終戦
「そんな物か、白銀の!」
「うるせぇよ、金髪! 今から本気出すんだよ」
今のところ互角。しかしキールは己の劣勢を理解していた。
敵は人狼。怪力無双、無尽蔵の体力を誇る正真正銘の化物だ。
キールは<魔人狼>が繰り出す遊びのような攻撃でさえ懇切丁寧に弾き、いなし、逸らす事でなんとか喰らい付いているという状況であった。
実力が離れているにも関わらず何とか戦えていたのは、キールの卓越した戦闘技術と武具の性能差による所が大きい。
まずは愛用する<疾風剣フェザーダンス>だ。装備者に<加速>の加護を与える魔剣である。周囲が武具モンスターに流れていく中、彼だけは今もこの魔剣を使い続けている。
そしてキールが纏う西洋甲冑もまたマジックアイテムだった。銘を<迅雷鎧ボルトメイル>。こちらも武具モンスターではないが、こちらにも<加速>の特殊効果がある。
通常、同一効果のアイテムを装備しても重複しないのだが、この二組の時だけは効果が重複されるようになっていた。
それもそのはず、これもまたシルバースライムが落とすドロップ品だからである。一〇〇体に一回のペースで産出される剣とは異なり、<迅雷鎧ボルトメイル>は一〇〇万体に一回という確率である。
王国でも一〇〇年前に一度ドロップしたっきり。むしろ当てさせる気がないのではないかという言うなればスーパーレアアイテムであった。
この鎧をダンジョンで初めてドロップさせたのは他ならぬキールであった。機能美に溢れたそれに運命的な何かを感じたキールはすぐに着用し、それ以来、ずっと愛用し続けている。
ダンジョンの規模が大きくなり、これらのドロップアイテムは毎日、山のように魔剣や鎧が産出するようになった。
そして<王の剣>との取引により、子供達が皆が武具モンスターに流れていくようになると、倉庫の片隅に放置され完全に不燃ゴミ扱いを受けるようになった。
それでもキールは頑なに装備を変えようとはしなかった。最初の一領を使用し続けている。そんな男だからこそ最初にドロップ相手に選ばれたのかもしれなかった。
ともあれ大事なのは<加速>の加護を重複して受けているという事だ。今のキールは文字通りに疾風迅雷、速度面だけならば人狼族であるウルトを上回っている。
一息に一〇度の斬撃を凌ぎ切ったところで二人は離れた。キールは初めて直撃を受けた。鎧のおかげで出血はないが内側は蒼く腫れ上がっているだろう。
「どうした、往くぞ、白銀の!」
拮抗できたのもそれも序盤まで。徐々にギアを上げてきた<魔人狼>の猛攻に対処できなくなっていく。打ち合うたびに怪我を負う。
それでもキールは抗い続けた。防ぐ避ける受け流す。あらゆる手段を使って致命傷を防ぎ続けた。
「どうした、ポチ野郎!」
「犬じゃない! 次こそ殺してやる!!」
次第に状況か変わり始める。一方的な状態にありながら、キールの表情は明るく、ウルトが沈んだものへ変わっていく。
速度面での敗北。その事がウルトを困らせていた。
人狼族は強靭な肉体と優れた感覚を持つ斥候向きの種族である。それゆえに彼女は自分よりも素早い敵と戦った事がなかった。
故に繰り返されるのは機動戦。怪力や耐久力に優れた輩や、遠距離から魔法を放ってくる敵を、自慢の機動力でもって翻弄しながらダメージを積み上げていくというのが彼女の定石だった。
しかしキールは速度面でこちらを上回る相手であった。距離を取ろうとしてもぴったりと張り付いてきたり、僅かな隙を見逃さずカウンターまで狙ってくる。
これまでそんな経験をした事がなかった。次第にどうしたらいいのか分からなくなっていく。
知識だけなら知っている。速度に勝るウルトに、挑んできた戦士達と同じ事をすればいいだけだ。
初めての戦術はウルトにストレスを与えた。性能差だけを見れば負けるはずない相手。今や圧倒しているはずなのに、一方的に嬲っているはずなのに、守勢に回った相手を崩し切れない。
自分が取るべき戦術は本当にこれで正しいのだろうか。真綿で首を絞められているような錯覚。それはまるでこのギルドバトルにおける城攻めを思い出すようだった。
「はっ、はっ、はっ」
苦しくて舌を出した。無尽蔵の体力を持つ<魔人狼>ウルトが疲労感に押し潰されそうになっていた。
本来の彼女ならこの程度の運動量では息一つ乱さなかっただろう。
得意のヒットアンドアウェイが通用しない。常に剣の届く位置に張り付かれ、呼吸を整える事さえままならない。
慣れない戦いはウルトに緊張を強い、余計に体力を奪っていった。更に言えば、この五日間、ウルトは一度も寝ていなかった。それどころかまともに食事さえ取れていない。
体調管理も指揮官の務めだが、己が不在であったために仲間を死なせてしまうかと思えば休むという選択肢は取れなかったのだ。
「なんだもう、疲れたか? あれ、犬はいつも舌出してたか」
