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一騎打ち

「くっ、まだかかるのか」

 ダンジョン<魔王城>が誇る四天王が一人、<魔人狼ハイウェアウルフ>ウルトは苛立たしげに言った。


 部隊は延々と続く道を歩いている。左右を城壁に囲まれた道は徐々に狭くなっている。


 傾斜がきつい。進行速度が下がっている。経路は一本道ではあるのだが、ずいぶんと曲がりくねっていて、さながら迷路を歩かされているような気持ちになる。


 一体どれだけ<決戦場>を拡張したのだろうかとうんざりした気持ちになった。


 左右の壁を壊すべく動いたが、狙い済ましたかのように強襲部隊が現れた。盾役である巨人族なしでの戦いはもう二度とやりたくない。


 吸血鬼や死霊などの飛行ユニットに城壁を登らせてみたのだが、上空には聖水と猛毒が交じり合った霧が立ち込めているそうだ。長時間の飛行は不可能。しかも三ツ星級モンスターである<巨大蜘蛛>の巣が幾つもあり、偵察隊の一部がそれに捕らわれて被害が出てからは止めさせた。


 次は少数精鋭に壁を飛び越えさせてみたのだが、壁の向こう側は水棲モンスターが泳ぐ湖になっていたという。これでは大軍は進ませられないと断念する。


 そもそも飛び越えてみたところで道がある保証もない。逆に遠回りになってしまう可能性さえある。


 ダンジョンシステムの仕様ではコアルーム――ギルドバトルでは指揮所――までの経路は必ず繋がっていなければならない。システムを使わず通路を作るのも構わないが、逆に言えばこの経路を通っていれば時間は掛かっても必ず到達出来るという事だ。


「こんな時――」

 言いかけてすんでの所で思いとどまる。


 副官達はよくやってくれている。これ以上の働きを求める事は出来ない。


 それでもなお、思ってしまう。


 シエルが居てくれればと思う。彼女は総指揮官に任命されるほどの戦巧者だ。二人で交互に部隊をみれば負担は軽減していたに違いない。


 プリムが居てくれればと思う。彼女の魔力さえあれば軍勢全体に防御結界を掛けることが出来ただろう。


 ティティが居てくれればと思う。彼女の桁外れのパワーがあればどんなに強固な壁だってたちどころに粉砕してくれた違いない。


 シエルは今、<魔王城>に入った賊を退治しに向かっている。タイミング悪く折りしも今はギルドバトル中、城内の警備はかなり手薄になっている。


 今は年末のスタンピード前。有力な冒険者達がこぞって間引きに訪れる時期なのだ。敵は手強く意気軒昂、対応に梃子摺っているそうだ。


 プリムとティティは敵方の戦士の手に掛かり、やられてしまった。大量のスコアが上がっていたから敗北したとみて間違いない。死体こそ上がってきていないが、彼女達からは貴重な四ツ星級モンスターの素材が取れる。敵としては何があっても回収したいはずだ。


 ――やめよう、詮のない事だ。


 目を皿にして周囲を見回す。戦況は一進一退。ややこちらが優勢だろうか。例え寡兵でも範囲攻撃や範囲回復といった個々の能力差を利用した戦術により正面からの戦いで押し負けることはなくなった。


 こちらも苦しい時は相手も苦しいという。

 それを信じてやるしかない。


 もう何度目かの曲がり角を抜ける。


「ウルト様! 見えました、城壁です!」

 聳え立つ城壁が見えてくる。彼我の距離は二〇〇メートルもないだろう。


 ――間違いない。あれが敵の総戦力だ。


 一際高い城壁、その足元には白銀の騎士が立っている。一〇万を超える悪鬼共を従えて。


「長かった戦いもこれで終わりだ! 総員! 戦闘準備!」


 ――待っていた、待っていたぞ! この時を待っていた!


