元服の儀式2
安彦は溜息をつくと歩き出した。
やはり、儀式は、なお続いていたようだ。
数分歩くと、暗闇に、日本刀と、端午の節句のような武者兜が置いてあった。
「げ…、兜割りかよっ…」
安彦は二、三歩、後ろに下がった。
兜割りは、古くからある武芸者の力量を計る方法の一つだ。
言ってみれば、空手家が瓦を割るようなものだが、日本刀を使うので、下手をすれば刀を折ってしまう。
日本刀は今も昔も、決して安いものでは無いだけに、使い手の技術を問われる難しい挑戦だった。
むろん久保田流剛体術を使えば、常人よりは成功率は高まるのだろうが、兜割りは力だけでは成しえない。技術が無ければ、日本刀がパワーに負けて折れてしまう。
日本刀は、言ってみれば西洋ではナイフ程度の厚みと幅しかない刃物が、そのまま一メートル前後に伸びている武具である。
その扱いは、とにかく難しい。
鞘に入れるにしろ、やり方があり、下手を打てば曲がったり、折れたりする。
そんなもので、硬い兜を割ろうというのだ。
安彦は唸った。
安彦とて、窪田の家に生まれたものとして、日本刀の扱いぐらいは知ってはいたが、さすがに兜割りなど、現代の、いわゆる竹刀剣道家が、戯にするようなものではない。
冷汗をかきながら、安彦は必死に記憶を探った。
そう…。
昔、祖父源重郎が、こう言っていた。
「兜割りなどせぬが一番よ…」
大量の汗が顎を伝った。
たしか、こう続いていたはず…。
「だが、どうしてもしなければならなくなったなら…」
何だったか…?
「武術を忘れよ…」
そう言っていたと思う…。
「畑にクワを打つがごとく、大きく振りかぶり、一気に打ち下ろせ…」
力任せじゃねぇか‼
いや、本当にそう言っていたのか、もしかすると思違いかもしれなかった。
何しろ、いつ聞いたのかも覚えていない。何かの折に、そんなことを聞いたかもしれない…、程度の話なのだ。
裸足で逃げ出したい。
家に帰った途端に急に呼び出され、今日の今日に元服だ、などと言う方が、頭がおかしい。一月や二月は前に知らせるのが親切と言うものだ。
しかも兜割りだなんて!
おそらく剣道五段六段、などと言う大先生でも、ほとんど成功しないのではないか?
元来、刀を防ぐために重いのも我慢して被るのが兜なのだから、割れては仕方がない。割れる方がどうかしているのだ。
兜も、百も二百も作るうちには出来損ないの一つも出来る。そんな話かもしれないではないか!
大体が、安彦は畑にクワを打った経験などない。
あの時は、ただそんなものか、と聞いていたが、クワも斧も使わない、東京は中野区の生まれなのだ。
安彦は唸り、兜の前に立った。
「武術を忘れ、畑にクワを打つがごとく…?」
両足を大きく開いた。
刀を両手で振り上げる。
そのまま兜を見下ろしたが、何か違う気がした。
うぅーん、と再び唸り、足をより広く、開いた。
刀を目いっぱいに振り上げ、それでも足りないような気がしたので、剣を背で担ぐように切っ先を後ろに下げた。
もう、これ以上は、どうやっても体の力は引き出せない、ぐらいに構え、そのまま丹田に力を込める。
窪田流剛体術の力で、安彦は刀を振り下ろした。
空を切った!
と思うほど手ごたえも無く、兜は切れた。
やった!
という心の叫びと同時に、周囲は闇に戻った。
まだ山頂ではない。
山頂には、百坪ほどの更地があり、小さな社が立っている。
安彦は、呻きながら道を進んだ。