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キールの迷い

「だぁーッ! まったく終わらん!!」

 頭を掻き毟りながらキールは叫んだ。彼は<メイズ抜刀隊>の司令官であり、軍部――三〇〇〇名を超える戦士こども達への訓練を一手に担う部署――のトップであった。


 子供達にパーティを組ませてシルバースライムのいる魔物部屋に放り込めばいい、なんて単純なものではない。


 子供達には個人差があり、効率のよいパワーレベリングを行うには経験豊富な子供と浅い子供達を均等に混ぜ、渦から吐き出され続ける魔物を適切に処理しなければならないのだ。


 ヒロトが<シフト>と呼ぶそれを作るのが軍部の仕事と言うわけである。三〇〇〇名を超える人員の能力を完全に把握していなければ出来ない作業であり、戦闘技術そのものを鍛え上げる戦闘訓練、魔法技術を覚えるための授業の管理までやらなければならないのである。


 病気、怪我、月の物あるいはパーティの人間関係。そんなものまで加味しながらシフトを決めるのは大変な作業だった。


 しかも、不幸な事に――ダンジョン的には幸運な事に――子供達の成長速度は驚くほど速い。奴隷として売られたり、難民として辛い経験を味わってきた彼等は技術を覚えようといつだって一生懸命だ。


 パワーレベリングを施しているためステータスはすぐに追いつく。あとは本人のやる気次第だ。一月前まで新人扱いだった子が抜刀隊クラスにまで成長しているなんてこともざらにあった。


 もちろんダンジョン的にはありがたい事なのだが、こうして仕事が重なってしまうといい加減嫌になってくる。


「隊長! いい加減にしてくださいませ! 大変なのは皆同じなんですのよ!」

 そんな苦しむキールに活を入れるのは<メイズ抜刀隊>の副司令の役目だった。


 金髪、碧眼、縦ロール。ツリ目がちな美しい少女である。名前はエリス・ロンスヴォー。王国北部にあるロンスヴォー辺境伯家の跡取り娘だった少女だ。


 未曾有の大災害となった初年度の一斉スタンピード、通称<スタンピード祭り>によって両親を失い、御家は没落。領民の生活を守るために自ら奴隷落ちしたという波乱万丈な経歴を持っている。