 ウルトは歓喜した。強敵との会合だ。ずっと苦渋を舐めさせられ続けて来た敵指揮官とようやく存分に殺しあえる。


「アオオオオオォォォォォ――ッ!」

 ウルトは咆哮し、駆け出した。










「合戦だぁぁぁ――! 野郎共ぉおおぉぉ――! 往くぜぇえぇぇぇぇ――――ッ!!」

 鬨の声が挙がた。小鬼――いや、悪鬼の蛮声である。


 キールが駆け出す。ゴブリン達が付いてくる。総員一〇万による突撃。対する敵は約二万。数の上ではこちらが有利、しかし個々の錬度では話にもならない。


 まったくもって最後の戦いに相応しい。


「死ねぇぇぇ――ッ!!」

 蛮声を上げながら走り、手持ちの槍を投擲する。風切り音を立てながら<魔人狼>へ飛びすさぶ。


 しかしその攻撃はあと一歩の所で弾かれてしまう。部下達がキールを追い抜いた。


 激突。怒号と悲鳴と狂乱が城壁前を支配する。


 悪鬼達は先頭に立つ金狼に狙いを定めるも、類稀なる力量をもった戦士は手にした長剣で敵を切り刻んで見せた。


 キールもまた自らに殺到する人狼達を前に魔剣<疾風剣フェザーダンス>を抜いた。総真銀ミスリル製のそれは特攻効果も相まって頑強な魔物の肉体を易々と切り捨てる。


「手ぇ出すなッ!」「手出し無用!」

「あれは俺の」「アレは私の」


「「獲物だッ!!」」

 考える事は同じだった。キールはその相貌に壮絶な笑みを浮かべると、金狼もまた牙を剥き出しにして嗤う。


 強者が放つ圧倒的な武威に自然と道が生まれる。


 接近。血と呪いが支配する戦場に生まれた形容しがたい空気管、それは息を飲む事さえ許されないような一種の神秘性まで備えていた。


「俺はキール! <迷路の迷宮>が眷属にして貴様を屠る者なり! 死にたくなけりゃ尻尾巻いて逃げ出しな!」

「我が名はウルト! <魔王城>が眷族にして貴様を喰らう者なり! 不遜な人間よ、この名をその身に刻み込んで死ね!」

 名乗りを上げればその周囲だけぽっかりと穴が開く。殺戮の宴が始まっているというのにこの空間だけは静寂に包まれている。


 二人は改めて剣を抜き、構えた。

 奇しくも共に正眼の構えを取っていた。どのような状況でも対応出来る堅実にして万能の構え。


「隙のない良い構えだ」

「お前もな、犬にしてはマシなほうだ」

 ウルトが言えば、キールは鼻で嗤う。


「……殺してやる」

「やってみろ!」

 剣戟が始まる。ウルトはキールの周囲を素早く旋回しながら隙を窺う。しかし敵は動かない。動けないのではなく、こちらの攻撃の機微をきちんと把握しながらもあえて待機を選択している。


「来ないのか、犬っころ!」

「舐めるな、劣等種が!」

 火花が散る。幾度となく散る。鍔迫り合いが始まるとキールは後ろに弾かれてしまう。倒れる直前、たたらを踏んで堪えた。


 ――なんつー強さだ。


 キールはダンジョン一の怪力の持ち主である。五ツ星級にまで登り詰めたウォルターや<王の剣>ケンゴと比べても単純な腕力だけなら負けない。それは彼が生粋の<戦士>としてレベルアップを積んだからだ。


 レベルアップ時に増えるステータスというのは、これまでの行動や本人の適正、あるいは無意識にある展望などを考慮して割り振られる。例えば魔術師の家に生まれた子供に魔力が多いのは遺伝だけでなく環境、つまり幼い頃から魔術を学び、家を継ぐのだと意識して育っている事が影響してくるのだ。


 キールは生粋の軍人であった。父親も叩き上げの軍人だった。厳しくも逞しい父の背中に憧れたキールは幼少期から剣や槍、弓矢などの訓練を積んできた。


 誰よりも速く武器を振るう。そのために出来る事を全てやった。だからこそキールのステータスは常人のそれより極端に偏っていた。


 膂力の上がり幅が極端に大きく、体力や敏捷性、器用の順に下がっていく。逆に魔力は必要ないと考え切り捨てた事で成長限界まで達した今でも簡単な攻撃魔法ですら使えない。


 同じく生粋の暗殺者であるクロエは敏捷性の上がり幅が大きい。その後に器用、体力と続く正に暗殺者のためのビルドだ。


 逆にルークを始めとする<迷路の迷宮>でパワーレベリングを施されている子供達はバランスよく成長する。それは自分の目標などを定める前にレベルアップするためだ。


 そしてある程度レベルが上がり、身体的な適正――いわゆる才能の多寡――によりバラつきが出始める。そこで初めて己の適正を知り、訓練、魔法の勉強などを通して方向性を見定める事でステータスが偏重していく。


 ともあれそんな力自慢のキールをして届かないほどの豪腕をウルトは持っていた。種族的な違いというやつだろう。


 動きも洗練されており、隙も少ない。


「ちッ!」

 キールは敵の牽制攻撃をいなして逆撃を見舞った。それを身を屈めて交すウルト。周囲を駆け回りながら再び軽くて速い攻撃を放ってくる。


 かの<魔人狼>にとっては牽制攻撃でもキールにとっては致命的な威力だった。丁寧に処理するしかない。しかし続けざまに放たれる連続攻撃に姿勢を崩す。


「今だッ!」

 ウルトは横薙ぎの体制から全身のバネを利用して起き上がり、鋭い刺突を放った。キールはそれを上から押さえつけた。そして鎧の丸みを使って受け流す。衝撃に息が漏れる。


「ぐ、だがまだ甘ぇ!」

 脇を潜り抜ける人狼に肘打ちを当てた。


 ――くそ、押されちまってるな!


 ――なぜだ、どうして攻め切れない!


 都合一〇度、打ち合った。

 しかし、お互いに決定打を与えられていない。

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