操魔
「あらぁ。君が吹雪ちゃんのボーイフレンド?」
品川シーサイドを降りてすぐの高層マンションだ。
豪華なエントランスの奥のコンシェルジュに用件を伝えると、すぐに髪をショートカットにした妙齢の女性が現れ、芹沢よ、と握手をした。
芹沢奈々枝さんはにっこり笑い、ボーイフレンドか、と言いながら、安彦の顔を覗き込む。
安彦は否定も肯定も出来ずに慌て、芹沢さんはホホホと笑った。
「さぁ二十五階で吹雪ちゃんが待っているわよ」
芹沢さんは、安彦の腰をトントン叩いてエレベーターに向かった。
エレベーターの扉が閉まると、芹沢さんは安彦の手や足をトントン叩き。
「あなた、相当体を鍛えているわね」
「ええ。僕は窪田流剛体術の家に生まれているので、小さい頃から半ば強制的に鍛えられています」
「男の子、って感じで、なかなか良いわよ」
と顔を近づけた。
安彦は急な接近に驚いたが、同時に普通でないものを感じた。
こういう時に焦ると、術にかかる、と吹雪に教わっていた。
対処法は、心を空にすることだ。
南無妙法蓮華経~と頭の中で唱え続けた。
芹沢奈々枝さんは、安彦の目を覗き込んでいたが、ニコリと笑い。
「修行は続けているようね」
と安彦の肩をトントン叩いた。
「ええ。中島永信の精神操作に一度引っかかってますから」
安彦も笑顔を見せる。と…。
芹沢奈々枝さんが、指をパチン、と鳴らした…。
瞬間、安彦の体は動かなくなってしまった。
芹沢奈々枝さんは、フフフと笑い。
「何度か、体を叩いたでしょう? そこで、呪を皮膚に張り付けておいたのよ。こういうこともできる、と覚えておいてね」
芹沢さんが、安彦の背中を、どん、と叩くと、安彦は動けるようになった。
「さ…、催眠術ですか…?」
芹沢さんは微笑み。
「あながち間違っていないわ。催眠術も、呪の一つなのよ」
言って、芹沢さんは、ほら、こっちを向いて、と安彦に声をかけた。
ふと、横を見ると、芹沢さんが消えていた。
「ええっ!」
驚きの叫びをあげると、反対側で笑い声が起こった。
今まで、確かに安彦の右側にいた芹沢さんが、左側に立って笑ってた。
「これも、呪なんですか?」
安彦は唖然とした。
「これは操魔術の一つよ。つまり…」
芹沢奈々子が消え、元の右側に現れた。
「芹沢奈々子は二十五階にいて、今、あなたの隣にいるのは使い魔、というわけね」
と、同時に芹沢さんは消えた。
「二十五階で待っているわよ」
声だけが、エレベーター内に響いていた。




