扉
エレベーターの扉が開くと、美しいブルーグレーのカーペットに深い木目調の壁材の、広々とした豪華な廊下だった。十メートルほど歩くと、最初の居室が芹沢奈々枝さんだった。
インターホンを押すと同時に、にこやかに芹沢さんが出てきて、安彦を奥の部屋に案内した。
そこは二十畳ほどの、床から天井までの一面の壁が一枚ガラスで外を見渡せる部屋だった。緑のカーペットはふかふかで、その中央に吹雪が座っていた。
数時間ぶりの吹雪だったが、相変わらず、微笑むでもなく、目を合わせるぐらいだ。それだけでも吹雪にしてみれば大進歩なのだが、今は安彦も、吹雪の意に反して、再び秩父に行ってほしい、という願いを伝えなくてはならないので、気後れしていた。
芹沢奈々枝さんは安彦や吹雪を圧倒するエネルギーで、自作のクッキーを振舞い、ハーブティの効果を語り、パワーストーンを語った。
なんでも、吹雪のお祖母さんに弟子入りしたのも、二十代の頃、当時バブルに沸く東京で、悪い霊に憑りつかれ、お祖母さん、辰子師匠に除霊してもらったのが最初なのだという。
安彦はバブルの東京などどんな世界だったのか分からないが、今でいうとクラブのような、ディスコという場所で、悪い仲間と付き合ううちに、悪い波動が身についてしまったのだという。
「人には波動というのがあるのよ。
親しく付き合う人の影響を、どうしても受けてしまうの。
難しく考えなくとも、たとえば鬱の人と長い時間過ごすうちに、鬱が移る、といった現象が起こるわ。
それも波動なのよ」
安彦は男の子らしい前向きな波動がある、と芹沢さんは頷き。
「ちょっと横になってみて」
安彦は毛足の長いカーペットに埋まった。
芹沢さんは安彦のおなかのあたりに手を浮かし。
「やっぱり。
窪田君は、赤のチャクラが凄く発達しているのね。
それで霊、赤い恋人、だったかしら? が居心地よく過ごせているのね」
「チャクラ、ですか?」
「ほら、手先の器用な人っているじゃない。そういう人は心臓の、緑のチャクラが発達しているものなのよ」
安彦の胸に手をかざし。
「安彦君も結構器用ね。プラモデルとか、好きなのかしら」
「え…、ええ、少々」
「安彦君の場合は、尾てい骨の赤のチャクラ、からオレンジの下腹部のチャクラ、黄色のお臍のチャクラ、そして緑の胸のチャクラが発達しているの。
特に、異様、というほど赤のチャクラが広がっていて、そのままでも十分に操魔が住める広さがあるのよ。
ただ今後、赤い恋人と心を通わせようと思うなら、ここ」
と、安彦の額に手を置き。
「青のチャクラ」
頭のてっぺんを触り。
「紫のチャクラを発達させる必要があるわ」
安彦を起こして。
「難しいことじゃないのよ。最初はイメージするだけでいい。
背骨を中心として、青や紫の歯車が回転していると思い、自分でまわしてみるの。
テレビを見ながらでも、電車に乗りながらでもいいのよ」
指をくるくる回した。
「しかし、実際問題、赤い恋人を外に出したい時のために、一つの呪を作りましょう」
「呪を作る?」
「そう。チャクラを回転させるのも一つのイメージという呪であれば、体に入った赤い恋人を出す、というのも一つの呪であるわけよ。
さしずめ、自分を一つの扉であり、鍵である、と思いましょう。外からは開かない鍵よ。窪田君が自分で、自分の中の、そうね、左手で右肩を押す、という動作をしたときにのみ、鍵が開き、扉が開く。
イメージしてみて」
安彦は、自分を両開きのアーチ型扉とイメージした。
そして、左の手で、右肩を押す。
そう…、扉を押し開けるイメージで…。
扉の右側が開くイメージで…、アーチ扉が開いた。
二十畳の部屋に竜巻が巻き起こり、巨大な霊が現れた。




