ファースト・コンタクト (ある役立たずの異星人の場合)
ある時、宇宙船の故障によって異星人が地球に不時着した。
その姿・形はまるで人類とは異なっている。しかし人類及び他の生物に危害を加えることはない模様。
高度な科学技術を持つ星から来た宇宙船のようで、人類の技術ではそれを修復することは不可能に思われた。また仮に修復を試みるにしても、そのためには莫大な費用を必要とする。
その代り、その異星人から「彼」の星の高度な科学技術を教えてもらい、それを役立てようと考えた。けれども彼は、わたしたちのほとんどが、コンピューターの原理ひとつ知らないのと同じように、科学文明が進んだ星の単なる一住人であった。それになによりも言葉が通じない。
地球人が、同じ地球上の言葉の通じない異国で迷子になれば、なんとか祖国に送り返すことも出来るが、今回は異星人。
さてこの役に立たない異星人を地球人はどう遇するべきか?
見殺しにするのは人道上問題があるのではないかという意見も出たが、そもそも「彼」は人間ではない。
怪異のものとして見世物にしようという一案もあるが、賛否両論あって結論は出ず。
そこで国連は緊急会議を開き、この宇宙からの招かれざる客をどのように処遇すべきかを議論した。
「この宇宙人はどこかの星から島流しにあった罪人で、それを匿うことは地球の益にならない」
「いや、彼の乗っていた宇宙船の構造からして、かなり高度な文明を持った星の住人と思われる。
彼を粗略に扱うことによって逆にこの星の恨みを買うことになるかもしれない。また彼を探しに来た仲間たちが、彼がわれわれ地球人によって手厚くもてなされているところを見て、今度こそ何かしら、われわれの文明発展に寄与してくれるかもしれない。「情けは人の為ならず」だ!」
「エヘン!そもそも、われわれ地球人がもてなしをする以上、それはあくまで人類に何らかの恩恵を与える者でなければならない。彼こそは「無益」。すなわち「有害」である。一刻も早く放逐すべきだ!」
生かすの殺すの・・・数日にわたる喧々囂々の討論の結果、妥協案として、この異星人が何らかの形で人類乃至地球に貢献することが出来るかどうかを調べようという案が可決された。
各国からえり抜きの医師、心理学者、物理学者、天文学者、言語学者、人類学者、果ては占い師までを総動員しての調査が開始された。
しかしそもそもからだの形態から身体の内部の構造もまるで異なり、意思の疎通が取れない異星人に対しては、多少の荒っぽい方法も止むを得なかった。
彼の吐き出す呼気を集め、それが植物の光合成のような仕組みになっているかどうかを確かめた。
彼の排泄物が土壌を豊かにしてくれるかと実験をした。
彼の体液は何か特別な薬効があるのでは・・・?
・・・ありとあらゆる検査ー異星人人体実験が繰り返された。
彼が何を食べるのかさえ分からないので、彼には家畜用の牧草から各国の高級料理までが与えられたが、彼はそのどれをも食べることはなかった。
1年後、現在の人類の英知をもってしては「彼」の謎を解くことはできなかった。
そしてその間に使われた人件費及び調査費用は膨大な額に上った。
ある日突然「彼」が死んだ。
老衰であった。彼は象のように自らの死期を悟り、ひとり宇宙空間を漂い、人知れず宇宙の塵になることを望んで故郷を後にしたのだった。そのような習慣のあるこの星では、宇宙船に関する技術は特別に進歩していた。けれども途中思わぬ宇宙船の故障で地球に落下してきたのだった。
一方地球人は、ひとりの死を迎えようとしている老いた異星人に対し、何とかその使い道は無いものかと躍起になって彼を捲り返し、血を抜き、X線を浴びせ、脳波を測り、その結果膨大なカネを費やしたのだった。
遥か宇宙の彼方、彼の旅だった星では、その家の庭に、彼の生涯に相応しい質素な墓標が立てられ、そばに立つ大きな樹が、静かに、夏のそよ風を受けてそよいでいた・・・