スタンピード祭り
一ヶ月が経った。今日はダンジョンの公開期限である。
ダンジョン<迷路の迷宮>は急速にレベルアップを続けていた。毎日述べ五〇名以上の侵入者を退け続けているのだから当然の事と言えた。
「お早う御座います、旦那様」
「おはよう、ルーク君」
丈夫な革鎧に身を包み、主寝室に入ってきたのは一月前に購入した黒髪の少年奴隷ルークだ。後ろに奴隷達――半月ほど前に奴隷商ジャックから購入した――を引き連れている。
「あれ、もう交替?」
「はい、少し早いですが先に入って準備をしておこうと思いまして」
ルークはそう言ってあどけない笑顔を浮かべる。購入したばかりの時は痩せ細り、儚げな印象さえあったルークだったが、一ヶ月で見違えるほどに成長していた。
レベルアップのせいだ。身長は一〇センチ以上も伸び、体重は倍近く増えている。細身ながらがっしりとした体付きはまるで鍛え上げられた刀のようだ。
レベルという概念を持つガイア特有の現象だ。レベルが上がると身体能力が上がる。稀に幼い子供でありながら大人を遥かに凌駕する力を得てしまう事があった。
そんな時、世界はまるで辻褄を合わせるみたいにその者の体型を変化させてしまうのだ。背丈が伸び、筋肉量を増やし、それらを支える骨や関節の強度を高める事で、強すぎるステータスに付いていけるようになる。自壊を防ぐ仕組みというわけである。
半月ほど前に購入した奴隷達も同じように一回りは大きくなっており、その順調な成長振りにヒロトは満足げに頷いた。
「じゃあ、気をつけて」
「はい、往って参ります」
ルークは子供の表情から一変し、精悍な戦士の顔付きで応えるとウォークインクローゼットの中に入っていった。完全武装の奴隷達が続く。
ヒロトの目論見は見事に的中し、奴隷の奴隷を使って安全に、かつ世間に見つかる事なくDPや経験値を稼ぐ事が出来るようになった。これに気を良くしたヒロトは一日当りの侵入者を増やすべく、奴隷を大量購入した。
奴隷商ジャックの元に向かい、将来性のありそうな子供を一五人ほど購入してきたのである。
今は古参組に五人の部下を付けてパーティに編成し、朝昼晩と三回ずつシルバースライムと戦わせている。ダンジョンの滞在時間があまりにも短いと侵入者としてカウントされないらしく、試してみた結果一日三回に分けてダンジョンアタックさせるのが一番効率がいいらしい。
今いる奴隷達が育ったら更に奴隷を購入するつもりだ。ダンジョンマスターの目には侵入者たる人間の強さや将来性を見る力があり、ダンジョンレベルが上がっておかげで精度も大分高くなった。今ではディアに同伴を願う必要もない。
戦闘能力や知識、技術を持たない安い奴隷でも一人当り一五〇〇ガイアはする。ニコニコ現金一括払いで値引いてもらえるが、それなりに高い買い物だった。
しかし、ダンジョンマスターにとって人々が使う通貨はあまり意味がない。順調に貯まり続けているDPを見れば元は取れていると思う。
そのはずだった。
「弱ったなぁ……」
「どうしました?」
「うわ! ディアさん!?」
突如真横から掛かった声にヒロトはベッドから転がり落ちそうになる。
「お早う御座います、ヒロト様」
鮮やかな銀髪の髪とアイスブルーの瞳をフレームレス眼鏡で勝気に飾り立てる美人秘書が立っていた。トレードマークの青いスカーフが優しく揺れている。
ディアが丁寧に腰を折るとヒロトは視線を何処に向ければいいのかと少し困った事になる。上半身を見れば豊かな丘陵が黒いベストからはみ出そうになっているし、下半身に目をやれば丈の短いタイトスカートから下着が見えてしまうんじゃないかと気が気ではなくなってしまう。
「お、おお、おはよう、ございます」
――やばい、どこを見てもセクハラになる……。
千年要塞千年要塞、ヒロトは魔法の言葉を繰り返す事で正気を保った。
吸い込まれる視線を無理矢理に上げる。そして天井付近に設置された時計が目に入った。
「……どうしたんですか、今日は早いですね」
時刻は八時前だ。ディアは普段、お昼前ぐらいに来る事が多かった。
