会談
ラウンジで待ち合わせをしている、とのことだったので、しばらく談笑していると、小ざっぱりしたショートヘアの女性が、ウェイターに案内されてやってきた。
おお、久しぶりです、と今井の殿様は女性に歩み寄ると、手を取って席に招いた。
「こちらの二人は窪田安彦君と山本吹雪君と言ってね、謳錬学園の赤服の二人だ。退魔の手伝いをしてもらっているのだが、とても優秀な二人なのだよ。
一緒に話を聞かせたいのだが、どうだろうか?」
と女性に聞いた。
女性は構わない、と承諾した。今井の殿様は安彦たちに女性を紹介した。
「こちらは沼倉美代子さんといってね。滝沢君の奥様、沼倉和子さんの妹にあたる人だ。現在は練馬に住んでおられる」
美代子さんは、殿様に菓子折りを渡した。
殿様は、喜び、ここの最中はとても美味しいのだ、と見ている前で菓子折りを開き、康彦と吹雪に手渡した。
安彦は、包み紙を取り、四角い最中を頬ばった。
「あ、うぐいす餡の最中なんだ…」
うぐいす餡は、少し意外で、中に大きな栗が入っていて、とても美味しい。
「私がパートしている和菓子屋さんの最中なのよ。とっても評判なの」
とニコニコと語った。
ウェイターがやってきて、殿様に耳打ちした。
「おお。ささやかながら上のレストランで宴の支度をさせていたのです。場所を移しましょう」
言うと、素早く美代子さんをエスコートして、歩き始めた。
祖父源重郎もそうだが、とても八十を超えた老人の動きではない。
化け物だな、と安彦は微かに思った。
ラウンジから奥に進むとビップ専用エレベーターがあり、別のウェイターがエレベーターを停めて待っていた。
すぐに四十七階のレストランの個室に安彦たちは入った。
夕日が、渋谷を赤く染めている。
その眺望も殿様の計算の内のようだ。
美代子さんを如才なくエスコートし、殿様は席に着く。
安彦たちは別のウェイターに席に案内された。
素早くオードブルとワインが運ばれた。
「お口に合うか分かりませんが、最初はシャンパンで乾杯しましょう」
安彦たちには、同じ色のジンジャーエールが運ばれた。
「今日はわざわざ、急なお願いに答えて戴き本当に有難うございます」
殿様はにこやかにお礼を言い、美代子さんは、多少なりとも関係のある話なのだから、当たり前なので気にしないでほしい、と返礼した。
乾杯をして、牡蠣の燻製やエビのゼリーよせを食べながら、シャンパンを飲み、殿様は気さくに美代子さんから話を引き出した。
「ええ。姉の和子が、滝沢家に嫁いだんです。
昭和四十…、何年だったかしら?
はい、旦那さんの富男さんは、それは気さくないい人だったんですけど、お姑さんは近所では旧姓は言うな、とか、そりゃあ喧しかったんですよ。
滝沢家っていうのは江戸時代には名主みたいなことをしていた家柄らしくてねぇ、沼倉を下に見て、大正の人だったらしいので、そういう地方の、差別的なことも含めて、姉も色々嫌なこともあったらしいです」
殿様は接待の達人で、上手に相槌を打ちながら、ワインを勧め、話を引き出していった。
「ああ、工場ですか。何の工場だったのか、までは古い話過ぎて分からないですわ。何でも明治時代から続く滝沢家の工場で、その頃は工場の山の横を流れる川を挟んで、工場側は滝沢村、反対側は別の名主の村だったようですねぇ。
滝沢が工場経営を始めてからは随分羽振りも良くなって、川向こうの村は衰退していったとか。
まぁ、でも、その工場も昭和の大恐慌でほとんど動かなくなってしまって、それを戦後、富男さんが食品加工の工場にして…、ああ製品ですか? 確か、ハンバーグとか、メンチカツとか、そういったものを卸していたんです。富男さんが元気だった頃には、東京に営業所も出来て、何億も稼いでいたんです」
美代子さんも姉夫婦にハワイに連れて行ってもらった、等の話を楽しそうに語った。
メインディッシュが出て、殿様はさらにワインを勧めた。
「ああ、裏山の、あれですか。
あれはお姑さんが一人で、何かやっていたんですよね。息子の富男さんも気味悪がっていたみたい。
二人神様がいて、タゴサとマゴサとか言うらしいんですけど、毎年、命日に服を作って、遊ばせる、とか…。命日と言うから、水子かなんかじゃないのかしらねぇ…、嫌ですねぇ…。
ああ。
富男さんが目を悪くしてから、声を聴いた、ありましたねぇ、なんでも歌を歌ってくれ、とせがまれるんですって。
歌と言っても、あの地方の民謡みたいなもの…、姉も気味悪がってましたけど…」
民謡をせがむ…、安彦は自分の疑問の答えに当惑した。
民謡の内容は分かりませんか、と安彦は焦って聞くが、地元の者でも戦後世代では分からない古いもの、とのことだった。
富男氏の自殺については、色々な病院にかかったのだが病気の原因が分からず、ついに失明してしまい、ひどい鬱と幻聴もあり、無理からぬ話だったそうだ。
「姉の事故ですか? そうですねぇ、こういっちゃあ何なんですが、お姑さんにかかわらず、田舎なので外から来た姉さんが工場を仕切るのに難しさがあったようですねぇ。
食品の工場じゃないですか。衛生管理には、そりゃあ気を使うのに、泥を、床や壁にぶち撒かれる、なんて事も何度もあったようですよ。それで疑心暗鬼になって。
事故ですか…」
美代子さんは言いよどんだ。
深い溜息をついて。
「雨も降っていないのに、なに現象って言うんでしたっけ、タイヤと道の間に水が入ってしまって、道路を滑ったらしいんです。
姉は、フロントガラスで首を切って…、切断ですよ、文字通り。
娘の双葉ちゃんは寝たっきりです、脊髄を痛めて。
でも当時の専務、五十嵐さんという方が良い方で、会社をうまく片付けて、双葉ちゃんには何億もの遺産があるので秩父の病院に入院しているんですよ」
会う? そうねぇ、問題はないと思うけれど…、美代子さんが首を傾げた時に携帯が鳴った。
「えっ、双葉ちゃんが危篤!」