「殺す!」
剣戟。ウルトが駆け回り、無数の斬撃を見舞う。
キールはそれに必死で喰らいつく。丁寧に丁寧に捌き続ける。必要なら自慢の鎧に当たるに任せて、反撃を見舞った。
<迅雷鎧ボルトダンス>は三ツ星級モンスターの超レアドロップ。武具モンスターのように動作補強こそしないがその分、防御性能は抜群に高い。鎧の丸みを使って受け流せばいかな<魔人狼>の一撃とて耐えられる。
「おら!」
反撃の刺突をウルトは飛び退いて躱した。キールはすかさず距離を詰めた。
疲労困憊のウルトとは裏腹に、キールはいつも通りだ。
徹夜には慣れているし、防衛側ながら仕掛ける立場に居られた事で仮眠だって取っている。何より指揮下にゴブリンしかいないというのがいい。遠慮なく使い捨てられる。
軍人時代、キールは何度もダンジョンに潜ったことがある。怪力の持ち主とも、刃が通らぬ敵とも、自分より圧倒的に素早い輩とだって戦った事がある。
だからいつも通り。
「しぶとい、いい加減にくたばれ!」
「断る。こっちも時間を稼がにゃいかんのでね」
「何……」
ウルトの優れた聴覚が違和感を覚える。戦いの中にあって定期的に響くコンコンという音が聞こえたのだ。
城壁に張り付いたゴブリン達が鉄の杭を城壁に叩き付けている姿だった。杭からは水がしたたり落ちている。その水量は打ち込まれた杭の分だけ増えているように思えた。
「まさか水計……総員――ッ!」
「させねえよ!」
キールはここにきて初めて攻勢に出た。ウルトと同じように走り回り、牽制の攻撃を繰り返してくる。
「邪魔をするな!」
軽い一撃だ。しかし防がないという選択肢も取りえない。<疾風剣フェザーダンス>は総ミスリル製。銀の上位互換にあたるそれは闇の眷属たるウルトに特攻効果を持っている。
「みな、逃げ――」
「余所見してんじゃねえよ!」
強引な一振りで鍔迫り合いに持ち込まれる。
緩やかな上り坂を見る。徐々に狭くなる壁を見る。城壁の向こうには湖があったという。だから、水計をあり得るだろうとは思っていた。
もちろん準備だってしてきている。ガイアでは水計はそれほど恐ろしくない。魔術師達が一定数いるのなら部隊をまとめ、その場で<土壁>などの土魔法を<連鎖>させてやれば割と簡単に凌ぐ事が出来る。
しかし今は総力戦の真っ最中だ。両軍入り乱れての合戦中。部隊をまとめて壁を作るなんて暇はない。
お互いに。
「貴様ッ! こんな事をして。死ぬぞ、味方まで!」
「ハッ、ゴブリン共がどれだけ死のうが知ったこっちゃねぇな!」
絶句する。
「……貴様、もしや、人間か!?」
「……おい、なんだ、その失礼な勘違いは」
キールが呆れたように言う。今でこそダンジョンマスターの眷属のキールだが元は人間である。
軍人時代、奴等に滅ぼされた村々を幾つも見てきた男が、ゴブリンへの慈悲など持ち合わせているはずがない。
ウルトは歯噛みする。迂闊だった。ゴブリンの軍勢を指揮しているのだから、その頭目もゴブリンだと思っていた。兜を付けていたし、銀鎧のせいで鼻も効かない。時折出る帝国鈍りが人語に不慣れな印象を強くした。
確かに追撃中、殿部隊ごと敵を焼き払ったり、時間稼ぎのために小勢を突撃させてみたり、過酷な命令が多いとは思っていた。
ただ指揮自体は丁寧だし、無駄な消耗を嫌っていたから単に冷徹な判断を下せるだけの指揮官だと思っていたのだ。
「さあ、どうする、指揮官様? このまま俺と戦い続けるか? 部隊をまとめて防壁を作るか? 今から間に合うか?」
「……悪魔め!」
今この瞬間にキールを切り捨てられたとして、混戦状態から水計に備えるなんて真似、出来ようはずがない。
ウルトは鋭い牙を剥き出しにして唸ったが、最後には目を瞑り、膝を付いた。
「……降伏、する。部下の命だけは助けて欲しい」
「了解した。作業は辞めさせよう……そっちの部下に投降を呼びかけてくれ」
「……わかった」
ウルトの遠吠えが戦場に響き渡る。
まず最初に人狼達がその声に気付き、武器を捨てた。
周囲の魔物達に呼びかけて、次々と動きを止める。苦しそうな顔、悔しそうな顔、怒りに満ちた顔、納得できないと泣き叫ぶ顔。
「すまない……本当に、すまない……」
敗戦の将は血の涙を流しながらその光景を見続けた。
ウルトが降参をしてから僅か一〇分後、<宿り木の種>は勝敗を確定させるのだった。
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■現在のスコア
一位 宿り木の種 一三六六四万Pt
二位 闇の軍勢 九五〇七万Pt
三位 聖なる者 一二五〇万Pt(降参)
四位 メラゾーマでもない 一〇三三万pt(降参)
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