吹雪ちゃんの真実
下校のチャイムが鳴り、安彦はクラスメートと分かれて車に乗った。
神泉にある学校から山手通りに出る道で、車が信号で止まった。
ふと、横を見ると、白髪の少女が、商店街を歩いていた。
どうも中島吹雪ちゃんは、徒歩で通学しているらしい。
ん…。
安彦は呟いた。
吹雪ちゃんが曲がった角を、加速して追いかける男が見えた。
どうも、ただならない雰囲気だと思ったのは、安彦の勘違いだろうか?
「山本さん、ちょっと止めて」
安彦は細い路地に走った。
渋谷区とは思いないような、うらぶれた細い路地には、左右に小さな人家やアパートが密集していた。吹雪ちゃんから十歩後ろを男が歩いていたが、様子がおかしい。
男は、上着の影から安物の包丁を取り出すと、足を早めた。
どうやら吹雪ちゃんをロックオンしたらしい。
安彦は走った。
男は背を屈めると、吹雪の小さな背中に、ステンレスの鈍い輝きを、突き刺した。
安彦は、男を追い抜くと、ハンカチを縦に三つ折りにして、包丁を両手で受け止めた。
「吹雪ちゃん、逃げて!」
安彦の全身が軋んだ。
巨人は恐ろしい怪力だった。
「な…、なんであんたが、ここにいるのよ!」
吹雪は叫んだ。
「車から君が見えたから! 何かが君を追って道に入ったから! 気になって!」
吹雪は一瞬黙り込んだが、静かに言った。
「そのまま耐えていなさいよ」
「そうは持たないよ…」
「少しの間よ」
安彦は全身に力を込めた。
背後で、何かが起こった。
それは安彦には、気配、としか言えなかった。
唐突に巨人が消えた。
安彦は盛大につんのめった。
「いててて…」
顔面からアスファルトにぶつかった安彦が、転げまわる。
ふと、顔を見上げると、吹雪がしゃがんでいた。
キツい目で安彦を睨んでいた。
「もう二度と私に構わないで頂戴!」
その剣幕に、安彦は、ごめん…、と謝る。が…。
質問せずにはいられなかった。
「吹雪ちゃん、あの巨人は一体?」
吹雪はしばらく無言だったが…。
「いわゆる、魔、ってやつよ。簡単に言うと」
「魔? 魔物ってこと? そんなの本当にいたんだ!」
「馬鹿ね、自分だって神様に憑かれているでしょ」
「あ、そういえば、そうか」
アハハと笑うが。
「でもなんで吹雪ちゃんを襲ったの? あ、もしかして俺たち皆襲われるってこと?」
吹雪は溜息をついた。
「違うわ。私だけよ。
私は退魔の家系なのよ。
退魔の家系の、神を持った子供は、神が育たないうちに殺してしまおうと、魔に常に狙われてしまうのよ」
「ええっ!
大変だねぇ!」
「いつものことよ。だから私に構わないで」
「でも、逆にやっつけられちゃうぐらいなら、襲うだけ馬鹿々々しいみたいだけど…」
吹雪の声が澱んだ。
「やっつけてなんてないのよ。
一時的に追い払っただけ。
まだ、今の私には、そんな力はないのよ…」
「えぇ! じゃあ、また、あの巨人も襲ってくるの?」
吹雪は自分の白い髪をいじって俯いた。
「巨人に限らないわ。あらゆる魔が、私を狙っているのよ…。だから絶対、近づかないで!」
吹雪は安彦を睨むと、そのまま路地の奥に走り去った。