中島吹雪の家庭の事情
「…難しいよなぁ…」
安彦は、綺麗に晴れた満月の下、夜道を歩いていた。
吹雪は、お母さんを退魔の失敗で失っているのだ。
自分自身にも、いつ魔が襲ってくるか分からないので、友達も作らない。
だから、安彦にも、障りに近づいてほしくないのだろう。
その気持ちは優しいし、無理からぬ心情だ。
ただ、障りは今も廃工場に影を落としていて、このままでは今井の殿様が困ってしまうだろう。中島永信はどうやら役に立たないらしい。
よく分からないのだが、吹雪には師匠という人もいるようだし、退魔師は中島流以外にもいるのだろう。
ともかく、ヒントぐらいの情報は入手したのだし、吹雪の言うように、これ以上は危険、だというのも間違いはない。
ただ、安彦自身が、もっと調査を続けたいのだ、と気が付いた。
たぶん、滝沢氏の自宅を調べれば、何かしらのヒントは見つかりそうな気がする。
それに、従業員が口を閉ざしている、なにか、が分かれば…。
ここまで調べたのだから、最後まで知りたい、と思うのも間違いではないはずだ。
ただ、命の危険はある。
というより大きい。
おそらく吹雪ちゃんも、あの大ウジ虫の山から現れた少年を見ているのだろう。
あれは、確かにヤバイ感じだった…。
安彦が考えながら歩いていると…。
「あのぅ、ちょっといいかねぇ…」
ふと声をかけられ、見ると、大きなキャリーバッグを持った老人が、立っていた。
「なにか?」
「わたしは、仙台から旅行できたのだがねぇ…。財布を落としてしまったのだよ、どうしても今日中に帰らなければ、明日は仕事なんで困っているんだ、お金を貸してもらえないかねぇ…」
「えーと。俺、現金は持ってないんです。カードで切符を買うんでいいのなら、それぐらいは大丈夫ですが…」
本当かい、と老人が笑った。
その歯を剥いた笑いに、ふと嫌な気がした瞬間。
老人は、安彦に飛び掛かるように急接近した。
しまった! グレーの背広を着ている、と思ったが、あれは色ヌケ…、等と思う間もなく。
老人は空中で爆発した。
白昼、さんざん見ていたとはいえ、人が急に爆死するのを見るのは気分が悪い。
う…。と固まった安彦に声をかけた人がいた。
「窪田君、意外とやるのねぇ」
ふと見ると、白尾春奈ちゃんが、ジーンズにニットの上着姿で立っていた。
「え、白尾さん? なんで…」
白尾春奈ちゃんは微笑み、祖母ちゃんが入院しているのよ、と指を動かした。
そういえば東京医大病院がすぐ近くだった。
「私、ちょっと言った方が良いか、と思っていたのよ。あんまり、あなたが吹雪に近づこうとするから。
でも、問題はないみたいね」
「あ、白尾さん、吹雪ちゃんのこと、知っていたんだ」
そりゃあ、と白尾春奈ちゃんは笑う。
「吹雪とは、幼稚園から一緒なのよ」
「そうだったんだ」
「ああ見えて、大人しい、泣き虫の子供だったわ。よーく一緒に遊んだものよ」
「へー、仲が良かったんだねぇ」
「そうね、その頃はね。それからすぐに吹雪のお母さんが亡くなり、祖母様が吹雪に退魔師の修業をつけるようになったの。
お祖母様にしてみたら、自分の寿命が長くないのを分かっていたのかもしれないわね。
吹雪を、それは厳しく鍛え上げたのよ。
それから、今の吹雪のように、だんだんなっていったのね」
「え、じゃあ、師匠さんって?」
「お祖母様も、吹雪が十二歳になる前にお亡くなりになったのよ。
今のお師匠さんは、だからお祖母さんのお弟子さんのはずよ」
「そうなんだ…」
「吹雪の場合、お母様の前にお父様も亡くしているのよ…」
「え…」
「叔父さんが後見人になったんだけど…」
「ああ、中島永信ってひとだね」
「そう。その叔父さんが吹雪を当初育てていたんだけど、吹雪に神様が憑いたので、状況が変わってしまったのよ」
「え、神様が憑いて、なんで?」
「中島流の母系には、ときどき、同じ神様が憑くらしいのよ。吹雪の、あの角ばった神様こそが、その伝説的な神様、お祖母さんから吹雪に受け継がれた神様なのよ。
でも、そうなると叔父さんの立場は微妙ものじゃない。
伝説の神様に憑かれた吹雪は、叔父さんより正当な中島流の後継者という事になってしまうわ。
もちろん、大昔ならいざ知らず、叔父さんは正式に中島流を継いだのだから、問題はないはずなんだけれど、もし吹雪を担ぐような人が出てきたら、中島流は分裂してしまうわけよ。
そうなると後見してくれるはずの叔父さんにも距離を置かれ、吹雪はだんだん孤立してしまったのよ。
今の師匠は、そんな吹雪のために、わざわざ中島流を抜けて、一人退魔師の道を選んだんだけれど、それも色眼鏡で見れば、いずれ吹雪が新中島流を立ち上げたとき、師匠はそこで良い位置に座るつもりだ、とかいう人も出てくるわけよ。
そんな次第で、吹雪は、今の中島流の中では居場所がなくなってしまっているの」
「そんな!」
安彦は叫んだ。
まさか、そこまでの話とは思っていなかったのだ。
「だから窪田君、あなたは吹雪を裏切らないでね。
吹雪は、ほんの小さな頃からお父様もお母様もお祖母様も亡くして、信じた中島流からも距離を置かれて、一人で生きている子なの。
それでも、心の中は、今も泣き虫の吹雪ちゃんなのよ。それを分かってね」