「はい、今日は担当しておりますダンジョンマスター達が軒並み不在でして……予定より早いですが、お邪魔させて頂きました」
「あー、なるほど例のスタンピード祭りか……」
「スタンピード祭り?」
「うん。掲示板で話題になってたんだ。ダンジョン公開日期限と同時にダンマス全員で<進攻>しませんかって」
ダンジョンには幾つかのコマンドがあり、その中の一つに<進攻>という物がある。ダンジョン内の魔物を範囲外に放出し、村や町、砦などに襲い掛かせるという物である。
通常、ダンジョン内で侵入者を倒さなければDPは得られない。しかし進攻中に限り、ダンジョン外で人間を倒してもDPや経験値が貰えるのである。更に村や町の壊滅、砦の占領など所定の戦果を得るとボーナスが入るという。
<進攻>は一年に一枚配られるチケットを使ってしか発動できない。せっかく集めた魔物が倒されてしまったり、ダンジョンの存在が露見するというリスクがあるものの、基本的受け身になってしまうダンジョン経営にあって珍しく攻める事で経験値やDPは得られる貴重な手段なのだ。
「しかし数匹程度では大した戦果は得られませんよ?」
「いや、大丈夫。ダンジョンには<渦>があるから」
<渦>を設置すれば一時間に一匹の魔物を生み出す事が出来る。
「なるほど……一時間に一匹、一日に二四匹、一ヶ月あれば七二〇匹も手に入りますね」
「魔物部屋に設置すれば一四四〇匹だね。維持コストだけで破産しそうだ」
「なるほど無駄に増えてしまった戦力を処分する意味もあるのですね……」
一度設置してしまった<渦>は指示しない限り一時間に一匹の魔物――魔物部屋なら三〇分に一匹だ――を生み出す。
小部屋や大部屋、魔物部屋などダンジョン内に配置出来る魔物の数には限りがあるのだが、せっかく設置したんだから止めるなんて勿体無いよね的な精神を発揮するとダンジョンが魔物で溢れかえってしまう。
ダンジョンに入り切らない魔物は<待機場所>というダンジョン外の謎領域に送られる。予備戦力としてある程度は必要かもしれないが、維持コストは取られる訳でダンジョンの経営を圧迫する原因にもなりかねない。
しかしだからといってせっかく手に入れた魔物を破棄するのも勿体無い。そういった新人ダンジョンマスター達は案外多いようで過剰戦力を無駄にする事なく放出するのにも進攻はうってつけの機能と言えた。
「まだ低レベルのモンスターしか生み出せないけど、皆が皆、一斉に蜂起したらとんでもない事になるかもね。掲示板の感じだと半分くらいの人が参加するみたいだったよ。まあ、掲示板を見てない人もいるだろうし、いざとなって尻込みする人もいるだろうけどね」
「……それでも、人類滅亡の危機に変わりありませんね」
一つのダンジョンが一〇〇の魔物を放出したとして、一〇〇のダンジョンが祭りに参加すれば一〇〇〇〇という大戦力になる。
一ヶ月もの間、溜めに溜めた過剰戦力は一〇〇や二〇〇では効かないであろうし、それが各地で同時多発的に溢れ出るとなれば多大な被害が発生するはずだ。人類の危機という言葉も全く過言ではない。
「でもまあ、大丈夫じゃない?」
進攻に使われるのはほとんどが在庫処分廃の使い捨てのモンスターだろう。またダンジョンの出入り口はシステム上、ある程度離されて作られており、協力して一つの町を潰すみたいな事も難しい。更に言えばある程度の規模の町には領主がおり、冒険者ギルドも設置されている。貴族の私兵であったり、街の衛士であったり、冒険者ギルドに所属する冒険者だったりが力を合わせれば低級の魔物の群れくらいならどうでもなりそうな気がする。
「……しかしようやく合点がいきました。道理で誰もいなかったわけです」
大方、進攻の様子を物見遊山で観察しに行っていたという所だろう。魔物の群れの状況はコアルームにあるモニターから見られるが、命令が行き渡るのにタイムラグが発生するらしい。
「ところで、ヒロト様は参加されないので?」
「シルバースライムだけでどうやって戦えと?」
そんなディアの意地悪な質問に、ヒロトは憮然とした表情を浮かべるのだった。




