日記14
「私は、いつかのように子供に戻り、裏山を走っていた。
三人の沼倉村の友達も一緒だ。
だが今日は、私の友達たちは、何か切迫した表情だった。
早く、早く、と急かされ、沼倉村へと山を下りていく。
私は、駄目だよ、お母さんに怒られるんだ、と断っているのだが、三人は凄い力で私の手を引く。
三人に引かれてしまえば、同じ子供の私一人では太刀打ちできない。
沼倉村に連れて行かれる。
だが…。
そこは、いつかののどかな沼倉村ではなかった。
一面の泥の沼で、家屋の残骸が、ぽつりぽつりと残っている程度。
全ては沼の底に沈んでいた。
しかし三人は、嫌がる私の手を強引に引いて、泥の中に引き込もうとしていた。
私は泣き叫んだ。
助けて、お母さん!
その時、私は背中をさすられ、起こされた。
悪夢から覚めて、私は大きく安堵した。
「ああ和子か、今ちょうど恐ろしい夢を…」
ところが、背中をさする生暖かい手が…。
「…おべべ、着せてけろ…」
間違いなく、あの男の子の声が、ヘッドフォンの中から、私に囁いた」
「もはや、目が見えなくとも、ヘッドフォンをしていても逃げられないのか」
牧名正が呟いた。
「触られるのは、さすがに勘弁だよなぁ…」
安彦も言う。
それから先には、あまり情報と言えるような文章はなかった。
滝沢氏は、慌てて山口先生のもとにタクシーで向かい、白昼夢や幻聴、さらに背中に、ひたりとしがみつく生暖かい手のことを訴えるが、いかに現代医学とはいえ、そんな現象に対処する方法は無かった。
だが山口医師も無策だったわけではない。
精神科の受診を勧めたのだ。
滝沢氏は、最初こそ自分の頭がおかしいと言うのか、と怒りを覚えるものの、そう言っている診察中でさえ、急に手が滝沢氏の背中をさすり「…おべべ着せてけろ…」と呟くのだ。
観念した滝沢氏は、山口医師にお願いし、その日のうちに精神科の大山医師に診てもらった。
「確かに、薬の副作用で無いとも言えませんなぁ。
特に、体の、皮膚に違和感がある、などと言うのは薬物中毒にも見られる現象ですからなぁ。
しかし、こうして話していても、滝沢さんには精神病の兆候は感じられない。
いや、精神科というのは、検査で出るものではない。感じるのですよ。
そのうえで、滝沢さんには、向精神薬飲んでもらい様子を見ようと思います」
その翌日から、滝沢氏の日記は、ほとんど恐怖と妄執の塊になり、三日後に途絶えていた。




