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ヒロトの誓い

 ダンジョン<俺も乗せて>は浮き島である。海の上に浮かんでいるのではなく、宙に浮いているという所が正にファンタジーである。


 基本的にこのダンジョンは高々度を飛行している。ハーピー族の住処だった浮き島を改装したダンジョンであり、彼等原住民を保護するためにワイバーンやグリフォンが飛行できない高度を維持しているのだ。


 故にその突端から見る景色は絶景の一言だ。棚引く雲、その隙間から緑の大地が顔を覗かせる。


 視線を上げればちょうど地平線から太陽が顔を出すところだった。金色に染まる世界、遮る物のなく届く光、朝露が宝石みたいに輝いている。


 朝だ。五日目の朝。


 島の尖端の崖には一人の騎士が佇んでいた。漆黒の鎧が陽光を吸い取っているかのようにそこだけが沈んだように暗く見えた。


 黒衣の騎士は雲霞の向こう側をじっと睨み付けている。


「ケンゴ君」

「ヒロトか。どうした?」

 ヒロトは困ったような感情を浮かべている。


「島の先端に立ったからって魔王城には早く着かないよ」

「……それはそうだが……すまん、少し気が急いてしまったようだ」

 暗黒大陸中央部に根を張り、周囲のダンジョンマスターを脅して従え、その勢力下に治めるというダンジョン<魔王城>。


 その頭目たる魔王の討伐へ向けてヒロト達は海を渡り、暗黒大陸を航行していた。彼等が取った作戦は単純明快だった。精鋭部隊を率いて敵本拠地へと直接乗り込み、魔王を倒すという強襲作戦である。


 暗黒大陸は<迷路の迷宮>がある王都ローランから南東へ二五〇〇キロほど下った所にある。<魔王城>のある大陸中央は更に三〇〇〇キロほど下ったところにあるそうだ。


 日本列島を北から南へ横断する距離が二七〇〇キロ。日本列島一往復といわれればそれなりに近いような気がしないでもない。


 が、この世界には新幹線もなければ飛行機だってない。しかもこの五五〇〇キロは直線距離の話である。


 徒歩で移動したなら一年では着かないだろう。そのためヒロト達は飛行能力を持つダンジョン<俺も乗せて>のゴロウ大佐にお願いして強襲用メンバーを運んでもらっているという次第である。


 討伐を今の時期に選んだのは今が最も<魔王城>の警備が手薄だろうと思われるからだ。


 一二月二五日現在、<魔王城>は二つの戦いを同時進行でこなしている。


 一つは言わずもがなギルドバトルだ。年間王者決定戦。六月に行われた最初のギルドバトルを勝ち上がったいずれ劣らぬギルド同士による四つ巴の争い。


 その戦いにおいて<魔王城>は九五〇〇万DP分もの――装備や施設で多少は目減りするだろうが――モンスターを繰り出してきている。


 如何な魔王とてこれだけの大軍を一度に送り出すのは骨が折れただろう。年末恒例の一斉スタンピードはおろか、ダンジョン防衛に宛がうはずの戦力を回している可能性が高かった。


 もう一つは冒険者との戦いだ。ダンジョン運営における本業ともいえるものだが、これにも繁忙期というものがある。


 ダンジョンは年末から年明けにかけてスタンピードする事が多い。チケットの再配布や有効期限を考えてそうなっているだけなのだが、そんな裏事情を知らない各国の軍隊や冒険者ギルドは有力なダンジョンに対して間引きを行うのだ。


 人類は自らの存亡をかけて最後の追い込みをかけている真っ最中だ。スタンピード目前のこの時期はどこのランカーダンジョンでも侵入者でごった返すらしい。


 ヒロト達はそんな冒険者の対応に追われている筈のダンジョンに乗り込み、敵の首魁の暗殺を目論む刺客という訳である。


 ヒロトはケンゴの隣に立ち、朝日を見つめる。


「どうした、ヒロト」

「僕達は――いや、ごめん。何でもない」

 ヒロトは吐き出しかけた不安を飲み込む。


「ヒロトの懸念は分かる。気が進まないなら降りてもらっても構わない。本来これは俺の戦いだ」

 一見すると突き放すようなケンゴの言葉だが、その仕草や表情からその内に込められた思い――こちらの気持ちを案じている――をヒロトは読み取る事が出来る。


「……僕だって当事者だよ。ここまで来て傍観者を決め込むつもりなんてない」

「そうか、すまんな。巻き込んでしまって」

「謝らないでよ、自分で決めたことなんだから」

 二人は並んで朝日を見つめる。


「……ところでヒロト、何か用事があったのでは?」

「あ、それね。大佐が定刻通りにそろそろ着くだろうから、準備を始めてくれってさ」

「それを早く言ってくれ!」

「ちょっと、だから定刻は昼過ぎだってば!」

 ヒロトは慌てて走っていく親友の背を追いかける。


 振り返る。

 雲の隙間からは紅く燃える朝日が望めた。


「これでいいのかな……?」

 ヒロトは問いかける。


 ヒロトは子供達を守ると誓った。

 この戦いがダンジョンを、子供達を守ることに繋がるだろうか。


 ダンジョンマスターは人類の敵である。


 子供達はいつか自分の立場に苦しむ事になるだろう。大賢者メイズがダンジョンマスターだと知られればそこに所属する子供達は迫害を受けるに違いない。


 社会から爪弾きにされるかもしれない。貧困、孤独、飢餓、あらゆる苦しみを味わうかもしれない。


 だからヒロトはウォルターとの約束を果たすためには、世界の仕組みを変えなければならない。


 ダンジョンと人類が共存しあえる社会を作らなければならない。


「そのためなら僕は……」

 ヒロトは踵を返す。

 歩き出すその顔に強い決意が宿しながら。

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