日記12
部屋のオープンリールは、動いてなどいなかった。
考えてみれば、書斎と居間の間には二間も部屋が離れている。仮に何かのはずみでスイッチが入ったにしろ、ラジオを点けた居間にまで聞こえるとは考えにくい。
妻は、なにがあったのか、と聞いてきたが、私も生まれて初めての経験に、どう説明したものか分からなかった。
これは、今にして思い返すと白昼夢というものなのだろうか? 断定はできないが、あの老婦人の眼差しが恐ろしかった。
もう少しで視線が合ってしまいそうだった。
何か…。
うまく言えないが、視線を合わせてしまったら、もう逃げられないような気がした。
なにからか、それは私にもわからないのだが…。
しばらくは、扉を開けるのが怖くて、まだまだ寒いというのに、わざと全ての部屋の戸を開けたままにしていた。
目が見えないので、そうしてくれ、と妻に言うと不承不承厚着をして付き合ってくれたが、一週間もすると無理だ、と音を上げた。正直、私自身限界だった。
この家は、友人の建築家に設計してもらったオーダーメイドだが、やや広すぎるのが難点で、特に玄関の吹き抜けが真冬にはとても寒くてかなわない。誰ががドアを開けると、居間の引き戸が風で震えるものだから、家の者は台所口から出入りする始末だ。
最低限の扉は閉めて、あの時は特別だったのだ、と思い直した。
まず、民謡が聞こえてきていた。
音に注意さえすれば、二度と再び老婦人と出会うことはないだろう。
だから私は、多少ぎくしゃくしながらだが、日常生活に戻っていった。




