元福の儀式6
お山の麓では車が待っていた。
うたた寝をしていた運転手の横の窓をコツコツ叩くと、運転をしていた風見が飛び起きた。
「どうでしたか、元服は?」
風見は、祖父源重郎に仕える、秘書だ。窪田道場を取り仕切る役目も担っている。
「うん。よく寝た」
「寝ましたか?」
「うん。
そしたら…、この赤いのが付いて来ちゃったんだけど、何だろう、これ?」
風見は急ブレーキを踏んだ。
「憑きましたかっ!」
「わっ…、なに?」
それから風見は忙しく電話をかけ始めたが、安彦の問いには、ついに答えなかった。
家の門を潜ると、祖父源重郎が紋付き袴で飛び出してきて、抱えるように安彦を迎え入れた。
安彦は風呂に入れられ、袴を着せられ、広間に通された。
そこには窪田の門下一同が集まっていた。
普段は仕切っているふすまを全て取り除き、五部屋ぶち抜いて作られた大広間一杯、おそらく二百人は下らない人間が、この早朝から部屋に溢れていた。
「皆、安彦が見事、元服を果たしたぞ!」
源重郎が喜び叫ぶと、門下一同が喜び響く。
安彦は困惑の極に達した。
「なんなんだよ、皆して。この赤いッヘブゥ!」
安彦の口が、源重郎の巨大な手で塞がれる。
「馬鹿者、神については、決して口に出してはならぬ。こっちに来い!」
と奥の部屋に連れていかれた。
薄暗い六畳間で、源重郎は囁いた。
「よいか安彦。お前に憑いているのは神なのだ。
普通の人間は神を見ただけで死を賜る。
お前は特別に選ばれたが、神について迂闊に口にして怒りを買うようなことがあれば…」
「あれば?」
「聖書曰く、神の怒りを買ったソドムの民は塩の柱になった、とある」
「ええっ! そこで急にキリスト教なの‼」
「何しろ見ただけで死を賜るのだ。ものの本を参考にするしかないのだよ」
安彦は首を捻った。
「祖父さんはどうしたんだよ?」
源重郎は肩を落とした。
「わしは元服に失敗した」
「えっ、そうなの?」
「石の壁を見たか?」
「うんうん。見た見た!」
「あれを叩き割ろうとしたら、山から放り出されたのだ」
まぁ、祖父源重郎ならしそうなことだ。
「じゃあ、父さんは?」
「横の森を三日三晩彷徨って、何とか捜索隊に発見されて一命は取り留めた」
迷うほどの森ではないので、逆に本当そうだった。
「お前は四代前以来の元服成功者なのだよ!」
「ひい爺さんか! それでどうなったの?」
「もう死んでいるよ…」
「そんなの知ってるよ! 神…、様が憑くとどうなるのか、って聞いているんだよ」
「さぁな、わしから見ても、普通に生き、九十二で大往生をしたと思うが。何か特別なことが出来たのかどうか判らんし、第一、迂闊に神を語ることは禁忌だからな。
孔子曰く、怪力乱神を語るなかれ、とある。
何も記録には残せんのだ。
お前も、神について軽々に話すことは絶対に禁止だぞ、分かったな」
安彦は唸った。
「じゃあ、俺はどうすればいいんだよ!」
祖父源重郎はガハハと笑った。
今に分かるよ、と…。




