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プロローグ

2020年7月5日第2巻が発売予定です。

文章の見直しはもちろん、書き下ろし等も含まれております。


どうぞよろしくお願いいたします。


 人生は迷路だ。


 狭くて、長くて、苦しくて、後にも先にも無機質な時間だけが続いている。






『みなさんも、このように――……』

 長い挨拶。どうしてこうも年寄りは話が長いのか。ヒロトは大きく欠伸をすると体育館の窓に目をやればちらほらと細かな雪が舞っていた。


 ――道理で寒いわけだ。


 ぶるりと身震いをひとつ。四隅に設置された大砲みたいなヒーターが轟々と熱風を吐き出しているが、体育館のど真ん中にいる二年生まではその恩恵にあずかれないのだった。


「今年はホワイトクリスマスかぁ」

 左隣から声が届いた。その方に目をやれば眉目秀麗なお顔立ちをした親友が立っている。


「ロマンチックだよな、ヒロトも思うだろ?」

「ショウからすればそうだろうけどさ」

 ショウは端正な顔立ちをしているだけでなく、性格も明るく、話し上手で聞き上手、頭脳明晰、運動神経抜群なんていう三拍子も四拍子も揃った学年一のイケメンだ。クリスマスのスケジュールなんてさぞびっしりと詰まっている事だろう。


 ショウのようなリア充連中にしてみれば雪化粧した町並みなんてロマンチックでいいのだろうが、一人身のヒロトにとっては迷惑以外の何物でもない。体は冷えるし、道も滑る。電車だって止まるかもしれない。万一積もってしまった翌日から雪掻きをしなくちゃならない。


「まあ、そう言うなって。そうだ、ヒロト、お前も今夜来ないか? クラスの連中を誘ってカラオケにで――」

「大丈夫」

 皆まで言わさず笑顔で断る。その目が笑っていない事に気が付いたのだろう、ショウは気まずそうに顔を歪めた。


「すまん」

「いいよ、別に。気にしてないから」

 なるだけ感情を出さずに答えた。


 話を終える。そのまま視線を壇上へと移す。


 ――あの日も今日みたいだったな……。


 憂鬱になる。


 ヒロトは三年前のクリスマスに大切な家族を失った。


 あの日、ヒロトは父の運転で千葉県にある某テーマパークに向かっていた。そして雪が降り始めた。視界が悪くなったところで高速道路で渋滞が発生しはじめ、スピードを緩めた所、後ろからトラックに追突されたのだった。


 降雪による視界不良、あるいはスリップ事故。幸せな一家を襲ったクリスマスの悲劇。事故当日、ニュースではそんな風に伝えられたらしい。


 凄惨な交通事故だった。そんな中、ヒロトだけが幸運にも助かった。あるいは不幸にも助かってしまった。


 そしてヒロトは孤独になった。


 トラックの運転手も死んでいた。運転手が努めていた運送業者は社長から役員まで総出で葬儀に来て謝罪をした。運転手の家族も一家の大黒柱を失った悲しみもある中、参列してくれた。


 ヒロトはこの理不尽に対する怒りを、家族を失った悲しみを、孤独がもたらす苦しみを、空しさを寂しさを誰にぶつける事も出来なかった。


 月日が経つに従い、心の傷は癒えていく。悪夢を見る事も少なくなった。その代償だとでもいうのか大切な両親、優しかった姉、可愛かった妹、大好きな家族の記憶は薄れていった。


 残ったのは空しさだけだ。


 ヒロトは空虚な感情を持て余していた。


 そして無感情に窓を眺め、意識を失った。





 気が付けば真っ白な空間にいる。

 周りを見渡せばクラスメイトがいた。

 突然の事態に皆困惑し、あるいは騒然と――出来なかった。


「――――」

 声を荒げる少年、

「――――」

 悲鳴を上げる少女、


 ――声が、聞こえない……?


「ショウ、聞こえる?」

 親友の肩を叩き、声を出す。

 ゆっくりと繰り返す。意図して大きく口を開く。単純な同じ言葉を繰り返せば相手にだって伝わるだろう。


「――」

 ショウは困惑したように首を横に振った。


 聞こえない。


 ショウは口の動きで伝えてきた。


 恐らくはそういう空間なのだろう。原理は分からないが、自分の声は聞こえるし、体は動く。少なくとも視覚、聴覚、触覚は生きているようだ。


 しかし今はこれで良いのではないかとヒロトは思った。この場には一〇〇〇名以上の人間がいるはずだ。ヒロトが通う東部文化高校は一学年につき一〇クラスあり、終業式には殆どの生徒が参加していたはずである。彼らを教育する教師の数だって数え切れない。これだけの人数が無秩序に騒ぎ出したら収集が付かなくなる。


 幸か不幸か音が響かないこの空間がパニックを防いでいた。


 ――とはいえ、いつまでもこのままというのは困るな。


 ヒロトは小さく息を吐くと、親友と視線を合わせ、肩をすくめる。


『はいはーい、皆さん注目!』

 ちょうどそんな時、声が聞こえた。音のない世界において脳に直接響く声。この不思議現象の犯人と見て間違いないだろう。


 ヒロトもまた周囲に視線を送り、中空に何かがいる事に気づいた。


 ――天使?


『みんな気付いたかな? 僕は管理者――君達的に言うと神様の使いです』

 鮮やかなプラチナブロンド、白い羽衣、純白の羽、なるほど聖書に出てくる天使そのものである。


 見た目だけは。


 周囲の反応は様々だ。突然の状況に抗議の声を上げる者――声は聞こえないが――超常現象的な存在に悲鳴を上げる者――もちろん聞こえないが――彼等の反応が落ち着くのを待つほど善良な存在ではないのだろう――天使らしき存在は続ける。


『君達には僕等が管理する世界に行ってもらって、ダンジョンマスターになってもらいます――』


 愛らしいその顔にはニタリという嫌らしい笑みを浮かべていた。



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