神学の実践授業
三時限目は神学論実践だった。
安彦は、他の生徒の後をついて更衣室に向かった。
「普通の体育の授業が実践になるんだ」
「えっ! じゃあ体育がないの?」
安彦は、体育である程度の成績を上げることで通知表の調整をするのが常だったので、少し焦った。
「まぁ、やることはほとんど同じだよ」
伊沢直樹が教えた。
体育着に着替え、御殿の裏側の森の奥にあるグランドへ行った。
そこは野球とサッカーが同時にできるほどの広さがあった。
「よーし、集まったら、すぐにグランド十週だ!」
そこには一匹の白いポメラニアンが座ったまま、怒鳴り散らした。
ポメラニアンにも、黒猫先生同様に二柱の神様が憑いていた。
準備運動もなしに、白犬先生は言い出した。
先生は安彦の心を読んだのか。
「いいか! 神に選ばれた人間は、いついかなる時にでもパーフェクトな力を発揮しなければならない。準備運動など素人のすることだ!」
軍隊さながらの怒号を上げる。
安彦たちは走り出したが、走るペースも授業の体育ではなかった。ガチの運動部のランニングだ。
女子には辛いだろうが、二人とも男子に負けずに走っていた。
十週走り終わると、白犬先生は。
「よし! すぐに訓練場に走れ!」
六人は、再び森の中に飛び込み、獣道の先の体育館に走り込んだ。
訓練場は、かなり異様な光景が広がっていた。
二階相当の場所にはロープが張り巡らされ、床には丸太が長く、床から垂直に何本も突き出ていた。かと思うと、半球型に床が抉れた場所もあった。
「よし! まずはロープからだ!」
白いポメラニアンが叫んだ。
号令とともに、六人は梯子を上り、二階部分にぐるりと設置された通路に進むと、皆、慣れた様子で靴と靴下を脱ぎ、ロープの上に歩き出す。
安彦も、見よう見真似で、ロープに足をかけた。
い…、一体、これに何の意味が…?
安彦が思うと同時に、白犬先生が叫んだ。
「神と心を通わすには、高い集中力が必要だ! まずは綱の上を歩くことで集中力を養うのだ!」
さすがに、いきなり二階相当の高さのロープを渡るのは恐ろしかったが、裸足で数歩歩いてみると、思うよりは歩けそうだった。
「こらっ!窪田安彦、もっとロープの中心にすすめ!」
安彦は、本当にヤバくなったらすぐ戻れるように、通路から数メートルの場所で立っていたのだ。
マジか? 思ったが白犬先生は許してくれそうもない。
観念して、安彦はロープの先に歩き出す。
最初は、自分の親右足の指先に、左足の踵をくっつけるようにヨロヨロと進んでいたが、思うほどバランス感覚に問題はないようだった。
少しずつ足幅を広げて歩き出し、やがてスタスタとロープの中央部まで進んだ。
ちょっとスパイダーマンにでもなった気分だった。
周りを見回す余裕が出来てくると、ロープの中央部まで歩けたのは忍術の伊沢直樹と吹雪ちゃんだけだった。
牧名正は中央部に進もうとはしているようだが、危なっかしい。
高嶋裕と白尾春奈ちゃんは通路から三メートル地点で動けなくなり、脂汗を垂らしていた。
「よし、みんな戻れ!」
安彦たち三人はスタスタと戻ったが、牧名正や白尾春奈ちゃんは体を回転させるのに数分を要した。そして高嶋裕に至っては巨体ゆえかつうろに戻るのに十分かかった。
「よし、次は柱登りだ!」
いい感じに休んで、安彦たちは一階の、床から突き出した白木の柱に登って行った。
柱は電柱ほどの太さで、足の指をうまく使えないと登りにくい。
何とか天辺まで登ると、フックにかかった、金色の丸いやかんが左右に一つづ吊ってあった。
「よし、天辺に立って、やかんを両手に持て!」
やかんは…、重い。
水か、もっと比重の重い何かが一杯に入っているものらしい。
「ほーら、早く両手をまっすぐに横に伸ばして…」
こ…、これは、もしかして筋トレなのか?
安彦は重さに筋肉を引き攣らせながら思った。
「神様と心を通わせるのには、体力も必要だぞ!