 かつては王国の魔法学園に通い、首席卒業を果たした経歴を持つ。その卓越した魔法技術を買われてヒロトに買取られた。魔法技術を子供達に伝える教師役を期待されたのだ。


 そして成長したエリスは今や<メイズ抜刀隊>の副司令官だ。彼女が率いる魔法兵部隊、通称エリス隊は部隊一の火力を誇る。今や部隊にはなくてはならない存在になっている。


「だからってこの人数でシフト決めは無理だろ!」

 軍司令部――またの名を職員室――には一〇人ほどの事務員しか居ない。全員が破産した商人で、読み書き計算が出来るために司令部に引取られている。


「仕方ないじゃありませんの! ここには大人なんていないんですから!」

 単純計算で一人三〇〇ものシフトを決めなければいけないわけで、パソコンもない表計算ソフトもないこのガイアでは大変な労力がかかっている。


 今は末期だ。


 ギルドが出来てからが酷い。管理対象が倍増した。


 ギルドバトルに向けて<迷路の迷宮>ではパワーレベリング用の<魔物部屋>ならびに<シルバースライムの渦>を大量生産した。


 更にパワーレベリングを行いたい、ヒロトの許可は取ってると<王の剣>ケンゴとその眷属達が我が物顔で魔物部屋を占拠する。


 極めつけはギルドバトルで使う戦闘要員の育成だ。五〇万匹を超えるゴブリンの群れ。奴等を年末までの間に成長限界まで育て上げなければならない。


 これらの全ての調整作業が軍部に丸投げされているわけでその仕事量たるや筆舌にし難いものがある。


「増やせよ、大人! 今から大将に言いに行ってやる!」

「こんな状況で右も左も分からない新人を入れられると思っていますの!?」

 仕事があるからと人を入れただけではどうにもならない。シフト決めには慣れが必要である。今、新人なんぞ入れられようものならそれだけで破綻してしまう。


「ぐだぐだ言っている暇があるなら仕事しやがれ! この大馬鹿野郎!」

「はい、申し訳ありません!」

 最終的にはお嬢様口調さえ忘れたマジ切れエリスさんにどやされ、キールは書類の山との終わりなき戦いに挑むのだった。








 三徹後の翌日、シフト決めもようやく終った軍司令部の面々は久々の休日を手に入れた。昼過ぎまでベッドで惰眠を貪っていたキールだったが、ぎゅるぎゅるという腹の虫の懇願に負け、食堂へと向かった。


 お弁当を六箱分――三食分をお持ち帰りで購入する。ダンジョン内にいればまたぞろ仕事を振られかねないと地上部にある公園のベンチで休みを取る。


 ヒロトが考案した<公園>は子供達の訓練場だ。雲悌やら平均台、ジャングルジムなる訓練用具で遊びながら筋力やバランス感覚を鍛えられるという優れものである。


「あら、隊長ではありませんの?」

「おう、エリスか。一人か?」

「ええ、ルーク様に魔法を教えていたんですの。今はその帰りですわね」

 エリスはそう言ってベンチに腰掛けた。


「……お前も、休みなのに大変だな」

「そうも言ってられませんわ。ルーク様は部隊の要。彼が強くなればなるだけそれだけ子供達が守られますもの」

 自慢げに言うエリス。その時、中年親父のイビキみたいな豪快な音がした。


 キールは無言で弁当箱の入った袋を掲げる。


「……食うか?」

「い、頂きますわ」

 弁当を膝上に置き、エリスはナイフとフォークを使って上品に食べ始める。この辺の礼儀作法は流石はお嬢様だよなとキールは思った。


「最近、マスターから魔導書を頂きましたの」

「変態魔法使いのとこのか」

 メラミが寄越した古代魔法の魔導書だろう。


「ええ、中々難解でして、解析に苦労しておりますの」

「だろうな」


「ですが、クロエ様からアドバイスを――」

 キールは天を仰いだ。緑の隙間から夏の強い日差しが揺れる。


 エリスやルークといった若人達――平均年齢が恐ろしく低いのでベテラン扱いだが――は恐ろしいほどの速度で成長していく。


 一方、自分はどうだろうか?


「もう、隊長聞いていますの!?」


 ――うるせえな。


「え? あ、ご、ごめんなさい、隊長。わ、わたくしの大変な失礼を」

 困惑したようにエリスが尋ねてくる。どうやら知らぬ間に口に出していたようだ。


「冗談だ。よかったな、クロエはあれで――」

 慌てて弁明する。エリスは気は強いが、結構気にするタイプだ。魔法隊の子に強く言い過ぎてしまって落ち込んでいる姿もよく見かけている。


 何とか気を取り直してから公園を後にする。








 ――終端おわりだ。


 キールは自分をそう分析した。


 大馬鹿野郎め。現状に何の不満があるというのか。仕事はある。面倒くさいがやりがいもある。金はある。休みの日はキレイな姉ちゃんの所に行き放題だ。飯は上手い。誰がやってんのか知らねえが部屋はいつの間にか綺麗になってやがる。軍人時代にゃ週一で入れれば御の字だった風呂に今じゃ二四時間いつでも入り放題だ。


 なのに、未来ある子供エリスに当り散らすなんて失態を犯した。


 原因は分かっている。


 醜い嫉妬だ。

 キールには今よりも成長している自分が見えなかった。希望がない、夢もない、展望もない、未来さきがない。


 もはや成長する事はない。成長限界とかそんな簡単な話じゃあない。キールの思考は固まっている。常に最善を選択するように出来上がっている。学問を修め、軍略を学び、様々な武芸を習得し、大規模な戦に何度も参戦した事で軍人として完成したのだ。


 そう、彼は完成しているのである。だから戦いに関していえばこれ以上の伸びしろはない。今から新しい戦術を学び、技術を会得したところで結局は今までと同じやり方をするだろう。


