の支配下に置かれる事だろう。


 このままベッドで横になろうかと画策しだすが、周辺地域制圧後の命令を四人娘から求められている。昨夜から一睡もせず陣頭指揮を執ってくれていた彼女達を無視して不貞寝なんて出来ない。


 ちょうどダンジョンの様子を見に来てくれていたサポート担当のディアへ、マシロは声を震わせながら尋ねた。


「ディ、ディアさん……これで四カ国も大人しくなってくれるかな……」

「いえ、むしろ逆効果ではないかと」

「ですよねー!」


 マシロは白目を剥いた。







 <魔王城>の軍勢はおよそ二〇〇〇。三ツ星級のレアモンスターも多数おり、一つのダンジョンが保有する戦力としては過剰なほどである。


 しかし、それは普通にダンジョンを防衛すると考えた場合の計算であって、近隣四カ国に戦争を吹っかけて勝利するには明らかに足りなかった。


 これから四カ国はこれら魔物に支配された土地を奪い返そうと躍起になって部隊を差し向けてくるだろう。もちろん本気だ。これまでのような各国の探り合いや足の引っ張り合いみたいな遊び要素は一切ない。


 各国が持てる最大戦力を集結し、速やかに進攻してくるだろう。その数は少なくとも一万を超えてくるはずだ。四カ国合わせれば四万。下手したら五万を越えてくるかもしれない。


 占領した街を解放したくらいじゃ収まらないだろう。邪悪な魔物の軍勢に領地を奪われた彼等は国家の面子を賭けて<魔王城>に襲い掛かってくる。


「た、助けてー、ディアえもん……」

「だから私は止めなさいと言ったのに……」

 困り果てたマシロが頼ったのはサポート担当神であるディアであった。彼女はこれで戦神の一柱。古今東西の軍略に精通した逞しき戦乙女である。


 ディアえもんは言った。


 徹底して敵の戦意を奪うべし、と。


 ディアの教えに従い、魔王軍は占領した街や村々から徹底的な略奪行為を行った。そして更に多くの建物を破壊して魔法で焼き払った。畑には塩を撒き、井戸には毒を放つ。


 四カ国の目的は奪われた領土や町を奪い返す事である。町自体がなくなればその地の価値はぐっと下がる。何せ家々は倒壊し、畑は使い物にならず、井戸は汚染されている。こんな状態の村々を再建することは不可能だ。新たに別の土地を開拓したほうが遥かにマシである。


 町の破壊は焦土作戦的な効果も期待出来た。敵軍は奪い返した村々から食料や水などの物資を徴発するはずだからだ。


 四カ国は拙速こそが肝心だと数を揃え次第、押し寄せてくるはずだ。兵站はひとまず後回し。当面の食料は現地調達する予定を立てている。


 しかし急いで戦地に急行してみれば物資は奪われ、建物は徹底的に壊された上、井戸水さえも使えない状態であった。これでは補給もままならない。偵察を兼ねた先行部隊は引き返さざるを得なくなる。


 更にマシロ達は占領した村々に住まう人々を魔王城に連れ去る事にした。彼等の大半は農民である。家を壊され、畑をダメにされた今、彼等は難民でしかない。


 今回のスタンピードは、襲撃の範囲に比して生き残りが多いという特徴があった。ダンジョンシステムに支配された魔王軍はこの世界の常識からすればかなり紳士的な侵略者である。


 略奪や破壊行為は行っても遊び半分で村人を痛めつけたりしないし、女性に無体を働いたりすることもない。奪った物資に手をつけないばかりか飢えないように配給さえしてくる。


 結果、人々は無駄な抵抗をせず、余計な死者を出さずに済んだのだ。


 敵対しながらもそれなりに交流もある国境付近の住民全てとなれば人口は二〇万名を超えてくる。それをまとめて四カ国分だ。一〇〇万人近い難民を誰が好き好んで引取ろうというのか。


 ダンジョンを攻略すると言う事は、この難民を引き受けるという事でもあるのだ。徴税をその収入源とする貴族にとって、土地を持たない農民など卵を産まない鶏と同じである。食肉にもならない分、余計に性質が悪いといえる。


 折りしも今は全国各地で一斉スタンピードが多発している真っ最中だ。国難の時にそんなリスクを背負えるはずがない。


 物資不足に喘ぐ四カ国にとってダンジョン<魔王城>を本気で攻略するのは危険すぎた。上手く攻略出来たとしても国家経済を破綻させてしまえば意味がないのである。


 これで攻めて来る馬鹿がいるなら見てみたい、とディアは言った。


 事実、国境周辺の領土を奪い返すことにメリットを見出せなかった近隣四カ国は、周囲に砦などの防衛施設を建設するに留めた。


 ちなみに<魔王城>の場合、城下町に人々が生活させる事はメリットしかない。彼等はシステム上、侵入者として判断されるため大量のDPが手に入るのだ。更に城壁に囲まれた城下町という名の監獄に収容されている状態なわけで取得出来るポイントは自然と増えていく。


 居住スペースにはまだまだ余裕がある。そこら辺はかつて隆盛を誇った魔法国家の王都だった。城下町は恐ろしく広大であり、住民が倍に増えても問題なく収容する事が可能だ。


 更に村々から略奪した食料をばら撒くつもりなのでしばらく彼等を飢えさせる心配もない。そもそもダンジョンシステムを使えば食料くらいいくらでも手に入る。


 その後、四カ国は<魔王城>に攻め入る事はしなくなった。もっともダンジョン内に設置した<畑>や<牧場>といった食糧生産ユニットが軌道に乗るまでの話だったが。


 







――――――――――――――――――

■■■■スタンピード結果■■■

破壊

 砦 :六

 都市:四

 町 :一四

 村 :五二

制圧

 なし

殺害数

  四万人

捕獲数

 五〇万人

略奪金額

 一九六八〇G


総合評価 SSS


――――――――――――――――――


 ※ちなみに今回のスタンピードで魔王城が叩き出したこの大記録は未だに破られていない。


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