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神鳴りさんと夕立ちの午後  作者: 六青ゆーせー
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赤服

その日は一日、色々な親戚知己を回り、暗くなってからやっと家に帰ると、赤飯と鯛が用意されていた。

酒席となり、神のためだから、と安彦も猪口一杯の酒を飲まされ、早々に寝た。


翌朝、安彦は車に乗って通学した。

私立謳錬学園。

安彦と似たような家系の者たちが多く通う学校である。


車を降り、すぐ友達の高橋を見つけ、声をかけようとした時。


「待ちたまえ!」


安彦は数人の男たちに取り囲まれた。


「なんだ、あんたらは…」


見ると、普通の制服ではなく、ポケットや裾に赤いラインが入っている。


「赤服?」


それは謳錬学園では特別な存在だった。

噂では、高等科の空手部の部長が中等部の赤服に秒殺されたとか、プロの棋士が初等部の少女に将棋で負けた、とか数々の伝説が語られている。

安彦たち普通科の学生は、近くに赤服がいるというだけで、微かに緊張が走るほどだ。


だが、この状況は、まだ、いわれは判らないにしろ剣呑だった。

安彦は、微かに腰を低く構え、いつでも窪田流剛体術を使えるように準備した。


周りの生徒も足を止め、状況を見守る。


「そう。

我々は赤服だ。」


男たちは胸を張る。


「そして、君も今日からは…」


男たちは右肩を指さした。

赤服たちの肩の上には、緑や青の、球体が浮かんでいた。


「ええっ! 赤服ってそういうことなの?」


安彦は引き摺られるように初等、中等、高校と続く校舎を通り過ぎ、大小体育館とプールが一つになった複合体育館と講堂を過ぎて、美しい煉瓦の道に向かった。


煉瓦の道は深い森の中に続いている。

ここが通称、森、であり、樹齢数百年を誇る大木たちに囲まれた神秘的な場所である。

赤服たちは、この森の中にある、御殿、で授業を受けるという。


森の中には一般生徒は入れない。

昔、初等部の頃、安彦は友の高橋らと、森にはオオクワガタがいる、と噂を聞き付け、忍び込もうとしたことがあった。


誰もいない裏側に回り込み、森に足を踏み入れようとした瞬間、安彦達は赤服に取り囲まれ、放り出された。

それ以来、赤服たちの神秘の力を畏れと好奇心を持ってみてきた安彦だが。自分が森の中に入る日がこようとは。


初めて、ちょっとした車ほどの幹の太さのある樹齢何百年の木々が茂る森の中に入ると、赤い大きな鳥居があった。


潜り抜けると、レンガ敷きの道の両側にブロンズ製の灯柱が昼なお暗い森を照らす、美しい通路が真っ直ぐに続き…。

その先に、太陽の陽を浴びた、鹿鳴館か迎賓館を、少し小型にしたような白亜の洋館が建っていた。


「おお、これは綺麗だな…」


赤服の男たちは大きく頷き、神のために清掃と補修は欠かさないのだ、と再び胸を張った。


安彦は、徐々に期待を抱き始めていた。

これは…、もしや、あれではないのか?

