トトサの姿
「では、祠にカシマサマを持ってきたのは?」
えっ、と五十嵐老人は驚き、安彦が石を見せると。
「全く知りませんでした。
と、言っても、ここの祭り方を知っていたのは、奥様、社長のお母さんで最後だったので、おそらく奥様が一人で泥から掘り出し、この山道を一人で登って行ったのでしょうなぁ…。
少々キツイところはありましたが、芯の通った方でしたから」
「それじゃあ、奥様が亡くなってからは、全く、誰も祠には…」
白尾春奈ちゃんが聞いた。五十嵐老人は頷き。
「今からすれば、せめて水の一杯でも上げておけば良かったか、と思いますが。
でも当時は、もうそんな時代じゃない、といった意見が多くて、工場も順調でしたし、イケイケでやっていて。
山の祠のことなど、正直、忘れ果てておりました。
あの事が起こるまでは…」
「あの事?」
安彦が問うと五十嵐老人は体を震わせた。
「ある朝の事です。会社に出勤してみると、工場に泥が撒かれていたのです。
もし奥さんや双葉ちゃんが知ったら大変だ、と思い、職員総出で清掃をしたのですが、一度ならず、二度、三度、と泥が撒かれるのです。
ついに奥さんにも知られてしまい、大変なショックを受けておられました。
まぁ、当然でしょう。社長亡き後、一生懸命に従業員のために、と会社を切り盛りされていたのです。
正直、社長が亡くなった時には、誰もが工場をたたむものと思っていたのです。
それを奥さんと双葉ちゃんが、皆の生活を考えて、仕事を引き継いで、東京と秩父を往復しながら頑張っていたのに、こんな事があってはねぇ。
私らも本当に頭に来ました。
悪ふざけで済む話ではありませんから。
そこで社員が、自前のビデオカメラを持ち出して、簡易防犯カメラを作ったのです。
夜にセットして、何かあれば朝に調べる、ということですね。
数日は何もありませんでした。
防犯カメラのことを知っていたのは、私と提案者の山田君のみ。作業も会社が終わってから、こっそりと仕掛けたのですが、犯人に知られてしまったのか、とも思いましたが、泥は収まっているのだから一定の効果はあったのか、とそんな風に考えておりましたところ、ある朝、会社に出てみると、またしても泥だらけだったのです。
社員を集め、犯人を皆の前で晒す、とそのつもりでVTRのスイッチを入れました…」
五十嵐老人は、肩を怒らせたまま、項垂れた。
「そこに…、あれが映っとったんです。
カメラは、部屋を斜めに俯瞰できる棚の上に、段ボールを被せて仕込んでいたのですが…。
作業部屋にある搬入口の扉の下から、水のようなものが流れ込んできたのです。
作業部屋の扉は防水仕様で、というのも衛生上の理由で何日かに一度は、中を水浸しにして清掃をしなければならなかったからなのですが。
外からだって、決して水などはいるわけがないのです。
それなのに、扉の下から、どんどんと水、いやカラーなので色も判りました。
あれは泥だったのです」
「外から勝手に泥が入ってきたのですか?」
白尾春奈ちゃんの問いに。
「そうです。扉は五センチほど、風呂場のように段差が付けてもあるのです。五センチは、排水溝を塞ぎさえすればプールになる構造で、むろん外からも五センチ程度の高さはあるのです。
台車を通さないといけないので、それ以上にはできんのです。
だから泥は、自力で五センチを上がり、しかも防水扉をどうにかして通り抜け、そして扉の前に溜まっていきました。
どんどん泥は広がり、同時に盛り上がってきたのです」
「盛り上がる? 表面張力のように?」
と安彦が聞くが。
「いやいや、そんなもんじゃありません。しいて言うなら雪が吹き溜まっていく、とでも言うのでしょうか? 五センチ、十センチと、そこだけ泥が膨れ上がり、やがては餅のように、ありえないほどに膨れ上がりました。
そして…。
徐々に泥は人の形になったのです」
「どんな感じの人でしたか?」
吹雪ちゃんは聞いた。
「今でも、目にくっきりと焼き付いとります。
まるで、仁王様のような屈強な男、まさにトトサでした」




