お祓い
「安彦!」
声が聞こえた。
黄色く焼けた畳の部屋で、赤いタライに入った死んだオタマジャクシを持った、十五歳の窪田安彦が、目を開いた。
ああ…。
安彦は気が付いた。
…お札を貼るんだった…。
ゆっくりと、歩き出す…。
体が重かった。
まるでセメントの中を歩いているみたいだ。
六番目の繭に、お札を貼った。
軋む体を、なんとか動かしながら、安彦は最後の一枚、入り口の近くの繭にお札を貼りに行く。
体が硬い…。
意識を、…持っていかれる…。
背中を汗が、ツルリと流れた。
これは…、まるで…
まるで、熱く焼けた雪のように…。
…重い…、重い…、重い…。
毎日背負う米俵は、コクゾウムシが湧いていて、臭い…、臭い…、臭い…。
オタマジャクシが、死んだ…、死んだ…、死んだ…。
安彦は重い左腕を伸ばし、最後のお札を繭に張った。
やった…!
と、思ったが…。
開いていた扉から、廊下が見えた…。
あれは…。
結界の中で、吹雪が御幣を振るう。
「かしこみかしこみ申し上げる。
四方内外の御門に、ゆついわむらの如く塞がり座して、四方四角より疎び荒れびこむ、あまの…」
白尾春奈ちゃんが鈴を鳴らした。
「…のいわむまがことに、相まじこり、相くちあへたまうことなく、上よりいかば上を護り、下よりいかば、下を護り…」
風車が、急激に回転を速めていた。
「…咎過ちらむおば、神直び大直びに見直し開き直し…」
どんっ!
病院のビルが、落ちるように揺らめいた。
「…平らけく安らけく仕へ奉らしめ賜うが故に…」
同時に、部屋を突風が吹き抜けた。
安彦の体を洗うように風が吹きまわり、体を覆っていた重い物を、全て吹き飛ばしていく。
「…御名を称えごとをへ奉…」
部屋の中では、全てのカイコが吹き飛ばされ、渦を巻き、繭が強風の中、しばらくは風に耐えていたが、やがてべラリと剝がれて、飛んでしまった。
「…らくと白す…」
部屋の天井が、まるでウエハースのように粉々に砕け、真っ赤な夕日が、双葉さんの部屋に差し込んだ。
白尾春奈ちゃんが、鈴を鳴らした。
ごぅ…。
うなりを残して、全てのものは、風に運ばれて飛び去って行く。
繭もカイコも、吹き飛んでいた。
吹雪が柏手を打った。
回っていた、風車が、カタリ、と止まる。
はっ、と牧名正は、しがみつくように押さえていた棒から手を放し、赤い空を見上げた。
「おいおい…、こりゃ…」
停まった風車から手を放して立ち上がり。
「お祓いが成功したのか!」
うわぁ、と喜びの叫びをあげた。
金色がかった夕日の下、大声で喜んでいる中。
安彦は立っていた。
「みんな…、ごめん…」




