三つの神
「あの時のことは、全て忘れよう、忘れてしまおう、と思ってはいても…、あの時見た誰もがそうなのでしょうが、…忘れられずに、真夜中に冷や汗をたらして目を覚ますのです…。
誰にも言わない…、そうみんな思って、わしも妻にさえ一言も喋っていないことです。
棺桶の中まで持って行こう、と思っていたのですが…、双葉ちゃんの命が危ない、と言うのですか?」
五十嵐老人は、目に涙を浮かべていた。
「現在、彼女、中島吹雪さんの結界の中で双葉さんは生存していますが、いつまでも、とはいかないのです」
白尾春奈ちゃんが、神妙に答えた。
「ぜひ、五十嵐さんのお話を聞かせてください。
お願いします」
安彦は頭を下げた。
「そうですか…?
危ない…。そうでしょうなぁ…。わたしも、あれを見たのですから、どれだけ危ないのか、は判っとりました。
でも、双葉ちゃんまで危ないとは…、病院なら安全だとばかり思っておった。
あれが…、病院にまで来たのですか?」
「あれ…、とは…?」
安彦の問いに五十嵐老人は溜息をついた。
「あれは…、トトサという、第三の神なのです」
「トトサ?」
吹雪が変な声を上げた。
「ま、まさかオシラサマなの?
馬子サと娘子サ、そして父サだっていうの?」
「なに? 吹雪ちゃん、オシラサマって?」
「あんた、自分で桑の葉がどう、とか言っておいてオシラサマも調べてないの?
カイコの神様よ」
白尾春奈ちゃんが、にこやかに。
「昔、昔、あるところに馬を愛しちゃった女の子がおりました。
彼女は愛する馬と結婚してしまいましたが、お父様は怒り心頭。
馬を木に吊るして、殺してしまいました。
娘が泣きながら首にすがると、お父様は馬の首を切ってしまったのです。
すると、あーら不思議、娘は馬の首に乗って、飛んで行ってしまいました、とさ」
安彦は唖然として聞いていた。
「それって!
首を吊って、と、首を切った、と、まるで滝沢さんと奥さんと一緒じゃないか!
つ…、つまり、娘と馬の神様だけど、二人一緒にいるとトトサに見つかり、殺されてしまうので、交互に祭っていた…と?」
「遠野ではそんな信仰じゃないんだけど、こういうものは伝わり方で色々と違いが出てしまうものなのよ。元の中国の神話では、娘は、馬を結婚してやると騙しているらしいわよ」
白尾春奈ちゃんの解説に安彦は叫ぶ。
「つまりは、オシラサマの地方ルールだった、ってワケ?」
「でも本当なら、トトサの祟り、なんて無いんだろ、なのに何で?」
牧名正が混乱して言う。
「それが障りになってしまうのが神様の世界なのよ…。
例えば七福神って、日本ではこれ以上ないぐらいに優しい神様だけど、外国では恐ろしい神様だったりするものなのよねぇ」
「荒魂、和魂などとも言って、神様の表情は常に同じ、とは限らないのよ。あるところでは福の神でも、別の場所では強烈に祟ったりするものなの。
だから黒猫先生も、神様など見ないが一番、って言ってたでしょ。
あんたたちの横のフワフワした神様だって、ある日、突然、荒魂にならない、とは言えないのよ」
吹雪ちゃんが語気も荒く語った。
「なんつー、めんどくさい…」
牧名正は天を仰いだが、安彦は五十嵐老人に。
「話の腰を折ってしまい、すみません。
トトサのことを、お話ししていただけますか?」
五十嵐老人は頷いて語りだした。




