パワーシャベル
安彦たちは必死に走っていた。
泥は、津波のように安彦の背後に迫っている。
高嶋裕が、ぐらり、とよろめく。
彼は、ずっと五十嵐老人を背負って走り続けていた。
「俺が変わるぜ。お前はパワーシャベルを運転しなきゃならないからな」
牧名正が、高嶋裕を支えた。
安彦は、高嶋裕の背後に回り、五十嵐老人を抱えた。
そのまま、牧名正に背負わせようとするが、山本さんが割り込んできた。
「私は車で座っていただけですからね。少し、体も動かさせてください!」
「うちの道場の人間は、誰でも米俵を背負って二十キロぐらいは走れるんだよ、ここは山本さんに任せよう」
と牧名正に言った。
「どうでもいいから早くしなさいよ!
あいつら、気のせいでなきゃ、どんどん大きくなっているわよ!」
吹雪ちゃんが叫んだ。白尾春奈ちゃんも。
「どうやら泥なら何でも、雑木林の土でも自分の体に出来るみたいね。
河原あたりで決着をつけた方が良かったかも。この辺は、道の周りは泥だらけだから…」
確かに泥は、どんどん嵩を増し、蠢く黒い壁のように安彦の背後に迫っていた。
「工場だ!」
伊沢直樹が先行し、ポケットから針金のような物を取り出した。
「そこのシャッターよ!」
吹雪ちゃんが伊沢直樹に教えた。
「よーし、じゃあ、ちょっとやってみようかな…」
安彦は言うと、最後尾に付き、叫んだ。
「窪田流剛体術、秘伝!」
「わ…、若様、それは…!」
山本さんが慌てるが、安彦は空手のように構え、息を吐いた。
泥は目前に迫っていた。
「清流突きっ!」
普通の下段突きに見えたが、安彦が泥にパンチをねじ込むと…。
泥が、放射状に広がって、動きを止めた。
安彦は必死に後ろを向き、脱兎のごとく走り出した。
一瞬で仲間に追いつくが、泥は震えたままだ。
「なんか凄ぇ技だな?」
牧名正の問いに、安彦は解説した。
「要は、人体も泥も同じ、体にたっぷりと水を含んでいるんだよ。
だから、人体の体の表面を振動させて動きを止める技が、泥にも使える、かなー?、と考えたんだ」
「若様、軽々に秘伝技を使ってはいけません!」
「山本さん。ここで使わないで、いつ使うんだよ?」
言っている内に、シャッターが音を立てて開いた。
「みんな、横転しているパワーシャベルを起こすんだ!」
安彦が叫び、全員がパワーシャベルの側面に走った。
一気に押すと、巨大な重機が轟音と共に廃工場のコンクリートに倒れ、膨大な量の埃が舞い上がった。
「早く乗って!」
吹雪ちゃんの叫びと共に全員がパワーシャベルに上がり、高嶋裕が、エンジンを始動させた。
ドゥ、と鉄の塊が唸り、パワーシャベルが動き出した。