じゃあ、右足だけで立ってみよう!」
六人がそれぞれ、やかんを両手に持って、柱の上で片足立ちしている様は、はなはだしく緊張感を欠く光景だった。
「やかんでないと駄目なのか…?」
バーベルとか、もっと他にやりようはあるだろうに…。
「戦前から続く由緒正しい鍛錬方法だ。
文句を言うな!」
やかんを持ったまま片足スクワット、そのまま、やかんを前に出したり、背に回したり、トレーニングは三十分も続いた。
正直、後半二十分はバテバテだった。
走ったり、パンチを打つ打ったりする動きは得意だが、じっとやかんを持ち続ける動きは、自分で思うより苦手だったと、安彦は初めて気が付いた。
やっとやかんから解放されて周りを見ると、高嶋裕や牧名正、それに風吹は平気な顔をしていた。
「よーし、次はいつもの一輪車だ!」
一輪車?
安彦も初等部の頃は一輪車を体験していたが、今さら一輪車に乗って、どうしようというのだろう?
訓練場の壁際には、なるほど大人用一輪車が並べてあった。
「よーし、一輪車に乗ったら武器を持て!」
えっ、武器?
よく見ると壁には刀やフェンシング、槍などの武器が吊るされていた。
「ええっ! なにこれ、どうするの?
マジで戦り合えって言うの?」
「刃は潰してある、心配するな!」
それじゃあ木刀でもいいのではないか、と思ったが…。
他のみんなは慣れているらしく、刀や槍を手にする。
どうも刀の人間が多いようだったので、安彦は槍を持ってみる。
皆、軽々と一輪車に乗るし、安彦自身も初等部では乗っていたので、何気なく跨った。
だが、一瞬、静止した、と思ったと同時に盛大に転んでしまった。
「あいててて…。おかしいなぁ…」
白尾春奈ちゃんが笑いながら言った。
「子供の頃には乗れても、今は勘が狂っているのよ。ここの鉄棒につかまって、、ゆっくり、慣れないと駄目よ」
安彦は苦笑しながら鉄棒につかまった。
一方吹雪ちゃんは、牧名正と戦おうとしていた。
入った時に見た、半球状にへこんだ床。
どうやら、その中へ一輪車で乗り込んで、武器をもって戦り合うらしい。
左右に分かれ、吹雪ちゃんと牧名正は対向した。
二人とも得物は日本刀のようだ。
始め、との声と同時に、二人はくぼみに入っていった。
相当な加速がついた状態で、二人は擦れ違う。
キン!
擦れ違う一瞬に、刀を交えたらしい。
互いの剣で剣を受け止め、金属音が響き渡った。
吹雪ちゃんは、鮮やかに小さく回り、牧名正の背中を狙った。
しかし、牧名正は最大限の加速をつけたまま、くぼみを上り、頂点で跳ねるようにターンした。
背中を捉えることに失敗した時点で、吹雪ちゃんはくぼみの中央で、牧名正を待ち構えた。
吹雪ちゃんは止まったままで、刀を頭上に振り上げた。
安彦は気になって、近くにいる白尾春奈ちゃんに聞いた。
「一輪車じゃあ踏み込めないよねぇ。刀を力いっぱいに振り下ろせるのかなぁ?」
「要は、体重移動だから出来なくは無いでしょうけど、たぶん坂を下ってくる牧名君の突きの方が早いと思うわ」
「だよねぇ…」
牧名正が加速を利用して突きを繰り出せば、待っている吹雪ちゃんの上段打ちよりも早く、相手の体に届くだろう。
だから吹雪ちゃんの勝ち目は、うまく突きを避けることだ。
牧名の攻撃をかわせさえすれば、上段打ちは決まるはずだ。
突きが早いか、吹雪ちゃんがうまく避けるか、二つに一つの構図に戦いはなりつつあった。
牧名正が坂を下り始めた。
吹雪ちゃんは動かない。
牧名正は、片手で一輪車のサドルを持って体を丸め、片手で刀を突きだした。
形は、フェンシングの突きのようだ。
吹雪ちゃんは、なお動かない。
上段に構えたままだ。
最低でも、その場所から二十センチぐらいは横に動かないと、牧名の攻撃は避けられないはずだ。
だが一輪車で両手で剣を構え、どこまで敏捷に動けるのか…。
牧名正は坂を下った。
吹雪ちゃんまで、あと何メートルもなかった。
吹雪ちゃんが、瞬間、傾いた。
牧名正は突撃してくる。
傾いたまま、吹雪ちゃんは、上段の剣を打ち下ろした。
吹雪の剣は、垂直に打ち下ろされると、牧名正の小手を直撃した。
バランスを崩して、牧名正は真正面に転倒した。