いわゆる、クラスに案内されてみたら、なんと美少女だけのクラスで、ハーレムアニメの主人公的なウキワクの毎日が俺を待っている、っていう…。


「いいかい。授業は今までと変わらない。ただし我々は神を学ぶ授業が三教科増える。

教科書も増えるが心配はいらない。教科書は国家からのプレゼントだからだ」

「こっ…、国家?」

「そうだ。

神に選ばれた人間は、世界的に見ても希少なのだ。我々は世界全体の人間を見渡しても0,07%しかいないんだ!」


男たちは綺麗にハモった。


「さぁ、これが教科書、そして、ここが君の入る、中等部三年の教室だ!」


ドアを開くと、素晴らしい光景が…‼


っていうか、意外と普通だな…、と安彦は思った。


教室も前よりも狭く、その分後ろのロッカーは大きかったが、灰色のスチール製だし、机も普通の板の机だ。

六つの机の前には赤い服を着た五人の人間…。


考えてみれば、安彦と同じような境遇の古い家系で神の山を守っている、なんていえば男が多いのも仕方がない。


メガネが一の、坊主が一の、ガタイのでっかいの一の…。


安彦は五人をしばし眺めた。


赤服の女子制服は初めて見たかもしれない…。

男が普通の学ランに赤いラインが入っているのと違い、女子はシルエットの細い学ランにスカートか細身のズボンを選べるらしかった。


髪を後ろで緩く三つ編みにして、肩から垂らしたメガネの少女は、前髪に印象的な花を抽象化したようなデザインの髪飾りをつけていた。


そして、もう一人は銀髪の小柄な少女で、髪は大きなポニーテールに結ってあった。


安彦は、スルリ、と教室に足を踏み入れた。


「おはよう、俺、窪田安彦。よろしくな」


満面の笑顔で言った。


女子は確かに二人だが…。


レベルは高い。三つ編みの子は見事なバストラインだし、白髪の女の子はちっさくて可愛かった。


「ああ、よろしく。俺は牧名正だ」


と、メガネが言った。


「僕は伊沢直樹」


とボウズがはにかむ。


「高嶋裕」


とガタイのでっかいのが頷く。


「白尾春奈だよ」


髪飾りの、胸の大きな子が、美しいソプラノで答えてくれた。

白髪の小柄な少女は、少し伏し目がちに呟いた。


「中島吹雪、よ」


「吹雪ちゃんか…、一度聴いたら忘れられない名前だね」


「酷い名よ」


吹雪ちゃんは顔をそむけた。


「確かにインパクトはあるけど…。女の子には強そうすぎるのかな…」


吹雪は大きなポニーテールを揺らして、キッと安彦を見て。


「吹雪が好きな人間なんて誰もいないじゃない! そんな最悪の自然現象を娘の名につけるなんて、酷すぎるわよ!」


安彦は吹雪ちゃんのコンプレックスに触れてしまったらしい。


「えーと、俺は別に君を怒らそうと思ったわけじゃないんだ…、けど、ごめん」


吹雪ちゃんは、横の髪飾りの女の子、スラックス姿の白尾春奈ちゃんを押し退けるように教室の外に出てしまった。


「参ったなぁ…、俺、あんまり考えないで喋っちゃうもんだから…」


「気にすることないよ、吹雪は地雷だらけの女の子なんだから」


白尾春奈ちゃんは気の毒そうに笑った。


「地雷だらけ?」

「コンプレックスの塊なのよ。家柄、容姿、食べ物の好き嫌いまで、みんな地雷なの…。悪い子じゃないんだけど…」


担任教師が来たので話は終わってしまったが、安彦はどうにかして吹雪ちゃんに謝りたい、と思っていた。


授業は確かに、普通科と何ら変わらない。

そして、その日は神様にまつわる授業は無かったので、そのまま終業になってしまった。

昼休みも、放課後も、吹雪ちゃんは消えるようにいなくなってしまった。


「俺が失礼なことを言ったから、避けられているのかなぁ」

「そんなことないの。いつもそうだよ」


と髪飾りの白尾春奈ちゃんは教えてくれた。


「クラスに馴染もう、って気がないみたいなのよ」


そうそう、とメガネの牧名正が口を挟む。


「俺も、君の神様って変わってるよね、と言ったら怒ってしまって…」

「そう言えば、白くて、六角形みたいな形だったな」

「立体だから十二面とかなんだろうけどね、他の皆の神様は球や楕円が多いだろ、ただの日常会話のつもりだったんだけど。本当に三百六十度の地雷原なんだよ」


牧名正はメガネを光らせた。


中島吹雪ちゃんは、なかなか難しい性格らしかった。




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