川の中州
沼倉村は、廃工場の裏山を挟んで滝沢村と向かい合っており、僅かな平地の先は、この地方によくある小さな岩山に挟まれた谷間だった。
村のはずれは山の尾根で遮られていたが、少し登ると荒川に繋がる細い支流になっていた。
安彦たちは尾根を上り、岩を下った。
言葉にすると登山のようだが、実際は昔からできていた細い道もあり、数メートルを下れば、川に出る。
この昇降で少しは泥人間から距離を取れると踏んでいたのだが、安彦の計算は脆くも崩れた。
泥人間には、およそ痛覚らしきものは無いと見え、川への急傾斜を、自ら転げ落ちていった。
登りで出来た僅かなリードを潰され、安彦たちは河原で包囲されてしまった。
咄嗟、安彦は手近にあった直径数メートルの岩石を泥人間に投げつけた。
「馬鹿ね! 剛体術を使う体力があったら、赤い恋人の維持に使いなさい!」
「あっ、そっか…」
吹雪ちゃんに怒られながらも、包囲のほころびを突いて、安彦たちは飛び込むように川へ入った。
五月とはいえ、水は雪解け水のように冷たかった。
「…冷たすぎて、痛いね…」
伊沢直樹が青ざめる。
だが、背後には泥人間が数十、群れを成して追ってきている。
安彦たちは、ともかく、川の瀬の中洲に辿り着いた。
これ以上、川の深みに進むのは、どうやら無理のようだった。
安彦は赤い物を拾い上げた。
…おそらく、これが…。
「見ろよ、奴ら溶けていくぜ!」
牧名正が、喜びに叫んだ。
川に足を踏み入れた泥人間たちは、数歩歩くうちに足が溶け、グラリと倒れた。
そして胴体が水につかると、もう、顔面が溶解し始めていた。
泥が、内部で水を吸い上げていくらしい。
顎がよじれ、顔面がボロり、と崩れた。
「これはグロいね…」
伊沢直樹は完全に引いて、顔を背けた。
「よ…、よーし、作戦成功だ…」
安彦は言うが、吹雪ちゃんが遮った。
「まだよ! 下流で泥が集まっているわ!」
ふと、流れの先に目をやると、泥人間だったものらしき泥は、透明な水の中で、まるで生き物のように水中を蠢き、徐々に中州に近づいて来ていた。
「やばい! どうしよう!」
牧名正は一転、悲鳴を上げるが。
安彦は叫んでいた。
「ほら、滝沢邸に向かう途中で橋を渡っただろ、この川が橋の川なんだ!
だから川沿いを進めば、道に出るはずだ!」
吹雪ちゃんも叫んでいた。
「もう、やるしかないわ! 走るわよ!」
声を発した時には、吹雪は水飛沫を上げて川に入っていた。
沼倉村の尾根道沿いに河原を走ると、雑木林が茂っていた。
「木はヤバイ!」
避けようとする安彦だが、不意に、わっ、と叫んだ。
安彦の横に浮かぶ神様が、震えていた。
神様の先端が、雑木林に向かっている。
安彦は、嫌そうに雑木林を見上げたが…。
神様は震え続ける。
「みんな、こっちだ!」
安彦は雑木林に飛び込んでいた。