 あえて悪い言い方を変えるなら守りに入っている。過去の成功体験がキールの選択肢を極端に狭めてしまう。


 そんな閉塞感がキールのストレスの原因だ。それも仕方がない。


 キールは事ある毎に纏わり付いてくるジャリ共が可愛くて仕方がなかった。


 キールは<メイズ抜刀隊>の司令官である。五〇〇名からなる子供達を一人でも多く生き残らせる使命がある。新しい戦術を取り入れてガキ共を殺してしまったら絶対に後悔する。だから彼は実績のある従来の戦法に頼らざるを得ない。


 無茶な事も出来ない。彼は部隊で唯一の司令官である。だから死ぬ事が出来ない。副官であるエリスは優秀だが経験が不足している。


 だから死ねない。危険を冒せない。スタンピードの群れを統率するボス討伐をルークに任せているのもそのためだ。口ではたまには戦わせろと勇ましい事を言っているが、それは子供達を不安にさせないための方便でしかない。


 若い頃のように後先考えずに敵軍に突っ込むような真似はもう出来そうにない。自分の能力を妄信できない。慎重になったとも言えるし、臆病になったとも言える。


 子供達は成長している。しかし自分にはその余地がない。


 ――戦争がしてぇ。


 それもめちゃくちゃに強い敵と。

 命を投げ打ってでも到底届かないような、そんな絶対強者がいい。手段を選ばず、犠牲さえ省みない極限の戦争がしたい。


 もしそんな敵と相対したら、その時、俺は――


「俺は、戦えるだろうか……」









 五日目、敵は怒涛の勢いで攻めてきている。二万を超える三ツ星級モンスターの群れ。相対するは限界まで育て上げたゴブリン軍団。


 敵は強い。完全に圧されている。相手は<隠れ種族>であるレアモンスターばかりだ。一人当たりの戦闘能力が違いすぎる。


 ゴブリン軍は当初五〇万も居た。しかし敵への攻撃や足止めのための遅滞作戦により大きく数を減らし、今や半分ほどしか残っていない。


「また厄介な手を打ちやがる……」

 当初、定期的に範囲回復を飛ばすだけだった前線への後方支援は徐々に形を変え、範囲攻撃が併用されるようになった。


 使用される魔法は暗黒魔法だ。<闇の軍勢>はその名前が示す通り、多くが闇の眷属で構成されている。そのため暗黒魔法を放ってもダメージは軽減される。巨人族もいるがあれは生命力の塊だから二、三発食らった所でビクともしない。


 一方、雑魚モンスターの代表格ゴブリンはそんな便利な耐性は持っていない。巨人のような強大な生命力だってない。


 だから押し負ける。


 飛び交う怒号、吹き飛ぶ命、悲鳴、歓声、範囲攻撃と回復魔法の雨霰。圧倒的に負けている。それでもどうにかこうにか戦えているのはルークとクロエの活躍があったからだ。


 二人は<魔王城>が誇る最高幹部たる四天王を一騎打ちの末、打ち倒してくれた。


 その結果、二人も戦線を離脱したわけだが、影響度は限りなく低い。彼等は超一流の戦士ではあっても指揮官ではないのだ。敵の頭目を倒したという報せはむしろこちらの士気を向上させる事に繋がった。


 敵の場合は違う。それぞれが名の知られた戦士であり、一軍を預かる将であり、種族を代表する王でもあったのだ。


 それぞれの種族の旗頭であり、統率者であり、信仰の対象でもあったわけだ。そんな幹部達を二人も失って、士気が上げられようはずもない。一部に敵討ちを目論む跳ね返りも居たが、そういった独断専行する馬鹿は各個撃破させてもらった。


 敵にもかなりの出血を強いている。ヒロトと共に作り上げたこの要塞群は当初四万近くも居た軍勢を半分にまで削り取っている。


「やべえなぁ」

 それでもキールは弱音を吐いた。


 残る城壁はあと一つしかないのだ。

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